2017年5月9日火曜日

ウーエルベックから見た大統領選2017

 2017年5月7日、フランス大統領選挙決選投票はエマニュエル・マクロンが65%の得票率でマリーヌ・ル・ペンを破り、新大統領に当選しました。この大差の原因の一つが、5月3日のテレビによる両候補対決討論だったと言われ、マリーヌ・ル・ペンの討論戦術の質の低さが「歴史的」なものだったと論評されました。このテレビ対決討論の翌日、5月4日(木)に、フランス国営テレビFRANCE 2の番組レミッシオン・ポリティークは、マクロン/ル・ペン両候補の支持者地盤のようにはっきりと分かれてしまったフランスの都市部と周辺地方を「ふたつのフランス」と題したテーマで展開し、そのゲスト出演者のひとりとして作家ミッシェル・ウーエルベックが発言しました。部分的に大意訳してみました。

 ー この選挙戦を注目していましたか?
ミッシェル・ウーエルベック(以下 MH)「興味深く見ていたが、徐々に不安が増大していき、それは自分の無知への恥に変わっていった。それはいわゆる "周辺のフランス (France périphérique)"のことを私が知らなかったということだ。私はこのフランスとのコンタクトを失ったのだ。この"2つ目のフランス”はマリーヌ・ル・ペンに投票するか、誰にも投票しないかの二つのチョイスしかない。これを知らなかったということは作家として"重大な職業的過失”である。」
ー どうしてあなたはそのフランスとのコンタクトを失ったのですか?
MH 「私にはもうそのフランスが見えなくなっているのだ。私は既に "グローバリゼーションのエリート階級”に属するようになってしまってる。わかりますか?私の本はドイツでも売られているのですよ、すごいことだ。」
ー でもあなたはフランスに帰ってきて、普段町で買い物をするでしょう?
MH「そのフランスは私の住んでいるところにはないのだ。パリにそれはない。パリではル・ペンは存在しないに等しい。それは地理学者クリストフ・ギリュイ(著書  "周辺のフランス (France périphérique)" 2014年)が明らかにしたように、人々によく知られていない周縁地域に存在する。」
ー この番組で紹介されているような周辺のフランスの人々の不安や怒りをあなたは理解できますか?
MH「それを十分に理解できないというのが、私の不快感の所以なのだ。私はそれについて書くことができない。それに私は苛立つのだ。」
ー あなたの政治的観点からも彼らの苦渋や不安が理解できないのですか?
MH「私は彼らと同じ状況にいないのですよ。私は思想による投票というのは信じていない。投票は階級によってなされるのだ。”階級”という言葉は古臭いと思うかもしれないが、ル・ペンに投票する階級、メランションに投票する階級、マクロンに投票する階級、フィヨンに投票する階級ははっきりと区別がついている。望む望まないに関わらず私はマクロンに投票する階級に属している。なぜなら私はル・ペンとメランションに投票するには金持ち過ぎていて、フィヨンに投票するほど財産持ちの子孫ではないのだから。」
(中略)
ー (選挙戦全体に関する感想)
MH「私はそれはエキサイティング(palpitant)だと見ていた。おそらくテレビ連ドラ『コペンハーゲン』(デンマーク制作の政治連ドラ 2010〜2013年)よりずっと面白いと思う。しかし結果は絶望的な方向に向かっている。私が記憶する限りそれはぞっと昔に保守・対・左派という二極対立から始まり、それが機能しなくなりFNが登場して三者対立になり、それも機能しなくなる。その後はたいへんな大混乱で、社会党は消え去り、保守だって生き延びれるかどうかわからない、そして残ったのがマクロン、メランション、ル・ペンの3人。保守が生き延びればそれに4番目として加わるかもしれない。フランスを"舵取り不能”にする新しい4者システムに陥る。まったく舵取り不能だ。」
(中略)
ー マクロンの急伸長についてはどう考えますか?
MH「彼の選挙運動の展開を見ていると、一種の "集団セラピー”のような印象を受ける。フランス人を楽観的に変身させるためのセラピー。大体においてフランス人は悲観的で、その悲観はヨーロッパの北の国々、とりわけドイツと自分たちを比較する傾向から来るものだ。フランス人は彼らと比べて自分たちを過小評価する。マクロンはその悲観傾向を一挙に楽観化しようとしている。」
(中略)
ー あなたの小説から見えてくる未来のフランスは産業も経済活動もなくなり文化遺産だらけになった博物館のような国ですが...。
MH「脱産業化の傾向は現実のものだ。その脱産業化傾向のグラフの曲線を延ばしていくと、未来には全く産業がなくなる。私の意見ではそれはカタストロフではない。もしもグローバリゼーションのルールを受容すれば、フランスにも出せるトランプ札はある。」
ー 希望があるということですね?
MH「グローバリゼーションの中で、われわれの強みを出せる分野もある。例えば手工業や美食関連業や観光業など。これは多くの職を生めるんですよ。おまけにこの職業はデロカリゼ(*安い賃金の外国への工場の移転のこと。産業移転)できないという利点がある。私は産業に対して深い不信感がある。特に最近あったワールプール(Whirlpool)アミアン工場の閉鎖移転は耐え難いほど酷いものだった。国が国民の税金を使って援助している工場で、しかも多くの利益が上がっているにも関わらず、産業のトップはこれを閉鎖移転してしまったのだ。だから私はデロカリゼできない職業を信用するべきだと思っている。」.....

 マクロンの選挙運動は一種の「集団セラピー」である、という分析、注目しましょう。何も怖くない39歳が、熱狂的な集団「躁」状態を作り出すような演説集会の動画 を見れば、ウーエルベックの指摘はど真ん中です。

(↓)2017年5月4日(大統領選第二回投票の3日前)、国営テレビFRANCE2「レミッシオン・ポリティーク」にゲスト出演したミッシェル・ウーエルベック





0 件のコメント: