しずかはなぜのび太を選んだのか?
「才能のある男」を求めたジャイ子に対し、あえて「才能のない男」をピックアップしたのが、しずかだ。
なぜクラスのマドンナであるしずかは、ダメ男・のび太を結婚相手に選んだのか? これに関しては、てんコミ25巻収録の「のび太の結婚前夜」(「小学六年生」1981年8月号掲載)における、しずかパパの「のび太評」がその〝答え〟として一般に流布している。しずかパパ曰く、「あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね。」
ただし、藤子・F・不二雄は別の〝答え〟も用意している。てんコミ20巻収録の「雪山のロマンス」(「小学六年生」78年10月号掲載)である。14年後の未来、のび太を雪山登山に誘うしずか。しかしのび太は「坂道に弱くてねえ。たいらな山ならいんだけど……。」と気乗りしない。そこでしずかは別の友人たちと雪山に赴くが、途上ではぐれて遭難する。
この状況をタイムテレビで見ていた現代の少年のび太は、タイムふろしきで大人のび太となり、タイムマシンに乗ってしずかを助けに行く。しかし失敗ばかりで逆に結局しずかに励まされ、助けられる体たらく。ラスト、無事生還したしずかとのび太の会話が以下だ。
しずか「のび太さんと結婚するわ。」
のび太「あ、あ、ありがとう!!」
しずか「そばについててあげないと、あぶなくて見てられないから。」
▲てんコミ20巻「雪山のロマンス」(「小学六年生」1978年10月号掲載)より
このコマで、のび太は感動のあまり情けなく泣きはらし、しずかは実に清々しい笑みを浮かべている。まるで、すべてが彼女の思いどおりにいったかのように。
ここでわかるように、しずかがのび太と結婚する目的は、「のび太に対する圧倒的な優位性の獲得」である。のび太ほどのダメ男なら、一生、自分をあがめてくれるだろう。自分と結婚したことを感謝してくれるだろう。図抜けた戦略家だ。さすが、イメージダウンを恐れて「やきいも好き」を隠そうとしただけのことはある(参照)。
結婚を経験している方であれば、わかっていただけるはずだ。結婚にあたって「どちらが土下座したか」は、結婚後の夫婦のパワーバランスに大きく影響を与えることを。結婚を懇願したほうが立場は低くなる。当然だ。
光浦靖子曰く「勉強も運動もそこそこできるが、突出した才能がない」しずかにとって、この選択は賢明だった。情けなくて、何もできないのび太を夫にすることで、自分は一生「姫」でいられる。悪寒すら走る、異常にリアリティのある女の打算がここにある。
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