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「いやいやいやいや! 冗談キツいにも程がありますわ! 何これ!? くまちゃん!? くまちゃんになってる!? ざっけんなよ、よりにもよってくまちゃんですか!? バーカバーカ! なにこのかわいいの! 許せぬ!」
怒りと混乱でごちゃ混ぜになる感情に任せて、ガラスに写るぷりちーでクソ間抜けなテディベアの姿を乱打する。頭の中で「こぶし LV.1を獲得しました」とか言う声が聞こえた気がするが、最早そんな事を考える余裕など無かった。こんなに何かを殴ったのは、握力ゆるゆるのUFOキャッチャーに5000円突っ込んで戦果ゼロだったあの日以来だ。しかし、私の渾身の力を込めたベアナックルは、ぽよんぽよんと弾き返されてしまう。そらそうだわ。私の中、もこもこのコットンが詰まってるんですわ。
「お、お、思い出せ。何が悪かったんだ。そうだ、私死んだのさ。死んだんだよ。何で死んだんだっけ。……そうだ、確か、球体関節人形展を見に行こうとしてたんすよ。隣町のデパートでさあ、何しろカタンドールが生で見られるまたとないチャンスでさあ。だってさ、だってさ、37歳で夭折した球体関節人形の神、天野可淡のコレクションが集うなんて、後にも先にもあれっきりこっきりでさ。更に吉田良、恋月姫、木村龍、四谷シモンの作品まで来るそうじゃないですか。そりゃあ行きますよ。初日に行きますよ。チラシを握りしめて、電車に乗ってえっさのほいさですよ。ドキドキしながら、もう何回も何回もチラシ見ちゃいますよ。そんでもって、チラシ見ながら歩いちゃって、そんで、そんで、そのまま車道に出ちゃって、私、トラックに……」
はねられたんだ。
言うまでもなく、私が悪かったのだ。死んで当然の馬鹿だった。へたりと座り込む。そうか、私は、死んでしまったのか。……待てよ。
という事は、私は、今世紀最大の球体関節人形展を見ずに死んでいったと言うことだ。
「なん、たる、損失ッ! 冗談じゃないわ! せめて帰り道に死ねよ! 這ってでも会場にたどりけよ! あーもー、私のバカー!」
ぽふぽふと柔らかな地団太を踏む。綿一杯の愛を込められた私では、床を踏み鳴らす事も出来ない。マジで何だこの不自由な身体は!
目を凝らして、ガラスに映る自分の姿を睨みつける。そこに映っているのは、俗に言う熊の人形、テディ・ベアだ。耳にお決まりの黄色のタグがついていないと言う事は、世界一のシェアを誇るシュタイフ社は関係していない事を意味している。と言う事は、それ以外の会社が作ったものか、それとも個人の作家の手によるものなのか。手足の付け根にはハードボードジョイントが着いているのもあって、スムーズに動かす事が出来る。中々精巧に作られているな。軽い自重が不安になるが、それでも問題なく歩行することが出来る。……意外と、不自由な身体では無いと言う事か?
「って、そんな訳あるかーぃ! 私は人間だ! くまちゃんでたまるか! 人間の、吉良科暮葉だーっ!」
「だ、誰かいるのかいぃ……?」
ふいに、情けない声がして振り返る。
真っ暗な部屋。15、6歳位だろうか、末成り瓢箪みたいな顔をした気弱そうな白人の少年が、生まれたての子鹿みたいに足をぶるぶるさせてドアにしがみついているのだった。
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