まだまだ寒さの残る2017年4月1日、渋谷の東京カルチャーカルチャーというイベントホールにおいて第五回「ロマンティック数学ナイト」が開催されました。
株式会社和から主催のこのイベントは、2016年4月に第一回が開催されて以来、2〜4ヶ月程度の間をおいて継続的に開催される人気イベントとなっており、テレビや新聞などで紹介されたこともあるためご存じの方も少なくないかもしれません。アングラ感溢れるクラブを借り切って行われるクレイジーなイベントです(イベント自体はアングラなものではありませんし今回の会場に至ってはおしゃれ感あふれるダイニングです)。
私自身も何度かプレゼンターとして出演させていただいたことがあり、出るたびにいろいろなものを得ることができるため個人的に大好きなイベントの一つです。私の過去のプレゼンで使ったスライドが以下のリンクに置いてありますんでよろしければお時間あるときにでもご覧ください。
「行けたら行くの論理構造 〜きっと君は来ない〜」
https://www.slideshare.net/ajisakamotcho
結城浩の《挑戦状》
さて。そんなロマンティック数学ナイトの恒例企画として、『数学ガール』シリーズの著者である結城浩氏の作成した問題が会場内に貼り出される、というものがあります。来場者がそれを見て解いてみたり、他の来場者と問題について議論したりして交流を深めるわけです。
これは第一回ロマンティック数学ナイトからずっと続けられている企画なのですが、第五回を迎える今回も「結城浩の《挑戦状》」と銘打って以下のような問題が会場に張り出されました。
テキストでも。
結城浩の《挑戦状》① @hyuki
結城浩の《挑戦状》 @hyuki
はい。これです。私がこれを初めて見たときの第一印象は二つあって、いや二つだったら第一印象とは言わないんじゃないのとか思うかもしれませんがとにかく二つあって、一つは「なにその表記見たことない!」、もう一つは「え? こんだけ?」でした。正直言って。
だってそうは思いませんか。たったこんだけなんですよ。え? マジ? これだけ? って。思うでしょ。思ったんです。
でも違ったんです。この一見拍子抜けにも思える問題の奥に、結城氏は思いもよらない仕掛けを施していたのです......!
グッとくる式変形
まずルートの方の式から考えます。
ていうかこの挑戦状、タイトルを除けば数式以外何も書いてないんですよね。「値を求めよ」とすら書いてない。しかしそのままではどうしようもないので、とりあえずこの式の値がどうなるか考えていきましょう。
この派手な数式が示すであろう値は、という数列のずっと先にあるもの、すなわちこの数列の極限であると捉えられるでしょう。で、とりあえずこの数列の極限が正の値に収束するものと仮定して考えます。
ちょっと今よく分からないことを言いましたが、これはなんのことはない、「この式が一つの値を定めるかどうかまだわからないけど、とりあえず定めるものと仮定して話を進めようぜ」くらいの意味です。
そう仮定しておくと、この式が定める値を「」とでも置いて、こう書くことができます。
そして、よろしいでしょうか。ここから先ちょっと見ものです。そう書くと、この式は次のように変形できます。
はい。今何が起きたのか。「」はここでは無限に続くことを表す記号です。ルート2ルート2ルート2...というやつが無限に続いているので、この式では「全体」と「の中に含まれるやつ」とが、全く同じものになっている、というわけなのです。
下線部が全く同じもの!
の中に全く同じものを含むので、全体をと置いてしまえば上記のように式変形できてしまう、ということです。ではここからさらにを変形していきます。
両辺2乗して
移項してでくくって
よって または
「は正の値」とさっき仮定したので
というわけで、、すなわちであると、値が求まりました。
もちろん、「極限が正の値に収束と仮定」のあたりはもう少しちゃんとした議論が必要です。しかし、ここでは省略しますが、実際に与式は正の値に収束することが示せます。これで与式であると確定できたわけです。
これで、ルートの方にはケリがつけられました。
この問題自体はそこまで変わった問題ではないというか、どこかで見たことある方もいるのではと思います。問題は次の分数の方です。もう一回書きましょう。
はい。すごいことになってますね。やっていきましょう。
さっきまでとは違う
とはいえ、形だけでなんとなくアレかな、って感じを嗅ぎ取った人もいるかと思います。
まずもってこれ、パッと見だと「え? それって1じゃないの?」と思うのではないでしょうか。1分の1分の1分の1分の……を何回繰り返しても直感的には1になりそうな気がします。
確かにいきなりこの問題だけを見せられたらそう思うかもしれませんが、しかしさっきまでの私達とは違います。先にルートの方を解いておいたことにより、新たな「武器」が使えるようになっているのです。こういうことです。
\begin{align}\displaystyle\frac{1}{\frac{1}{\frac{1}{\vdots}}}&=aとおく\\ \displaystyle\frac{1}{\frac{1}{\frac{1}{\vdots}}}&=\frac{1}{a}\end{align}
の分母の部分をよく見ると、全体と同じ形をしています。つまりこちらの式にも「全体と一部が一致している」という特徴があるため、分母を丸ごととおいてしまえるだろうというわけです。ではここから式変形していきます。
\begin{align}a&=\frac{1}{a}\\ 両辺aをかけて a^2&=1\end{align}
ここも先ほどと同じように正の値に収束すると仮定すれば、だと結論付けられます。の場合はそりゃそうだろって感じですが、では分子の左側のについても同様にやってみます。
\begin{align}\frac{5}{\frac{5}{\frac{5}{\vdots}}}&=aとおく\\ a&=\frac{5}{a}\\ a^2&=5\\ a&=\pm\sqrt{5}\end{align}
で、収束の仮定によりというわけです。だったというのは面白い結果ですね。分母のについても同様にやると、元の式はこうなります。
これって結局ってことで、すなわちこの式は黄金比を表していたのです!
黄金比については、こちらの記事などをご参照ください。
というわけで、答え出ましたね。与式は黄金比だった!ということで、きれいな値になってくれました。数学の問題を解いてて最終的にきれいな値が求まると安心感があるというか、スッキリしますよね。
解決した
いや〜よかったよかった。最初はあんな式見たことなさすぎて面食らいましたが、直前に同じ解法で解ける問題を配置していてくれたことにより、スマートに解くことができました。この順番で問題を配置した結城氏の手腕に感服しきりです。
このような間違った解答にたどり着かせてしまう、その手腕に。
どこがまずい?
残念ながら「黄金比」という解答は間違いです。ではどこがいけなかったのか。ポイントは「正の値に収束すると仮定」です。
前述の通り、ルート2ルート2ルート2...という式を極限に持つ数列は以下です。
この数列は、番目の項を数式で表すと(2の「1マイナス1/2のn乗」乗)となります。そしてこのを無限に飛ばすと、の部分はに限りなく近づくことになります。をかなり大きくしたの時点で「0.」の下に0が31個も続くような超絶小さい数になるのでこれは実感できるかと思います。これによりこの式全体はつまりとなり、これは正の値なので、ルートの方の式においては「数列の極限は正の値に収束」がいえたわけです。
では同じことを分数の方でもやってみるとどうなるでしょうか?
例えばあの式の中からの部分を取り出して考えると、この数(?)は次の数列の極限として捉えられます。
「5」、「5分の5」、「5分の5、分の5」、「5分の5、分の5、分の5」というわけで、これを計算するとこの数列は結局
となります。つまりととの間を振動する数列です。これはさっきの「の値を無限に飛ばせば一つの値に収束」とはわけが違います。こっちの数列での値を無限に飛ばす、すなわち極限を考えても、ととの間を無限にギュルギュル振動し続けるだけで「一つの値に収束」などということにはなりえません。これはもちろん分数全体で考えても同じことです。
つまり仮定が間違っていたのです。「この式が一つの値を定めるかどうかまだわからないけど、とりあえず定めるものと仮定して話を進め」てきたけど、ここにきてこの式は一つの値を定めないことがはっきりしてしまった。分数の方の式は「一つの値を定めない」、つまり「解なし」。これが本当の答えです。
まんまとひっかかった
しかしなんとも気持ちよく騙されてしまいました。をと置いた時点でダメだったんですね。この式は一つの数にならないわけですから。そして「こんな表記見たことない」のも当然だったんですね。あのようなタワー型になった分数が一つの値を定めてくれたら、そんな表記ももう少し数学の中で市民権を得ていたかもしれません。
結城氏が仕込んだ罠はいくつかあります。ルートの方と同じ解き方で分数の方も解きたくなってしまうような問題にしたこと、そのためにルートの方を先に配置したこと、分数の方の答えがきれいな値になること。それら全てが「黄金比」という間違った答えを導くためのミスリードだったわけです。
思えば「問題文が何も書いてない」ということもある意味ではヒントだったとも言えます。例えば問題文が「この値を求めよ」で答えが「解なし」じゃあ、不満を抱く人が出てもおかしくないでしょう。無駄なことは一切書かず、ただ数式だけをポン、と提示する。まさに『数学ガール』に登場する村木先生みたいじゃないですか! この問題を解いている瞬間僕たちは数学ガールの登場人物になれるんだ!! やったあ!! ミルカさん!! はじめまして!!! 鯵坂もっちょです!!!
「ロマンティック数学ナイト」の会場で、この答えにたどり着けた人はどれくらいいるのでしょうか。いたとしても相当少なかったのではないかと思います。私も当初は完全に騙されていました。しかし、第五回ロマンティック数学ナイト開催の日付にまで意識が及んだ人ならば、あるいは「騙す」という行為の可能性に思い至ることができたかもしれません。
では今回はこのへんで。
※今回の記事は、神保町にあるコラーニングスペースみらい研究所で毎週火曜日に開催中の「みらいけん数学デー」に集う皆さんの多大なる協力を得て書かれました。みなさんありがとうございました。