認知症の症状の中で、家族に大きな負担を与えるもののひとつに徘徊があげられます。
現在、認知症の徘徊による行方不明の届け出は年間に1万人を超えています。
高齢化社会に伴い、認知症患者の人口も急激に増えているのです。
徘徊というと本人が歩いてどこかにいくというイメージがあるかもしれませんが、徘徊の手段は徒歩だけではありません。
認知症になっても昔から体にしみついた技術は維持されます。
そのため車の運転方法そのものは覚えている場合が多いです。
実際にこのような痛ましい事故が起きました。
また徒歩での徘徊でも線路内に立ち入り事故が起きたことで、鉄道会社と裁判になっている認知症家族が多く存在します。
認知症患者の徘徊による事故は、決して家族だけの責任ではありません。
しかし実際に事故が起きた際に家族が辛い思いをするのは確かです。
また認知症患者による車の事故の場合は、家族に損害賠償の請求が行く場合もあります。
なので認知症介護をしている家族は、
・ひと時も目が離せない。
・常に気が気じゃない。
という思いで介護をしています。
今回は認知症の徘徊に悩んでいる家族の方に向けて、少しでも介護の負担を減らせるよう、より具体的な対応方法についてまとめました。
徘徊ってなんで起こるの?
認知症の症状の一つである「徘徊」。
一見、ただ単にウロウロしているように見えるかもしれませんが、決してそういうわけではありません。
何かしらの理由がある場合が多いです。
見当識障害によりトイレなどの場所がわからない
・自分の今いる場所が分からない。
・季節や時間が分からない
という状況になることを指します。
そのため出掛け先から家に帰ってこられなくなって迷子になったり、昼間に「もう夜でしょ?」といった質問をしてきたります。
家の中でも見当識障害は起こることがあり、多いのはトイレの場所が分からなくなるというものです。
このように
・今自分のいる場所が分からない。
・目的地の場所がわからない
という理由から徘徊している場合が多いです。
記憶の逆行性
認知症には「記憶の逆行性」というものがあります。
これは新しい記憶から消えていき、今残っている記憶の世界が今の自分の世界だと思ってしまうことを指します。
韓国ドラマ「私の頭の中の消しゴム」で若年性認知症になった主人公が、今の彼氏に対して昔の彼氏の名前で呼んでいるシーンがあるのですが、これはまさに「記憶の逆行性」の症状を表しています。
今の彼氏の記憶が消え、昔の彼氏の記憶が残っているため、昔の彼氏との記憶が今の世界だと思ってしまっているのです。
認知症患者は現に家の中にいるにも関わらず「家に帰る」と言って、出て行こうとすることが多いです。
これは「記憶の逆行性」により、昔住んでいた家が今の家だと思っているのです。
居心地が悪い
認知症の介護をしているとどうしても介護者もイライラしてしまいます。
そのため認知症患者本人にいら立ちをぶつけてしまうことも多々あるかと思います。
しかし認知症になっても感情は残っています。
そのため怒りをぶつけられたことに対して「嫌だ」「怖い」「腹立たしい」という感情を抱きます。
家の居心地が悪く感じるようになったことで、ここではないどこかに行きたいという思うようになり、家を出て行こうとしている可能性もあります。
前頭側頭型認知症
前頭側頭型認知症とは、脳の前頭葉と側頭葉の委縮によって生じる認知症で若年性認知症に多いとされています。
この前頭側頭型認知症の特徴として「決まった時間に決まった行動をする」というものがあります。
そのため決まった時間に外に出て近所を一周するなどといった行動がみられます。
この前頭側頭型認知症による徘徊は家に戻ってくる可能性自体は高いのですが、他のリスクが伴います。
前頭葉は「理性」をつかさどっているので、その部分が委縮すると「理性」がきかなくなります。
そのため出掛け先で万引きをしてしまったり、信号や遮断機を無視して渡ろうとしたりします。
徘徊の対応方法
認知症による徘徊が見られた場合に、どのように対応したらいいのか説明していきます。
しばらく一緒に歩く
「○○に行く」と言ってきたとき、例え方向が間違っていたり、到底行けるような場所でなかったとしても無理にとめてはいけません。
無理にとめると、相手は逆上したりパニックになることがあります。
そのため「それなら一緒にいきますよ。」と言って、しばらく一緒に歩いてあげましょう。
そしてさり気なく家の方向に戻るように誘導していきます。
トイレは目立つようにする
トイレの場所がすぐ分からなくなるという場合は、トイレに大きなステッカーを貼るなどして目立つようにしておくといいです。
またトイレが分からなくなることで何度も失禁を繰り返しているようなら、定期的にトイレを誘導するようにしましょう。
トイレの回数がかなり多く毎回失禁しているという場合なら、ベッドの横にポータブルトイレを置くという方法もあります。
目の前にトイレがある状況なので、トイレの場所がわからなくてウロウロしている間に失禁してしまったという状況を予防することができます。
ポータブルトイレは介護保険でレンタルできます。
「家に帰る」と言い出したら
徘徊により「家に帰る」といって、家から出て行こうとするケースが多いです。
そのような場合は
「もう夜も遅いので泊まっていって下さい。」
「せっかくなのでご飯を食べていってください。」
「タクシーが来るまでちょっと待っててください。」
という具合に本人に説明しましょう。
そうすると「そうだね。ちょっと待たせてもらおうか」といって落ち着いてくれます。
そしてそのまま「家に帰る」といっていたこと自体忘れる場合が多いです。
もしそれでも「家に帰る」という場合は、家の周辺を一緒に歩いてあげましょう。
そしてさりげなく自宅に誘導し「おかえりなさい。」とやさしく言ってあげるといいです。
「おかえりなさい」ということで、相手に安心感を与えることができます。
家の環境を整える
高齢者の場合は転倒によって骨折し、そこから寝たきりになったり、長期的な安静により認知症が悪化する場合があります。
なので家の中も転倒しないように環境を整えておく必要があります。
高齢者はすり足ぎみで歩くので階段などの大きな段差より、2~3cmの小さな段差につまづきやすいです。
徘徊中に転倒しないように、つまづきそうな箇所には何らかの対策をしましょう。
ホームセンターですりつけ板といって、家の段差を解消するグッズも売っています。
またコードの配線にも注意しましょう。
徘徊の前兆や本人のクセを知る
徘徊の前兆を知ることで、知らない間にどっかに行ってしまったという事態を防ぐことができます。
・ソワソワしだす。
・機嫌が悪くなってくる。
といった本人の言動が前兆になる場合もあります。
また毎日何時頃に外に出ようとするといった時間的な場合もあります。
徘徊の前兆を見つけることも、家族にとって精神的な負担を減らすことに繋がるので探してみましょう。
また日頃一緒に歩くときに
・1分間でどのくらいの距離を歩くことができるのか
・左と右、どちらに曲がる癖があるのか
ということを把握しておくと、徘徊により迷子になった場合も探しやすくなります。
また家族の方は常に本人の写真を持ち歩くようにしておくことで、外出中に迷子になった際も通りすがりの人に「この人見ませんでしたか?」と尋ねることができます。
写真以外にも今日の服装や、背格好など言葉で伝えられるようにしておきましょう。
そうすることで周囲の人からの協力が得やすくなります。
持ち物に名前・連絡先を書く
もし一人でどこかに行ってしまった場合のために、服の内側などに名前、住所、連絡先を書いておきましょう。
また本人にも「もし道に迷ったらこれを交番やお店の人に見せてね。」と説明しておくといいです。
認知症のレベルにもよりますが、それを言っておくことで道に迷った時に「いやー、道に迷ってしまったんですが、これどこかわかりませんか?」と通りすがりの人に尋ねることができる場合もあります。
他の人に協力を得よう
いつ徘徊するか分からない場合は、事前に近所の人に伝えておきましょう。
そうすることで近所の人が徘徊に気付いてくれるかもしれません。
また自治体ごとに認知症高齢者等徘徊SOSネットワークというものがあります。
認知症高齢者等徘徊SOSネットワークに事前に登録しておくことで、もし家族が迷子になってしまっても警察がスムーズに対応してくれるようになっています。
「認知症高齢者等徘徊SOSネットワーク 自治体名」で検索するとそのページが出てくるかと思いますので詳細はそちらをご覧ください。
もし見つけられない場合は、直接役所に問い合わせてみましょう。
ここで大事なのが認知症本人に旧姓がある場合は、登録の際に旧姓も伝えておきましょう。
記憶の逆行性により、自分の名前を旧姓で認識している場合があります。
そうなると「○○(今の名前)さんですか?」と捜索の人に尋ねられても「違います」と答えてしまう可能性があります。
捜索の際には今の名前を旧姓と両方で探してもらうようにしましょう。
センサーをつける
徘徊はいつ家から出ていくか分からないというのが難点です。
そのため介護している家族は「いつ出ていくか分からない」といった不安からまともに睡眠もとれていないというケースがあります。
そのような場合は外出しようとした際に鳴るアラームを利用しましょう。
介護保険のサービスでそのようなセンサーを貸し出ししてくれる場合があります。
また迷子になってもすぐに場所が分かるためのGPSも売っています。
もちろんこれらの活用も重要なのですが、欠点がひとつあって本人がセンサーの子機やGPSを持ち歩かないといけないというものがあります。
認知症の人に「常に身に付けてもらう」というのは至難の業で、それを嫌がったり、どこかでなくしてきたり、ゴミ箱に捨てられるという可能性が高いと思います。
ここで便利なのが100円均一に売っている空き巣用ブザーです。
⇑こちらが実物です。小さいのでドアに付けても目立ちません。
ドアが開くとブザーが鳴る仕組みになっているので、認知症患者本人に子機を持たせる必要性はありません。
ドア用、窓用とありますのでそれを付けておくことで出て行こうとした際にすぐに気づくことができます。
また家族が出入りする際はブザーのスイッチをoffにすることで音がならないようにすることができます。
もちろんGPSは実際に迷子になった際に、かなり有効な道具になるのでセンサーとGPSの併用が一番安心できます。
ひとりで抱えない
介護は家族だけで抱えてはいけません。
あなたは介護保険を利用していますか?
認知症も介護保険の適応になるので、もしまだの場合は市役所にいって介護保険の申請をしましょう。
介護保険を利用することで、デイサービスや訪問介護のサービスを受けることができます。
デイサービスに通うことで生活にメリハリが生まれ、夜しっかり眠るきっかけになります。
また介護をしている家族もゆっくり休息をとる時間を確保できます。
介護保険を利用すると担当のケアマネージャーさんがつきます。
なので何か困ったことがあれば、そのケアマネさんに相談することができます。
この「何でも相談できる人がいる」という安心感は介護する上でとても大事なことだと思います。
なので家族だけで介護を抱えている場合は市役所で介護保険の申請をしましょう。
また近くの地域包括センターでも申請を行うことができます。
対応時の注意点
誤った認知症の対応をすると、相手を逆上させたりパニックにさせたりと、悪循環となります。
そうならないためにも対応する際に注意してほしいことをまとめました。
怒らない
認知症の介護って本当に大変です。
イライラしてしまう気持ちもむちゃくちゃ分かります。
正直、私も仕事中に何度もブチ切れそうになったことがあります。
大変さが分かるからこそ「怒らないで」などと難しいことを言っていることも十分承知です。
ただそのイライラを認知症の本人にぶつけても何の解決にもなりません。
むしろ相手が逆上したり、パニックになったり、家の居心地が悪いという理由から余計出て行こうとしたりという悪循環に陥ります。
また「何言ってるの?家はここでしょ!」とか「もう昔の家はないよ!」といった説明は逆効果で、そのような対応も逆上したりパニックになる原因になります。
本人にとって家が居心地の良い場所であることも徘徊の予防に繋がります。
なので相手の話を否定せずにゆっくり聞いてあげるというのも大切な対応になってきます。
また認知症患者の介護で大事なのは相手の世界に合わせてあげることなので、もし「家に帰る」「○○に行く」と言い出したら相手の世界に合わせた対応をしてあげましょう。
拘束しない
部屋に閉じ込めたり、何かで縛ったりして自由を奪うことは虐待になります。
またそのような対応により認知症患者が感情的になったり、家から出ていこうとするなどさらに症状の悪化に繋がることもあります。
なので
・どうしたらいいか分からない。
・これ以上対応できない。
そう思った時は、必ず担当のケアマネさんに相談しましょう。
ドアを物でふさがない
ひとりで出て行かないようにするためにという理由で、物を置いて玄関をふさぐというのはやめましょう。
徘徊をしようとしている人は「ドアの前に荷物があるからやめておこう」とはなりません。
・モノを無理やりどけようとする。
・モノを乗り越えて行こうとする。
・ドアがダメなら窓から出て行こうとする。
などの行為が見られる場合が多いです。
そしてこのような行為は転倒やケガの危険性につながります。
なので物を置いてドアをふさぐという行為は避けましょう。
車の運転は絶対に止めよう
認知症になると
・判断力が低下し危険の察知が遅れる。
・ハンドル、ブレーキ操作が遅くなる
・集中力が散漫になる
・幅寄せが下手になる
ので安全な運転が不可能になります。
特に前頭側頭型認知症の場合、理性が利かないので交通ルールを守ることさえ困難になります。
そのため信号無視なども普通にしてしまう可能性があります。
なので絶対に運転はさせないようにしましょう。
このような話をすると「田舎に住んでいる人はどうなるんだ」という声がでます。
そのような人も介護保険を利用することで、買い物代行を依頼したり、ヘルパーさんに通院時に付き添ってもらったりといったサービスが受けられます。
なので「田舎に住んでいるから仕方ない」ではなく、役所に行って「買い物に行く手段がなくて困っている」という相談をしましょう。
ただ家族が「もう運転しないで」といってすんなり聞いてくれない場合が多いです。
鍵を隠してもどこからか鍵を見つけてきたり、自分で業者を呼んで鍵を変えてもらったりする場合さえあります。
認知症でもこのような行動はできるんですね。
車での徘徊の可能性がある場合は家の前に車を駐車するのをやめ、近所に月極の駐車場を借りて本人には「車は処分した」と言ってしまうのが一番安全です。
ただこれにはお金がかかりますし、レンタカーを借りてきたり最悪のケースでは自分で車を買ってくるという場合もあります。(実際に車を買った人がいます)
なので家族だけで対応するのは本当に難しい問題です。
家族が運転を止めても、何かしらの手段を見つけて運転してしまうという場合もケアマネさんに相談しましょう。
医師や警察から説明してもらう、免許を取り消してもらうなど様々な打開策を提示してくれると思います。
高齢ドライバーのリスクについてまとめています。
合わせてお読みください。
さいごに
認知症介護をされている家族の方、本当に大変な思いをされていると思います。
決して一人で抱えないようにしてください。
またこちらでは認知症の家族の会というものがあり、認知症介護をしている家族同士で勉強会を開いたり、互に相談しあったりしています。
全国に支部があるので、相談相手が身近にいないという方は参加してみてください。
こちらにも認知症介護について詳しく書いています。
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