5月3日の憲法記念日、安倍晋三自民党総裁は、都内の改憲派集会にビデオメッセージを寄せた。「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」とし、憲法9条1項、2項を維持しつつ、自衛隊の存在を明記する改憲を議論するという。これを憲法学的に検討してみよう。

 まず、政府は、憲法9条と自衛隊についておおむね次のように解釈してきた。憲法9条は、自衛権行使も含め、あらゆる武力行使を禁じる文言に見える。しかし同時に、政府は国民の生命・自由を保護する義務を負っている(憲法13条)。したがって、そのための必要最小限度の武力行使と実力の保有は、憲法9条の文言の例外として許容される。

 安倍総裁の提案は、こうした政府解釈を明記する憲法文言の変更であり、内容は現状維持だと言う。もっとも、自衛隊明記の改憲発議といっても、2種類の方法が考えられ、それぞれ意味が異なることに注意が必要だ。

 第一は、自衛隊の任務を個別的自衛権の行使に限定し、集団的自衛権の行使を認めない改憲発議だ。

 これは、2014年の閣議決定前、すなわち、集団的自衛権を限定容認する以前の政府解釈を明文化するものとなる。この解釈は、国民にも広く支持されており、ある程度、可決の可能性もあろう。

 しかし、これが国民投票で可決されれば、集団的自衛権の行使を限定的にとはいえ容認した、15年安保法の違憲性が明白になってしまう。これは、現在の与党には受け入れ難い改憲であり、そんな発議はしないだろう。

 第二は、集団的自衛権まで含めた改憲発議だ。これが可決されれば、15年安保法制に対する違憲の疑念は払しょくできる。

 ただ、そもそも15年安保法制の言う「限定的な集団的自衛権」とは何なのかは、いまだに曖昧模糊(もこ)としている。それを適切に憲法の条文として定めることは、ほぼ不可能だろう。

 かといって、もしも適切に限定しないままに集団的自衛権を認める文言にすれば、集団的自衛権行使に憲法上の歯止めがなくなる。これには、世論の反対があまりにも根強く、可決は困難だろう。この提案が否決されれば、安保法制が国民投票で否定されたことになる。そうなると、政府・与党にとっては大打撃であり、こちらの改憲発議も、極めて難しい。

 さらに、改憲発議には与党の議席だけでは足りず、少なくとも維新の会の賛成が必要だ。しかし、維新の会は、集団的自衛権の行使容認について、日本の防衛活動を行う米軍等防護の範囲に止めるべきとしている。ホルムズ海峡等での軍事作戦にまで自衛隊の活動範囲を広げる与党とは考え方が違う。維新の会まで含めた合意形成には、かなりの時間がかかるだろう。20年までに改憲というのは、ほとんど幻想のようなスケジュール設定だ。

 こうしてみると、安倍総裁の提案は、政府・与党の立場から考えても極めて困難だ。深い考えがあっての発言には見えない。憲法改正は、国民の熱望があってこそ実現するものだ。自民党が改憲を本気で望むなら、徹底的に国民の声に耳を傾けるべきだ。 (首都大学東京教授、憲法学者)

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 お知らせ 本コラムを収録した書籍「木村草太の憲法の新手」(沖縄タイムス社、税別1200円)は、県内書店で販売されています。