2017年4月、『生物はウイルスが進化させた』(講談社ブルーバックス)を上梓した。副題に「巨大ウイルスが語る新たな生命像」とあるように、この本はウイルス一般ではなく、ウイルスの中でも特に最近研究が盛んに行われるようになった「巨大ウイルス」に焦点を絞った本だ。
巨大ウイルスは2003年に初めて発見されて以降、続々と新たなタイプが見出されており、かくいう私も、2015年に東アジアでは初となる巨大ウイルス「トーキョーウイルス」の分離に成功している。
巨大ウイルスは確かに「巨大」なのだが、それはあくまでも「それまでのウイルスにとって巨大」なだけであって、われわれ生物からしたら相変わらず「微小」である。
では、ウイルスにとってはどれだけ巨大なのか。私たち人間の立場にたとえれば、『進撃の巨人』に登場する3〜4メートル級の巨人に相当するサイズ感であって、超大型巨人のごとくではとうていない。
とはいえ、たとえ4メートル級であるとはいえ、そんな巨人がもし、ほんとうに私たちの日常生活に登場したらとてつもないインパクトだ。巨大ウイルスの場合も、その発見には相当なインパクトがあった(とはいえ、それはウイルスたちにとってではなく、私たち研究者にとってだが)。
粒子のサイズも大きければ、ゲノムサイズもでかい。そして保有している遺伝子の種類も多く、場合によっては以前のウイルスには存在すら許されなかった、いくつかの翻訳用遺伝子も備わっていた。
翻訳用遺伝子とは、タンパク質を合成するために必要な遺伝子で、通常のウイルスはこのタンパク質合成を、感染先の生物に依存している。
そのような事情から、ウイルスは生物とは見なされず、われわれ生物とは一線を画す存在でありつづけてきたのだが、翻訳用遺伝子をもつウイルスがいるとなると、話が変わってくる可能性がある。
なぜそんなウイルスがいるのか──。
私たちはまだ、その理由を理解するところまで到達していない。
巨大ウイルスは、その存在そのものが謎なのだ。
さて本書では、巨大ウイルスの進化の過程におけるきわめて興味深い事例として、「アミノアシルtRNA合成酵素」遺伝子に関する話を展開した。この遺伝子もまた、タンパク質の合成に必須であり、それまでのウイルスはもっていなかったものだ。
ところが、2003年に発見されたミミウイルスで4種類、2011年に発見されたメガウイルスで7種類のアミノアシルtRNA合成酵素が見つかった。
本書ではそれがどれだけ巨大ウイルスの概念形成に重要であったかを縷々解説したのが、驚くべきことに、本書の原稿が完成し、すでに刊行を待つばかりとなっていた4月の上旬、アメリカの研究グループによる刺激的な論文が科学誌『サイエンス』に掲載されたことで、本書の内容は刊行早々、ちょっとばかり古びることになってしまった。
その論文は、「メタゲノミクス」というまるでブルドーザーのように一定範囲に存在するゲノムを一網打尽に解析する手法により、未知の巨大ウイルスである「クロスニューウイルス(Klosneuvirus)」の存在を明らかにしたものだった。