パンの研究所「パンラボ」。
誌面では紹介しきれなかったパンのあれこれをご紹介します。
パンのことが知りたくて、でも何も知らない私たちのための、パンのレッスン。
あるフランス人が見た東京のパン
『パニック7ゴールド』ではじめた「パンの発見」というシリーズ。
かいじゅう屋の橋本宣之さんと、いろんな人に会いに行くもの。
会う人はパン業界の「外」にいる人たちである。
第1回は、日本を代表する骨董の目利きとして知られる、古道具坂田の坂田和實さんと語り合った。
第2回は「パンラボblog」に場所を移し、東京在住のフランス人カメラマン、セドリック・リヴォーさんに話を聞く。

リヴォーさんは、パン好きである。
フランスのパン好きは、東京のパンをどのように見ているのか。
日本人はずっとフランスを見習って、パン文化を発展させてきたが、いまも両者は同じではない。
パンの見かけは同じようになったが、フランスと日本には、味覚や、文化の感覚的なちがいが横たわっていて、なにかが異なっている。
その微妙な「なにか」を、リヴォーさんとの対話を通して、あぶり出していきたい。

まず話は、リヴォーさんがかいじゅう屋を偶然発見することからはじまる。
「僕はいつも自転車で移動をします。
市ヶ谷に家があるから、自転車でどこでも行けちゃうんですね。
パン屋があったら絶対見る。
かいじゅう屋を見つけたのは、偶然この道を通りかかったとき。
すごく気になりました。
あれ、これパン屋さんなの? って。
3、4人の人が待ってました。
それで、写真撮ってもいいですか? って声をかけました。
おいしいかどうかは、外観でだいたいわかります。
インテリア、雰囲気、香り。
それで、ここ試してみたいなって思いました。
食べてみたら、びっくりした。
すごくおいしかったです」

パリに住んでいたときは、どこのパン屋によく行っていたのか。
「フランス人は、毎朝フレッシュなバゲットを買いに行きます。
たいていのフランス人は家からいちばん近い店に行くんですけど、僕は朝7時とかに、10分、20分歩いて、おいしい店まで買いに行く。
実家が18区(モンマルトル周辺)にあるので、そっちのほうでは、ゴントラン・シェリエが好きです。
東京のゴントラン・シェリエも、味はそんなに変わらないと思います。
お父さんの家は5区(カルチェ・ラタン)にあって、その辺りでいちばんいいのは(メゾン・)カイザー。
東京でおいしいパン屋さんを見つけたとしても、フランスの感覚で朝に行くと閉まっている。
『えー、10時からなの!』って悔しい思いをします(笑)」

リヴォーさんはなぜ東京に住むようになったのだろう。
「僕はカラーが大好き。
はじめて日本にきたとき、4月1日でした。
ちょうど桜が満開のとき。
だから、街の色がすごくきれいで、『なに、この世界!』って思いました。
モノトーンの世界には住みたくない。
日本は季節の色を大切にしてくれる。
伝統の色を守ってるし、気をつけてる」

「日本にきてすぐ、ここは僕の場所だと思いました。
それまではドイツにいたけど、キャリアはぜんぶ捨てて、東京に住みました。
日本では誰も知らなかったし、お金もなかった。
最初の3ヶ月は大変だった。
100円ショップでパンを買って、なんとか生活していました。
日本に住むようになって11年目。
11年前はいまみたいにいいパン屋は多くなかった。
だから、VIRONができたときはうれしかったですね」

「プチメックにいちばん最初に行ったときはびっくりしました。
プチメックのパンは、まず色が完璧。
こんなにうまいところはパリにもそんなにないですよ。
フランスに帰るとき、『めっちゃおいしいパン屋さん見つかったから食べてください』って、おみやげにする。
日本人がこんなにおいしいパンを作るのかってみんなびっくりする。
もしパリでプチメックをやったらどうなるんだろうって興味があります。
人気になると思う」

東京のパン屋はフランスに劣らないクオリティを持っている。
それは、フランス人のパン好きであるリヴォーさんの言葉からもわかる。

日本とフランスのパン屋のもっとも大きなちがいは、アイテム数だろう。
ブーランジュリーには、バゲット、バタール、クロワッサンなど、ごく基本的なパンしか置かれていないが、日本のパン屋には、菓子パンや惣菜パンなど、めまいがするほど多くのパンが置かれている。

「日本は、メロンパンとか、あんぱんとか、パンは甘いのが多いですね。
フランスの甘いパンといえば、パン・オ・ショコラ、パン・オ・レザンぐらいなのかな。
フランスのパン屋さんはタルトとかあって、パンだけじゃなく、いろいろなものが楽しめる。
だから、甘いパンは少ないのかな。
日本に甘いパンが多いのは、日本人はフランス人に比べて甘いものが食べられないからかもしれません。
僕はメロンパンには興味ないです。
パンとしては、甘すぎ。
僕は、(フランスパン以外では)食パンしか買いません」

ヨーロッパに旅行をした日本人がタルトを食べると、その甘さに驚くことになる。
現地の菓子には日本のような繊細さが欠けていると思うかもしれないが、そうではない。
食文化のちがいもあるし、湿度のちがいが大きく関係もしている。
湿度の低い場所では、糖度は低く感じられる。
日本人がヨーロッパに行くと、喉が乾き、水を多く飲む。
だから、菓子を食べるとき、口の中は日本と同様に多くの湿気で満たされている。
そのために、現地の菓子が甘く感じられるのだ。
日本人が日常的に食べたいのは、タルトや焼き菓子ほど甘さが濃厚ではない菓子パンである。
一方、フランスでカフェやビストロに行くと、大人の男がランチからタルトをぱくついているのを見て違和感を持つ。
ヨーロッパにはデザートの習慣があるので、日常にお菓子を食べることは普通である。

「(フランス人にとって)パンは無地なものです。
甘いものや、おかずになるものとか、そういうものが食べたいときには、パンではなく他のものを買いますね。
タルトとか、サンドイッチとか。
フランスのパン屋には、タルトとかガトーとかいっぱいある。
お菓子とパンを混ぜてないんだと思います」

菓子パン、惣菜パンという形で、主食とデザート、主食とおかずを融合させてしまった日本人の感性はヨーロッパに類を見ない。

「日本のパンにはいろいろなものが入っててびっくりすることがありますね。
メゾン・カイザーのホワイトチョコのパン。
『うわーっ、なんだそれ! パンでしょ?』って思います(笑)。
パンだったらそのままが好きです。
なにか入ってても、レーズン、ナッツ、セレアル。
パンはベーシックなものだと思ってるから、中に入れるものにはリミットがあります。
にんじんやかぼちゃが入っているものがありますが、そういうことは意味がわかりません」

私もメゾン・カイザーのホワイトチョコのパンが大好きなので、これがフランス人にとって「なし」なのは、少なからず驚いた。
しかし、言おうとしていることはわかる。
日本人にとってパンはお菓子でもあるが、フランス人にとっては純粋に主食なのである。
私たちにとっての白いごはんを考えてみるならば、そこにチョコレートが混ざっていたら、気分が悪くて食べられない。
一方、赤飯やグリーンピースごはんといった定番なら受け入れることができる。

かいじゅう屋「日本(日本人?)では新商品を作らないと飽きられてしまう。
または、まだこの世に存在しないパンを作りたいという想い、考えがあるように感じます。
しかし、フランスで、パンは日本のお米と同じようにあくまでも主食としてあるわけで、新しいパンを作る必要性がないと思います。
これはこれからも変わらない気がします」

かいじゅう屋でパンの中に入れられるのは、ドライフルーツや、せいぜいチョコレートであって、生ものは決して入れられない。
それはパンに対する美意識のようなものなのだろう。
私はパン屋で新趣向のパンを食べるのが好きだが、長い目でみたら、パン職人はシンプルなパンだけを作る方向にいったほうがいいと思っている。
日本のパン屋はたくさんの種類のパンを作ることに忙殺され、長時間の労働を強いられている。
私たちがパンの食べ方を知り、食事の質をもっと向上させれば、フランスでのように、シンプルな生地だけで事足りはしないだろうか。

リヴォーさんが日本で買うのは、主にバゲットと食パンだという。
だが、フランスのパン屋でパン・ド・ミ(食パン)はほんの少し片隅で売られるのみだ。

「(フランス人が)パン・ド・ミを買うとき、パン屋さんは行きません。
パン・ド・ミは、スーパーで買うもの。
パン屋さんでは必ずバゲット、バタール。
だいたいみんな硬いほうが好き。
サンドイッチを食べるときはバゲットにはさみます。
パン・ド・ミじゃない。
フランスにはクロックムッシュがあるけど、パン・ド・ミを使うのはそれだけ。
あとは『パン・グリエ(=トースト)にしましょう』というとき、パン・ド・ミを買います」

フランス人は食パンを食べるが、サンドイッチは食パンで作らない。
日本人にとってサンドイッチとは、卵フィリングなどのはさまったふわふわしたものであって、口の中を切りそうな硬いバゲットにはさまったカスクルートでは決してない。
食パンはトーストして食べる、という習慣は日仏で同じことである。

「フランスではポップアップのトースターを持ってる人が超多い。
だいたいの家にあります。
パン・ド・ミ、バゲット、カンパーニュ。
スライスして、トーストする。
古いパンだったらパンペルデュ(フレンチトースト)を作ります。
フランスでパンは、日本の米と同じように、捨てるの禁止。
もったいないからパンペルデュを作る。
僕は信じてないけど、パンはキリストの体だから、捨てない」

パンの包装の仕方もフランスと日本では異なる。
リヴォーさんは次のようなことにたいへん違和感を持つと言った。

「日本のパン屋さんはパンをビニール袋に入れますが、それは断ります。
『紙袋でお願いします』って。
袋がいらない理由は、パンがやわらかくなるから。
うちに帰って、紙袋のままキッチンタオルで包んで、バスケットに入れます」

一般的なフランス人は、もっと雑に扱うのかもしれない。
とはいえ、リヴォーさんのように、パンを入れるためにバスケットを置いたり、パン袋を下げておくことはどこでも行われている。
見習いたくなるような、気の利いた習慣だと思う。

かいじゅう屋「フランスでは日本のようにいっぱい包装はしませんよね。
バゲットに小さな紙を中央だけ巻いて、そこを持って歩いたり」

パリジャンはバゲットを裸で持って歩く。
店を出てバゲットをすぐ食べだす人が多いのは、よく知られるエピソードだ。
「プチメックに行ったときは、店を出たら必ず歩きながら食べます」
とリヴォーさんもやっぱりやるらしい。

包装の仕方、パンにまつわる衛生観念も、日本とフランスでかなり異なる。
フランスではパンをテーブルの上に置きっぱなしにする。
日本人は必ずパンを皿の上に置く。
外国映画の中で、パンが信じられないほどぞんざいに扱われるのを目にする。
トラックの荷台や市場の隅に裸のまま積み重ねられたり。
おそらくは、これも気候のちがいが関係しているのではないか。
日本では細菌が繁殖しやすいし、至るところが濡れている。
これが、日本人を汚れに敏感にさせ、過剰な包装へ追い立てている、潜在的な理由ではないだろうか。

リヴォーさんはパンをどのように食べるか。
「パンを、料理といっしょに食べるときはだいたいなにもつけない。
チーズのときはいちばんパンをたくさん食べますね。
あとは、サラダ。
オリーブオイルをフランスでつけるようになったのは最近のこと。
それはイタリアの食べ方ですね」

「僕がパンになにかつけるとしたら、バター、はちみつと、ジャムです。
ダークチェリーのジャムは日本で売ってないですね。
あと、ブラックベリー。
どこに行っても見つかりません。
この前、テオブロマでブラックベリーのジャムが見つかったんだけど、赤ワインに漬けられていた。
赤ワインはいらないのにー(笑)。
朝ごはんははちみつとジャム。
そのあとは必ず、チーズとかバター」

食事の締めとしてチーズを食べる習慣。
これも日本人である私にはぴんとこない。
完全にぴんときてることではなくても、かっこつけて真似してみるのが楽しい。
それがあこがれるということだ。
フランスパンとは、私たちにとって後付けの食べ物なので、多分にそういうところはある。
日本人はフランスにあこがれ、リヴォーさんのようなフランス人は、不思議の国日本にあこがれる。
2つの国は相思相愛の関係にある。

最後にセドリック・リヴォーさんの、現在進行中のプロジェクトを紹介したい。

366ポルトレ

リヴォーさんが出会った東京にいる普通の人びとを写真に収め、ネット上で毎日紹介している。
本年中にフランスで本として出版されるとのこと。

「去年の1月から2000人を撮りました。
東京にはどんな人がいるのか。
外国では、渋谷系、原宿系の人ばかりが紹介されます。
僕は普通の人を撮ってます。
みんなと5分ぐらい話して、記事も書いてます」

町で自転車に乗ったフランス人カメラマンに出会ったら、それがリヴォーさんである。
ぜひパンの話をしてみてはどうだろう。

Cedric Riveau
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Comment








大変面白く読みました。相思相愛のフランスと日本、とても興味深い内容です。
シンプルなバゲットもさることながら明太フランスをこよなく愛する自分としては、日本においてのフランスパンが独自に発展する道もあって欲しいと思っています。
(そしていつか彼の地で目にしたles sushiのバリエーションのひとつであるヌテッラ巻き、怯むことなく食べてみたいです…)
from. booksotama | 2013/02/02 00:36 |
booksotama様
たとえよその国から変に見られようと、日本のパンは世界に誇るべき文化です。明太フランスもチョコチップパンも胸を張って食べていきたい。と同時に、本物のフランスパンも食べたいです。
ヌテッラ巻(酢飯とチョコシロップですか?)は…ちょっと考えさせてください(笑)。
from. 池田浩明 | 2013/02/03 00:28 |
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