新世紀の音楽たちへ 第8回
前回も少し触れましたが、同人の音声劇にはいろいろな呼び名があります。またサークルさんごとに「音響劇サークル」とか「ボイドラサークル」等と名乗り方にもいろいろあります。ここでは台本があってネットやCDで頒布される音声劇を単に「ボイドラ」とよぶことにします。
文:安倉儀たたた 編集:米村智水
ネットで聞くボイスドラマ
ボイドラはインターネットの登場以前から、テープへの吹き込みなどによってつくられ続けていました。そして、2000年代後半に、沢山のサークルさんがネット上に作品を公開するようになってから、その存在感がぐっと強くなってきました。もちろん、こうしたボイドラへと繋がる音響劇の歴史は、ラジオ放送が普及しはじめる昭和初期にまで遡ります。でも、ラジオドラマとボイドラでは、制作の過程が全然違いますし、その公表のされかたも違います。
それから、ボイドラ作品における演出や作劇が、アニメやゲームの「リアリティ」を基盤にしている(傾向がある)点でも若干の違いがあるように思います。この違いはもちろん「クオリティ」の違いを直接は意味しません。
けれども、現実世界のリアリティを基盤とする傾向が強いラジオドラマと、アニメーションやゲームのような世界を演出するボイスドラマは声の演劇として直線的に関連づけないほうがよいのかな、と今は考えています。でも、ここには非常に複雑な問題がよこたわっています。機会があればまたどこかでお話することもあるでしょう。
ラジオドラマとボイドラの差異とは?
ラジオドラマとボイドラを決定的に分けるのは、放送と頒布という流通の違いと、ゼロ年代以降の「デスクトップPCでの編集」という点に設けられるのではないかと思います。これは、この連載でも幾度か触れてきたように、デスクトップPCが生音を処理できるようになる過程と並行的な現象でした。それまではテープに吹き込んだ音声を、直接ハサミとセロハンテープで編集していた(映画もそうやって編集してた時代があったんです)のが、2000年以降、プロ並みの機材を揃えなくても音声をノンリニアに編集できるようになってきたのです。同人音楽のありかたを一変させたDTM環境の普及とインターネットの発展は、ボイドラの製作過程をも大きく変えました。
例えば、ネットの発達で音声素材を直接会わなくてもやりとりできるようになったため、録音のためにスタジオ(や誰かの家)に集まって収録する必要がなくなりました(ただ、音質上の問題があるので、現在でもスタジオで収録するサークルさんも少なくありません)。
声優さん(ボイスコさんという呼び方もありますが、ややこしくなるのでここでは声優さんといいます)が自宅で直接音声を吹き込めるようになり、mix師もデータがあれば自宅でmixができ、最終的に編集してHPにアップロードする人のところに各種のデータがある状況になれば、ボイドラ作品が制作できるようになったのです。
ボイスドラマの編集風景。ボイスドラマサークルSpiral Spirit様より提供していただきました。ありがとうございましたm(_ _)m
そこには後に同人音楽シーンで活躍する片霧烈火さんのような人たちもいましたし、プロの声優さんを目指す人達や歌い手さんなど様々なバックボーンを持つ人達が集まっていました。
このボイドラというネットカルチャーが、同人音楽の発展に寄り添う形で発展してきたことは偶然ではありません。技術的な発展やオタク文化的な関係のちかさ。そして歌うことと演技をすることの両方ができる歌い手/声優の存在。音系同人において、音楽とドラマは他の「音楽」ジャンルには見られないほどに近い関係にあるのです。
*1 株式会社koebuが運営する音声専門のコミュニティサイト。2007年にカヤックが開設し、2014年にサイバーエージェントに譲渡され同社子会社になった。2016年9月30日、サービス終了。
ボイスドラマサークルの2つの魅力
ボイスドラマサークルさんがつくる作品は、企画から立ち上げ、HPで作品を話数ごとに順次公開していくというスタイルを取るものが多く、その制作過程にも独特の文化があります。まず企画を立ち上げ、HPが開設。声優さんたちのオーディション(!)がおこなわれ、つぎに音声データを集めてから、責任者が編集し、ネットに公開するという手順を踏む、といった流れが一般的にあるようです。実際のボイドラの収録で使われるスタジオ風景
このような作られかたと広がりかたをする同人ボイスドラマの魅力は二つあると思います。
一つは、幅広いジャンルにまたがるコンテンツスケールです。現在ボイスドラマを聞こうと思ったらサーチエンジンの「ボイドラ*OnAir」(外部リンク)というサイトから見ていくのがよいですが、この「ボイドラ*OnAir」さんでは23のカテゴリが設けられており、笑えるものから泣けるもの、現代劇からファンタジー、日常系まで様々なジャンルの作品があり、現在登録されている企画数は1700作以上にもなります。YouTube等にあげられた作品も含めれば2000作以上あるかもしれません。
こうした膨大なコンテンツ数を生み出せる背景には、ボイスドラマをつくりたいという人たちの思いと、作品制作を支援する様々なバックヤードが充実していることがあげられます。
ボイドラを支えているネットインフラの一つに「募集サイト」があります。ボイスドラマを製作したい人たちを募集できる「助っ人さんを募集してますっ☆」(外部リンク)や「◆募集屋*ComeOn!◆」(外部リンク)といった募集サイトが有名です。真剣な思いと種々のタスク管理能力があれば、誰でもネット上でボイスドラマをつくる「仲間」を集められます。知り合った人たちから技術や熱意が認められて、固定メンバーのような人たちが増えていくかもしれません。
このような募集サイトも2005年頃、DTMで生音が編集できるようになった技術的な転換とほぼ同時期に成立していることも見逃せないと思います。
二つめの魅力は、商業作品にはないジャンルや独特の文化が織りなす「おもしろさ」です。
商業作品にもドラマCDやボイスドラマは決して少なくありませんが、たとえばCDの73分という枠組みにとらわれない壮大なスケールをもつ作品や、HPにこらされた様々な工夫が有機的にリンクする作品をつくる人たちもいます。また突出したコンセプトを武器に、オリジナリティあふれる作品を作るサークルさんたちの世界は、作品を追掛けるほどに味わいが深まるたのしさがあります。
たとえば、「Spiral Spirit」(外部リンク)というサークルがあります。ここは東京23区の擬人化という企画をはじめ、多数の作品を発表していますが、「少年と少し不思議」を描くという根強いコンセプトがあって、そこの「少年」たちはすごく立体感や優しさにあふれていていいなあって思います。とくに『少年回顧録』はSpiral Spiritが追求してきたコンセプトを極限まで突き詰めた。萩尾望都の作品を見ているかのような耽美さと、他になんて喩えたらいいかわからないような、純粋な美しさをもった作品だと思います。
創作音響劇『momonoji』/ Spiral Spirit 公式サイトより
とくに、僕がお話をうかがった範囲では「NOMARK」さんや、「ハーモスフィア」さんのサークルに憧れてボイドラをはじめたという方が何人かおりました。惜しまれつつも両サークルとも活動を終了してしまいましたが、いまではハーモスフィアさんの作品はItuneで全て聞く事ができます。(「フロウサテライト」が好きです。)
「ハーモスフィア」名義での最終作品となった『環蝕 - at the Edge of CircumReal』は、電子空間でのゲームに夢中になる少年少女たちの青春を扱ったSFですが、開始数秒で響き渡る重低の警告音が印象的な、ハーモスフィアが追求してきた音響的工夫が極限まで生かされた印象深い作品です。
こんな風に紹介してったら四日ぐらいかかりそうですのでこのへんで切り上げます。
音声劇空間の新しい流れ
さてはて、群雄割拠するボイスドラマサークルの中でも、個人的にちょこっと注目しているところに、みや。さんが主催する音響創作劇サークル「おにぎりワゴン」(外部リンク)があります。リアリティあふれる会話劇が特徴的で、ここ数年でめきめき頭角をあらわしてきたサークルさんです。「おにぎりワゴン」について、あるボイスドラマサークルの方が「彼女の作品は演技がしたい、という感じがする」と言っていました。アニメやゲームっぽいというだけではなく、複雑な劣等感を抱えた人達の内面を、現実の生活に根ざした苦悩や悩みから掘り下げていく、人間的な生々しい人物描写が印象的な作品をてがけています。
みや。さんの活動はボイスドラマだけではなく、少し前に話題になった次の動画のOPを作成するなどの多岐に渡る活動を行っています。
もちろんこれは彼女の才能(と努力)のなせる技ですが、それと同時にボイスドラマの活動が広がっている現在の状況を象徴してもいるように感じます。かつては音声データと画像を掲載することだけでも大きな容量を必要としていました。しかし現在では動画サイトや、HPに配置できるコンテンツの大規模化といった新しい情報環境に対応して、ボイスドラマがOPや予告ムービーを含む動画の世界にも広がっていることを示しています。
前回も書きましたが、こうしたボイスドラマサークルがM3という場所に存在感をもって登場してくるのが2007年以降、特に2010年以降でした。それ以前からボイスドラマのサークルは各種即売会参加されていましたが、それでも「ネットから即売会へ」という流れをここで想定することはできるでしょう。実際に、2007年頃のボイドラはもっと盛り上がっていたけれど、即売会にではじめたのはその後というようなお話はしばしば聞く事ができます。
ネットからリアルへ ボイドラサークルの変化と即売会の役割
なぜボイスドラマサークルさんがネットからリアルに進出したのか、というと、それは制作に携わった方々との「オフ」会という側面があるように思います。ボイスドラマは制作が大変難しくしかも話数が多くてスケジュールが決まっているため、プロジェクトの管理能力が高くないと作品が完結しない、ということがしばしば起こるのだそうです。そこで、ある時期以降、正確に作品を完結させられる企画者の方々や的確に声を当ててデータを送ってくれる声優さんたちなどが固定化していき、ある種の「顔なじみ」がネット上に生まれてきます。ネット上において、協同作業を通じて作品を作りあげるということ自体は珍しいことではありません、ちょっと昔なら「ムネオハウス」なんていうムーブメントがありましたし、ネット上でのラップバトルなんかもあります。ただ、これらが最終的に(そして定期的に)オフ会をするか、というと微妙なところかなあという気はします。
ボイドラはネット上の協同であると同時に、作品制作への誠意を持った仲間たちとの信頼感を生み出すカルチャーでした。
同じ作品を作った「仲間」と出会える場所。そこがボイスドラマにとっての即売会(M3)だったのです。その仲間はいま新しいボイスドラマの聞き専たちを生み出しつつある、という状況になっていますが、その話はまた今度。
インターネットによって加速したボイスドラマの広がりは、即売会や同人のそれだけではありません。ある種のアプリゲーなどでは普通にボイスドラマをサービスコンテンツとして配信していますし、以前からあった版権もののドラマCDだけではなく、ドラマCDだけで展開するコンテンツもゼロ年代に入ってから増えています。音声劇の空間は動画時代になってなお、新しい広がりを見せているのです。
余命彼氏 公式サイトより
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安倉儀たたた // あくらぎ・たたた
1984年生まれ。小劇場演劇、日本文学、同人音楽、ゲームなどを遊びながらぐうたら生きてる趣味人。文章系サークル「左隣のラスプーチン」の主宰、演劇ユニット「カトリ企画」の文芸部長などを兼任中。
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