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Try[2]="試練";
「カツミ……、目が覚めましたか?」
「……サヤ? 俺は……」
目の前に、サヤの顔が見える。頭の下には、何か柔らかい感触。視界の向こうには、少し赤みを帯びた空。そこに浮かぶ雲たちはいつもより近いようで。……いや、むしろ俺が雲の上にでも寝転がっているような、そんな感覚。大きく開いた天井から流れてくる心地良い風は、まだ頭がうまく働かない俺にもう一度眠りに入りたくなる誘惑をかきたてる。
(……ここは、所謂、天国、か?)
一瞬頭をよぎる。けれど、俺の手のひらに感じる、彼女の手のぬくもりがそれを否定する。なら、俺はまだ生きている、ということ。
「そうか、サヤが助けてくれたんだな。……ありがとう」
長い黒髪の隙間から見える、エルフの血の象徴とでもいうべき細く長い耳。そんな彼女の、やはりエルフの象徴とも言うべき強力な魔力。その力でもってあの窮地を脱したのか……。刺されたはずの脇腹を撫でてみる。……痛みどころか、鎧に傷すら無い。それすらもなかったことになったのだろうか。
「……私、というよりは、水神様が、だと思います」
「そういえば、そんなことを言っていたか」
夢の中の会話を思い出す。サヤが水の巫女で、力を開放したのだと。あれはただの夢じゃなかったんだな。
……まぁ予想はしていた。知識の聖者の時のこともある、そういう場所なのだろう。そう、理解はしていなくても納得できた。
「やはりカツミは水神様とお話されたのですね」
「あぁ、そうだ。……さっきまで、夢の中で」
「さっきまで? ……今はもう聞こえないのですか?」
「ん? あぁ、少なくとも今は聞こえないぞ。……そう言うサヤは聞こえるのか?」
「はい。今もカツミと何を話したかを聞いていたところです。……私、ずっと見守って頂いていたのに、全然気がつかなくて」
サヤは、そう言って悲しそうな顔でうつむく。今にも涙がこぼれて、俺の顔に降ってきそうだった。……降ってきそう? そういえば、なんでこんなに顔が近いのだろうか……、って。
「あ、あぁ。わ、悪い、重かっただろ?」
理解して、跳び起きる。……起きてすぐ気がつかないなんて寝ぼけすぎだろ、俺。立ち上がっても、まだ地面が揺れているように思える。
「……もう大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。全然痛くない、うん」
気にしているのは、俺だけか? まぁ、膝枕に何もやましいことなんてある訳は無いが……。いや、思考を切り替えろ、冷静になれ、俺。
「そうだ、ディー。……ディーの姿が見えないけど、何処に居るんだろう?」
ディー、俺の相棒。水神は普通の妖精では無い、と言っていた。なら、何だと言うのだろうか?
「水神様がおっしゃるには、ここから少し進んだ部屋で眠っているそうです」
「眠っている? ……そんなことが分かるのか?」
「いえ、ここが特別なのです。……ここは本物の水の神殿、本来の水神様の住処。この中のことなら、なんでも分かるそうです」
そう言われて辺りを見渡してみる。所々に細工の施された石造りの壁。高い天井は壊れ空が見えている。けれど元々は神殿というのに相応しい、荘厳な雰囲気であっただろうことは見て取れた。……いや、よくよく見てみると、さっきまで居た筈の砂の遺跡の装飾に似ているような気はする。……あの遺跡の本当の姿、といったところか?
「じゃあ、ディーのところまで案内してもらっても良いのかな?」
「……」
「サヤ?」
返事をしないサヤを訝しみ、振り返る。サヤはそこに音もなく立ちあがっていた。
だが、青く光る瞳、妖艶な微笑み。これは、この表情は。
こちらを見据えたまま、サヤが唇を開く。
「少し体を借りるぞ? サヤ」
「何を、言って……」
よく見ると、サヤは立っているのではなく、宙に浮いていた。水中にいるかのように、長い髪が広がっている。
「そう構えなくとも良い、少し体を借りただけ」
「……水神、か」
「ふふ、察しが良いですね? まぁそなたとは一度お話をしていた。そういうものなのかしら」
「だいぶ、……口調が違うが」
「それは妾は今、サヤでもあるから。……妾自体の本質、それは『水の力』そのもの。ただ、そなた等にしてみれば永遠とも言える時間を存在し続けた、というだけのこと。話し方など、そのときの依巫次第、さしたる違いではない」
彼女は大事そうに、愛おしそうに、自らの体を抱きしめながら瞳を閉じる。いつの間にか、彼女の周りに蒼く光る、小さな蛇のようなものが纏わりついていた。……彼女の言葉に敵意は無い、サヤの身は大丈夫だと思うが……。
「サヤのことが心配? ……そなたはいつもそう。自分ではなく、他人のことを心配する」
どうやらあの蛇のようなものは、足元から湧いて出てきているらしい。それらはすべて彼女の体へと集まってゆく。いつしか水の羽衣となり、彼女はそれを緩やかに纏っていた。
(まるで、天女だな)
見惚れてしまう。夢で出会ったときは特に思わなかった。だが、実際に神の御業ともいうべき姿を目の当たりにすると、神々しいと感じてしまう。
「カツミ」
瞳を開けた彼女は、こちらを見据えて優しく微笑んだ。返事が、出来ない。体が、動かない?!
気付けば俺の体にも水がからみついていた。既に完全に拘束されていて、首より下が全く動かない。
「何を、する!」
「こうでもしないと、そなたは全て避けてしまうのでしょう? 悪意も、好意も」
宙に浮きながら、彼女は素早く俺の目の前まで近づいてきた。目の前には怪しく微笑む、サヤ。彼女は優しく、俺の頬に右手を添える。
「そなた、気づきなさい。そなたには、想う者が、心痛める者がいるということ」
息が、苦しい。これは締め付けられているからなのか、彼女の気に押されているからなのか。両方、か。
彼女は左手も俺の頬に添える。
「そなたが目を覚ますのを、サヤがどんな気持ちで待っていたと思う? 封印していた力を開放するだけの想いが、どれ程のものか想像もつかないと言うの?」
「…………っ」
脳裏に浮かぶ、サヤの涙。そうだ、彼女は泣いていたんじゃないか。
「その、ごめん」
目をつむり、想いをひねり出す。それしか、言葉に出来ない。何を言っても言い訳にしかならない。いまもまだ、頭のどこかでゲームじゃないかと思っている俺がいるんだ。
「許して、……あげません。カツミには罰が必要です」
少し雰囲気の違う、聞きなれた声。そう思った瞬間、両頬に強い痛みが走った。
「いひゃい」
目を開けると、そこには少し微笑んだサヤがいた。……いつの間にか元に戻っていたらしい。その彼女の小さな手で、俺の頬は今、好き勝手に弄ばれている。
「変な顔ですね。お似合いですよ、このなめくじ野郎」
言いたい放題だ。くっ、だが今は反論などできない。この程度で彼女の微笑みが戻るのなら安い物、なのだろう。
「今回はこのぐらいにしておいてあげます。……でも、もう無茶をしないでくださいね。私だって力になれるんですから」
ひとしきり、俺の頬の稼働域の限界に挑戦したサヤは満足げにそう言った。
「……あぁ。分かった」
自由になっていた手で、恐らく赤く腫れている頬をさする。なんとも締まらないが、しょうがない。
「では、ディーちゃんを迎えに行きましょう。まず、そこの階段を降りてください。……早く行きましょう? なめくじさん」
……この世界でナメクジなんて見たこと無いが、居るのだろうか?
//-----
オーガの攻撃に巻き込まれたディーはあの時気絶していた。だから、何ができるかは別にしてもまずは様子を確認したかった。直接水神の声は聞こえないが、サヤのあの口調からすると本当に何もないのだろう。
「……少し階段が湿っているな。その革靴だと滑るだろ? 手を貸して」
「はい……ありがとう、なめくじさん」
少し照れくさかったが、砂の遺跡でやった俺の失敗の二の舞をサヤにさせる訳にはいかない。それよりも彼女の小さな手の感触は気にしないようにして遺跡の階段を慎重に降りていく。……呼び名が変わらないのはもう諦めた。
地下へ地下へと短くは無い時間を降りていくと、やや広い部屋に出た。瞬間、まるで水の中に居るような感覚に襲われた。一瞬遅れて、一面に青く光る壁のせいだと気づく。
「これだけ明るければ灯りの魔法なんていらないな」
「はい。この壁は光る石で出来ているそうです。これは水の神殿だけでなく、土の神殿、風の神殿も中心部はそうなっているそうですよ」
水神より教えて貰っているらしいサヤが解説してくれる。
「ふうん。ってことは、ここも中心部なんだ」
「はい。ここは水の神殿の宝物庫。ディーちゃんがいる突きあたりの部屋は、宝物庫のなかでも、秘宝を収めた部屋なのだそうです」
「……なんでそんなところに居るんだ?」
「……さぁ? でも、気持ち良さそうに眠っていますよ?」
「見えるの?」
「あぁ、はい。先ほど遠見の術で見せてもらいました。残念ながら、カツ……なめくじさんにはお見せできないのです」
「わざわざ言い直さなくても……、まぁ、いいさ。もうすぐ実物に会えるんだろ? なら焦らず行こう」
三つある扉の内の、一番大きな正面の扉を抜けて更に歩く。すると、いかにも大事な物がしまってありそうな、重厚な扉がそこにあった。
「……どうやって開けるんだ?」
「え? あ、はい。……えと、このまま気にせず進む、だそうです」
「は? 幻、とでもいうのか? うわ、本当だ、すり抜けた。……へぇ、ひっかけ、なのか。でもそれだけじゃ不用心なんじゃないかな」
「いえ。その、水の巫女と、それに触れている者だけが通れるようになっているそうです」
「触れている? ……あ、あぁ、ごめん。そういえば手を握ったままだった」
慌てて手を離しながら、謝る。……どうやらまだ寝ぼけているらしい。気にしないようにし過ぎて逆に忘れてしまうとは……。
「いえ、その。別にかまいません」
「え?」
「わ「むにゃむにゃ、もう食べられないですよ~。ぐふふ~」」
「……私、じゃないですよ?」
急に訳のわからない言葉が聞こえてサヤを見るが、当然サヤはそんなこと言わない。……視線をそのまま奥へと移すと、確かに気持ちよさそうに眠っている声の主が、この部屋の中で一番高級そうな台座の上に転がっていた。
「……あー。これは確かに、心配する気にはなれないな」
「あははは……」
どちらかといえば心配性なサヤが、ディーが見当たらなくても全く焦っていない理由が分かった。これが見えていたらそりゃそう思うだろうな……。けど、良かった。これなら特に心配する必要はないだろう。
「しかし、すごいな。ここにある物は全部秘宝、なんだろ? 十個はあるのかな」
「扱えるものなら、自由に使って構わないそうです」
「え、マジ?」
「……まじ?」
「あー。本当っていう意味だ」
「なるほど。……ま、まじです」
「いや、無理して使わなくて良いよ……」
使い慣れない言葉を喋るサヤの頭を撫でながら、辺りを見渡す。盾、壺、宝石、その他何か良く分からないものまで。様々なアイテムが豪華な台座の上に鎮座している。中には何も置いていない台座もあるので最初に感じた程には無いのかもしれない。けれど、それぞれがこの世界に一つしかないもの。
「目録、っていうのかな。そう言うのは無いの?」
「えっと……水神様は少し待ってと」
「いや、無いなら良いよ。一個一個確かめる」
手に入れたレアアイテムの性能確認。緊張と期待の入り混じった、こんな楽しい瞬間はなかなか無い。考え込むサヤを制止し、ワクワクしながら一番近くの台座、そこにある金属製の黒い腕輪へと手を伸ばす。所有してみればアイテム名が表示される筈だったからだ。そして触れたと同時に、予想通りアイテム名が頭に浮かぶ。
No.19
アルミュス
効果:十二騎士の一振り
???
効果のところが二行目が伏字になっている。……なんなんだ?
「あ、それは……!!」
「……え?」
サヤの、少し慌てた声に気付いた時には、俺は見知らぬところに立っていた。
「え? どういう、ことだ? ここは何処なんだ!?」
辺りを見渡すも、何も見えない。すぐ近くに居た筈のサヤも見当たらない。白い、空間。……転生の門をくぐった広間を思い出す。もうずいぶん昔のことに思える。
「……此度の所有者は貴公か」
「誰だ!? ってあんた、……大丈夫か?」
振り返ると、そこには全身に様々な武器が刺さった大男が佇んでいた。槍、剣、矢。……どう見ても致命傷、大丈夫、なんてなんと間抜けな事を聞いてしまったのだろう。そして周囲にも、血塗られた武器が、大きい物も、小さい物も、無造作に積み重なっていた。
「そんなことはどうでも良い。……ここでは語る言葉などない。おのが力で示すが良い。さぁ試練を、始める」
そう言って目の前の男はおもむろに自分に刺さっている槍を引き抜く。そして噴き出す血を物ともせずにその槍を投げつけてきた。一瞬何をされたのか分からなかったが、反射的にそれを避ける。……無意識だった。というより、意識してさけられるような速さでは無かった。考える前に動いたからこそ避けられた、そういう攻撃だった。
「ほう、これを避けるか。……続けてゆくぞ」
そう言って、彼は自分に刺さった武器を引き抜いては投げつけてくる。それはあまりにも無造作な動き。だというのに、全ての攻撃は必殺の攻撃であり、必中とも言える速さの攻撃だった。
「けど、当たってやれるかよ!」
そんな凶悪な攻撃を連続で行ってくるとはいえ、動作は大振り、攻撃する瞬間は分かる。そしてその攻撃は、正確に俺を殺すべく放たれる。そう、全て俺のど真ん中を目がけて飛んでくるのだ。故に、攻撃がくる瞬間を予想し、そこにいなければ良い。
「痛っつう!」
とはいえ、武器ごとに違う挙動のするそれらを完全に避けきるのはやはり難しい。高速に貫いてくる槍、分裂し同時攻撃を仕掛けてくる矢、ワンテンポ遅いが途中で弧を描いてこちらに軌道を修正してくる斧。それらを、全て初見で避けなければいけないというのは、きついにもほどがある。
「……ほう、ここまで全て避けるか。此度の所有者は変わっているな」
どれほどの攻撃を避けただろうか。全身の様々な所に小さくない傷が出来てしまった。もちろん、当たってしまえば即死。それに比べれば御の字なのだろうが……。
「なんなんだよ、これは!?」
「……ふむ。そんなことも知らずにここへ足を踏み入れたのか。まぁ良い、どちらにせよ、もう試練は始った」
彼はそう言うと、地面に散らばった武器をおもむろに拾い上げた。その武器は……鉤爪と小型の斧。そして今度はその武器で直接殴りかかってきた。
「くそ、問答無用かよ!」
毒づきながらも、なんとか身をかがめ、そして即座に後ろへ跳んで回避する。そして、考える。先ほどの攻撃とは違い、一撃一撃は必殺、というようなものではなくなった。とはいえ、こんどのは連続攻撃。素早い鉤爪の攻撃と、力強い斧の斬撃が、変幻自在に襲いかかってくる。
「試練と言っていたということは、……十二騎士の所有者として認められる為の試練、ということなのか? お前を倒すことが所有者たる資格、ってことなのか? くそ、返事ぐらいしやがれって」
俺の質問を無視し、一分の隙もなく攻撃を続ける目の前の男。全身の傷からからあふれ出る赤い飛沫を、まるで汗か何かとでもいうかのように無視して俺を殺しにやってくる。……不死身だとでもいうのだろうか。だとしたら、どうやって終わらせることができるのだろうか。……いや、さっきより顔色が悪くなっている?
「ふむ。ここまで生き残った者は久方ぶりよ。……だが、これはどうかな?」
攻撃が止んだかと思うと、彼は左手の鉤爪を大きく振りかぶって地面に突き刺した。瞬間、凄まじい衝撃が俺を襲う。俺は思わず、両手で顔を庇った。
「目をつぶっている暇などないぞ」
その声につられるように正面を見据える。そこには、大量の武器をその身に纏った男の姿だった。
「いや、ちがう。さっきの衝撃波は、武器を浮き上がらせるためだったのか!」
ただ、驚いていられればどんなに楽だっただろう。だが、迫りくる武器たちは待ってはくれない。その攻撃は今までのどれとも違う、浮き上がった武器をその手に持った斧で撃ち出す、と言うものだった。
乱打、乱打、乱打。
鈍い金属音と共に撃ちだされる、武器、武器、武器。
それらは全て、必殺の威力で、そして凄まじい速度で襲いかかってきた。しかもこんどの攻撃には全く規則性もない。
その攻撃を避ける、避ける、避ける。
「はははは、どうした? 足が止まっているぞ!」
「くそ、こんなの避けきれない……ぐっ」
だが、限界だった。大きく跳んだ、その着地の瞬間に跳んできた短刀。大物の武器ばかりに気を取られて見落としていたそれが、俺のわき腹に深く食い込んだ。痛みで一瞬足が止まる。それが決定打となってしまった。
「あ……」
正面には巨大な鎌が目の前にあり、そこで意識が途切れた。
――――上出来だ。悪くないぞ、所有者よ―――――
「それは不用意に触らない方がいいって……」
サヤの声に意識を取り戻す。ここは……宝物庫? どうなっているんだ。時間も経っていないようだが……。
「……どうしたの? カツミ」
心配そうに俺の顔を覗き込んでくる、サヤ。だが、俺はその声に反応する余裕はなかった。……改めて、手に取った黒い腕輪を見つめる。
No.19
アルミュス
効果:十二騎士の一つ
精神を力へと換える [86%]
???
「効果が変わっている? ……あれで認められたというのか」
「認められた……って、もしかして、『十二騎士の試練』を受けたんですか?」
「あぁ。おそらく、この黒い腕輪の試練だったんだろう」
このパーセント表示は、さっきの試練の進行具合、だろうか。だとすればもう少しでクリアだったのかな……。二行目の伏字がすごく気にはなる。
「本当に死ぬんじゃないなら、もう少し無理をしても良かったかもしれないな」
でもどうやってあれをクリアできるんだろうか。……避けてばかりじゃなく、攻撃した方が良かったのかもしれない。意外と一発当てたら倒せるとか、そんな条件なのかも……。
「あの、カツミ」
「ん? あ、あぁごめん。ちょっと考え事」
「……水神様が、直接お話があるそうですよ?」
気のせいか、睨まれているような気がする。その瞳が、徐々に青く光り始めた。
「……そなた、全然反省していませんね」
「ぐ、が。水神、か」
また、体の自由が無くなる。切り替わるのが、今度は一瞬だった。それに、さっきより容赦が無い!
「少し待てと言ったでしょう? ……秘宝という力の脅威、その鳥頭でも理解できるぐらいに刻み込みましょうか?」
俺の全身を完全に包み込んだ水は、更に締め付けを増していく。息が、……苦しい……!
「秘宝とは、この世界の力そのもの。……力に善意も悪意もない、ただ、決まった法則に従って行使されるのみ。……それに対して、何の準備もなく手を伸ばすなんて、自殺行為以外の何物?」
「で……、どう……!」
「聞けばいい。そなたはサヤを通じて妾に聞くことができた。命が掛っていることを聞くのが恥ずかしい、なんていうほど馬鹿じゃないのでしょう?」
「ひゃひゃひゃ、馬鹿なのじゃよ、そやつは」
急に後ろから声。唯一少しだけ自由になる首を回しても見えないが……フェン、か。
「あら、起きていたの?」
「そこまでうるさくされては寝ておられぬ。……そやつはな、自分の命を賭けているつもりが無いのじゃよ」
「……どういうこと?」
「こやつに憑いてからしばし見ておったがな。こやつ自体は歴戦の戦士という訳でもなく、生粋の戦闘狂という訳でもない。それでいて、死んでも良いと思っているわけでもない。だというのにこやつの戦い方。おぬし、そやつの中から見ておっただろう? 失敗すれば死ぬと言うのに『爆炎で自分ごと吹き飛ばす』なんて作戦を、思いつき実行する所。まともでは無い」
フェンは俺の頭の上に乗って喋り続ける。……水神の眼つきのきつさが増していくのが分かる。
「我が半身も似たところはあるがな。だがあれは『そうはならないという自信』と、『そうはならなかったという経験』がそうさせておるのだ。そして、そんな我が半身ですら、必要もなく常に自らを死地に追い込むようなことはせぬよ。我が半身は強き者を望んでおるだけで、死にたい訳ではないのだからな。だが、こやつはそういう訳でもない」
「戦闘狂、自殺願望、修羅道。そのどれでもないというのなら……そもそも前提がちがう、ということ?」
「そうじゃ。……お主、こやつのことを『ヒューマン』だと言っておっただろう?」
ヒューマン、その単語に俺は体をこわばらせた。……『プレイヤー』と自称していた『種族』。
「えぇ。……それが何か?」
「記憶にあるヒューマンもそうであったようだぞ。わしの、では無く、先代の記憶、であるから知識としてでしかないがな」
知識の聖者には昔の『プレイヤー』達の記憶があるのか。……聞きたい、どんな奴らだったのか。けれど、声にならない。
「まぁ、人生を、この世界を遊びと称するような種族だ、まともである訳もない」
「……カツミも遊びでやっていると?」
「そこまでとは言わん。記憶にある連中に比べれば余程真剣じゃよ。じゃが、ずれておる。どこか、そうじゃの、自分のことを他人事のように考えている、というのが一番近いのかの?」
「自分の命が他人事、ですか。……まぁ、それなら話は合いますね。……たしかに馬鹿としか言いようが無い」
「じゃろう? まぁそれは良いがな、そろそろこやつ、死にかけておるぞ? 間抜けの代償に当人の命一つなど安いものじゃが、お主の本意ではあるまいて」
「ふぅ。しょうが無いですね。……カツミ? そなた、次にサヤを心配させたらこの程度では済ましませんよ。それを肝に銘じて行動しなさい。……その衣を授けます。それは妾の力の一部、少しは死ににくくなるでしょう」
全身を締め付けていた力が急に無くなり、地面に投げ出される。……意識が跳ばなかったのは、そういうふうに調整していたのか。
「さらばじゃ小僧。わしとしてはお主が強くなれるならば何でも良いが、せめて我が半身と戦うまでは生き残ってくれよ? ひゃひゃひゃ」
//-----
「ご主人様、だいじょうぶですか?」
投げ出されたままの体勢で、息を整える。肺が新鮮な空気を求めて激しく活動している。いつのまにか元に戻っていた相棒に答えるのには、少し時間がかかった。
「酷い目にあったけど……いや、自業自得ってとこだな……」
確かに、不注意だった。実際に死ななかったから良かったようなものの、そうでなかったと思うと今更寒気がする。
「……水神様は、カツミのことも気にいっているのだと思います」
「分かっているさ、あの忠告は『優しさ』だって。……ただ、自分の迂闊さ加減に辟易していたところ」
(サヤを心配させないと言った矢先だからな、救いがない)
少し呼吸が落ち着いてきたところで、なんとか上半身を起こした。まだ体のあちこちが痛む。
「馬鹿だ馬鹿だと連呼されても、反論のしようがないよ……」
「そうですね、カツミは大馬鹿野郎です」
サヤは、そっぽを向きながらそう言った。
「言われた忠告をすぐに忘れる鳥頭さん。危険なことにすぐに気付けない鈍亀さん。他人が傷付いたら自分のことを顧みずに首を突っ込む猪さん。カツミは、そんなかわいそうな大馬鹿野郎なのです。そんなお馬鹿さん、普通は見捨てられるのです」
「……」
「だから、かわいそうなので私が面倒を見てあげます。……例え、あなたが何者であったとしても」
……そうか、サヤも聞いていたんだな。
いつかサヤにも、俺がどういう存在なのか、言わなければいけないだろう。
けれど、いまは。
「ありがとう。……よろしくお願いします」
いまは、それだけを。
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