挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
Make NewWorld /VR /Online; 作者:山河有耶

2.CreateThread

21/57

PostMessage[1]="望んだ非日常";

「今度は知らない天井、か」
 明らかに知らない場所。質の良いベッド、派手ではないが質素でもない装飾品の数々。

 訳も分からず辺りを見回していると、しばらくして質の良い扉の開く音と共に若い女性が入ってきた。またなのか? とも思ったが、今度は知っている女性。

「お、起きたのか……!! 良かった。体はもうなんともないのに目を覚まさないから心配していたんだ」
 ルサ=ルカ将軍、いや隊長か。ということは……やはりまだ現実ではない、ということか。いや、これが既に現実なのか……?

「あぁ、……そうか。すまない、訳が分からないだろうな。ここは私の家の客間だ。あの後、気絶したキミを連れて帰ったんだ。本当は軍の治療所に行くことになっていたんだが、あちらはあちらで一杯でな。特にキミは目立った外傷はなかったから私が預かることにしたんだ」
 君には恩もあるしな、と彼女は付け加える。俺が混乱したことを理解したのか、彼女は俺がここに居る経緯を説明してくれた。

「そうか。あの後。あの時」
 思い出した。俺は、あの異形に殺害予告をされたのだったな。

 思い出すだけで心臓が鷲掴みされたような、そんな感触。

「そうだ。キミはあの時、あのリゥ将軍を退けたのだ。大きな傷まで負わせてな。キミが気絶した後、配下の者を連れてそのまま去って行った。さすがに追いかける余力はこちらにはなかったので、その後オークどもがどうなったは分からん。だが、おかげで私たちの命は助かったのだ。……改めて礼を言わせてほしい。ありがとうカツミ。キミの勇敢さによって私の、いや我々の命は助けられたのだ」
 彼女は俺の目を見て、そして手を握って礼を言ってきた。

 整った顔立ち。
 強い意志を含んだ瞳に優しさを含んだ細い眉。窓からの入り込んだ光に乱反射してそれ自体が光り輝いているようにしか見えない、肩まで伸びた細く美しい金色の髪。そして俺の手を握る、まるで白磁の彫刻のように芸術的で、それでいて柔らかい指。

 一瞬、見惚れてしまう。リゥ将軍の恐怖を忘れてしまうほどに。

「あ、いや。まぁ成り行きと言うか。その」
 ……なんというか、こんな美人に面と向かってお礼を言われると、照れる。作戦前に少し話した時はそこまで思わなかったのだが……光の加減だろうか。そういえばあの時は薄暗い建物の中だった。

「だが、キミに謝らないといけないことがある」
 俺が言葉にならない言い訳をしていると、急にとても悲しそうな顔になってそう言ってきた。

「え、なんですか?……まさか」
 悪い予感が、する。こんな深刻な顔をするなんて考えられることは……、ひとつ。

「すまない。私の力が足りなかったばかりに。くっ!」
 彼女は目を伏せ、心底悔しそうに唇を噛む。
「そんなっ」
 みんなは、マイケルは、サヤは、助からなかった、のか。間に合わなかったのか! 俺が恐怖に呑まれている間か? ……それしか考えられない。

「リゥ将軍を倒したのは、私、と言うことになってしまったのだ!」
「く、俺が不甲斐ないばかりに……! って、え? マイケルや、サヤ、は?」
 お互い見つめ合う。

「え? あぁ、彼らなら無事だぞ。心配して毎日見舞いに来てくれていたが、そうか、丁度そろそろ今日の見舞いの時間だな、後で会うと良い。……だが、それよりも本当にすまない。あれだけの偉業を果たしながら、おまえには私のサポートをした、というぐらいの報酬しか出せないのだ。初心者の冒険者が、かのリゥ将軍と戦える筈もないと決めつけて……!」
 彼女は本当に、まるで自分のことのように悔しがっていた。

「……なんだ、その程度のことですか。まぁいいですよ、無事なら。」
 俺は正直に心情を吐露する。
 びっくりした。冒険者のみんなが死んでしまったのかと思ったじゃないか。まぁでもそりゃそうだろうな。俺でもそう思う。俺がリゥ将軍を退けることができたのだって攻略情報を知っていたからだし。それで褒められても、なんだかズルをしたかのような気持ちになっただろう。

「なっ、その程度って、国一番の英雄だぞ?私なんて四日後には、水の神官様より直々に勲章を与えられ、将軍位を賜るのだぞ?」
「良いですよ、俺はそんなことのために命を張ったわけじゃないですから。それにあんまり目立ちたくないですしね」
 嘘じゃない。そりゃあ報酬には興味はあるけど、地位や名誉は今のところ別に欲しいと思えない。ゲームの中であるのならば有った方が便利かもしれないが、これが現実であるなら、あまり目立ちすぎるのも考えものだ。

「……そうか。キミがそう言うなら、私の胸にしまっておこう。あぁ、何か欲しいものがあったら何でも言ってくれ、出来る限り対処するぞ。キミは私個人としての命の恩人でもあるのだ、遠慮せず言って欲しい!」
 まだ納得はしていないようだが、理解はしてくれたようだ。

「お嬢様、カツミ様のお見舞いがお見えになられました。マイケル様とサヤ様でございます」
 丁度話終わったその時、ノックと共に執事らしき人が現れる。まるでタイミングを測っていたかのように、って測っていたんだろうな。多分。

「ふむ、もうそんな時間か。どうする?ここに来てもらうか?」
 そう言いながら、彼女はずっと握っていた俺の手を離した。少し名残惜しい気もするが……って、何を考えているんだろうな、俺は。

「……いや、大丈夫、もう起きるよ。寝たきりと言う程にどこかが悪いわけじゃない」
 少し考えるが体を動かしてみて、答える。余計な心配をさせても悪い、ここは無事なことをちゃんと見せてやらないと。

「わかった。爺、彼女には応接間で待っていてもらってくれ。カツミもそちらに向かうと」
「はい、畏まりました」
 爺と呼ばれた執事らしき人がきちんとした礼をしたあと、音も立てずに去っていく。あの人、相当な熟練者なんだろうな、動きは素早く無駄がない。

「では、行こうか。立てるか?」
 そう言いながらも、手を差し伸べてくる彼女。だが、その美しい手を握るのはちょっと躊躇した。

「はは、大丈夫、っておお?」
 だから、自分だけで立ち上がろうとしたのだが……結果は一歩も歩く前に尻もちをついてしまった。顔が自然と熱くなる。恰好悪いことこの上ない。

「ほら、やはりまだフラフラじゃないか。ま、三日も眠っていたんだ、当然だな。肩を貸そう。それともやはりここに来てもらうか?」
 言いながらも彼女は自然な形で体を支えてくれる。まぁ軍でそれぐらいの訓練は受けるだろうから当然、なのか?……しかしこれはちょっと、いやかなり気恥ずかしい、こんな美人の肩を借りるなんて。相手は何も思っていないようなのが救いと言えば救い、か。

「ふむ……、まぁ、少しぐらい歩いたほうが良いな。……よし、あまり待たせるのも悪いだろうからそろそろ行くか。ほら、サポートするから歩いてみてくれ、そう、そう、うん、これなら大丈夫」
 俺が色々悩んでいると、彼女は自分の中で答えを出したらしく歩いて向かう方に決めてしまった。前から思っていたが、どうもこの人はマイペースに物事を進める性格のようだ。そうでなければこの年齢で将軍など務まらない、のか?

 俺の意思を半分無視して彼女は歩き出す。だが当然俺の方の問題は解決されないまま、つまり非常に密着したままで。

 ……ある種の拷問だな、これは。歩くのに集中できない。
(少し髪型が変わったな、髪を切ったのかなとか、良い匂いだなとか、違う、だからそんなことを考えたら駄目なんだ!)
 あぁ、もうなんでもいいから早く目的地に着いてくれ……。

//-----

「カツミ、大丈夫?!」「心配したぜ、まったくよぉ!」
 俺が部屋に入った途端、二人は椅子から立ちあがる。とても心配してくれていたようだ。なんとか理性を保って応接間についたころには、身も”心も”フラフラになっていたが、そんなことは言えはしない。

「あぁ、もう大丈夫だよ、マイケル、サヤ」
 少し強がって笑って見せるが、まぁこの体勢では恰好もつかないか。

「よっ、ふう、ありがとうございます、ルサ=ルカ隊長」
 そのままなんとか少し深めの椅子に座らせてもらう。
 柔らかく、それでいてしっかりとした弾力のあるクッションに、程良く装飾された肘掛。どう見ても主賓用のすごい良い椅子だが、今は甘えておこう。楽なのは確かなのだし。

「これぐらい問題ない。私はキミの力になる、とさっき言っただろう?」
 またも手を握ってそんなことを言ってくる。そしてまるで王に仕える騎士のような芝居がかったその仕草が彼女の見た目と相俟(あいま)って、まるで何かの映画の一シーンなのかと思うほどに様になっている。
(まぁ本当に映画(ゲーム)なのかもしれない、か)
 今までの密着していた状況に慣れた今となっては、そんなことを考える余裕すらでてきていた。

「カツミ? お元気そうでなによりですね、この助平野郎」
 そんな彼女の様子を楽しんでいると、不意に底冷えする寒さとともに、サヤが声をかけてきた。

「お、おい。隊長の前でなんてことを…、あ、すみません、こいつ緊張すると口が悪くなるんでさ、な、そうだよな?」
 あれ?また毒舌設定に戻っている?気のせいか、睨まれているような?あとマイケル、俺に聞くな。むしろ俺が知りたいぞ。

「そ、そうなのか。世の中には色々な奴がいるのだな。ま、気にしなくて良いぞ、私にとってキミたちは大事な客人だ」
 そう言いながら身振りを含めて歓迎の意を表す彼女。そんなことすら様になるのはすごいと思う。俺がやったら道化だよなぁ。

「……お体に障るといけないと思いますので、今日は帰ります。ルサ=ルカ隊長、今日はありがとうございました」
「お、おい、なんだよ急にあんなに心配して会いたがってたじゃねえかって、いてぇ、蹴るな、あ、おい、あ、すみません今日は帰るっす!」
「あ、ああ、気を付けて帰れよ」
 急に、どうしたのだろうか。気を使わせたかな。これならベッドに来てもらった方が良かったか?

 そんなことを考えていると部屋の出口の際でサヤは立ち止まって、そしてこちらを少し伏せ気味に見つめてきた。
「……明日、また来ても良いですか?」
 不意に聞かれて驚くが、意味を理解して安堵する。良かった、どうも嫌われた訳では無いようだ。

「あぁ、俺は構わないよ。むしろ来てくれると嬉しい」
 あの後の状況も聞きたいし、この体の状態だとすぐには動けないだろう。それならばマイケルとサヤがいれば退屈はしない。

「分かりました、明日またこの時間に。……それまでゆっくり体を休めやがれこの猪野郎。」
「って、待てって、あ、隊長、失礼します!あ、こら、そんなに早く……」
 マイケルも大変だなぁ。慌てながらも、ちゃんと退室するときには敬礼して帰る、なかなか律儀な男だよな。
 しかし、サヤは何故またあの口調に戻っているのだろうか。そして、虫から哺乳類へ進化したのは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。ん、助平は動物か?

 理由のわからない俺には、そんなくだらないことを考えながら黙って見送ることしかできなかった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ