19/57
#include "天頂へ至る道";
この話は外伝となります。
世界観の補足としてお読みください。
「どうやら本当のようですな。まさか、リゥ将軍に勝るものがいるとは」
「しかも、相手はヒューマンらしいですぞ?」
「はっはっは、まさか、あのリゥ将軍が、ヒューマンなどに後れを取るわけがあるまい。大方エルフや竜人を見間違えたのであろう」
ざわめく声に耳を傾けると、そんな話ばかりが聞こえてくる。
右に並ぶ武官ども。左に並ぶ魔道師ども。この広間に居る100を超える帝国の将達。それが今一つの話題に持ち切りなのだ。
「無理もないことです、帝。私も帝直属のシノビどもでなければ信じなかったやもしれません」
我が夫の一人であり、諜報部の長でもあるホブゴブリンの王、ドー・ズォもそんなことを言う。わたしはもう何度目になるか分からない、大きなため息をついた。
「やれやれ、あの娘にも困ったものね」
どうせまた遊びが過ぎたのだろう。まぁあの娘は今まで一度も本気で戦ったことなどなかったのではないだろうか。
それ程までに、あの娘は最強であったのだ。無理もないのかもしれない。私ですら”守護”が無ければ勝てないであろう。
鐘の音が響き渡る。午後二つ目の鐘。最後の審議の開始の合図でもある。
「帝、リゥ将軍が参上したようです」
予定通りの時間に、予定通りの人物が来るという報せが入る。そのことに私は少し驚いた。
「ふぅん、少しは懲りた様ね。案外、良い薬だったのかもしれないわ」
あの娘を呼び出して時間通りに来る。そんなことは今まで一度もなかった。
強さこそ全て。規則なんて知りはしない。あの娘のそういうオーガらしいところを私はとても好んでいたので、強く注意することはなかった。
帝である私ですらそうなのだから、最強であるあの娘が何をしようと、誰も文句をつけるなど有ろう筈もない。
//-----
「臣リゥ、お呼びにより参上しました」
目下の階段の一番下のほぼ際まで歩いてきたリゥが、直立したままそう答える。このようなことを許しているのはこの娘だけだ。我が子ですら、頭を下げないことは許されない。
そもそも、この娘が誰かに頭を下げたことなど一度もないが。
「リゥよ。任務ご苦労であった。その手に握るものが目的のものか?」
傍らのドーが、冷静を装いながらまず表向きの内容を問う。今回、ここに呼んだのは任務報告が目的なのだから。
「ああ、そうだ。輝石だった。効果は知らん」
そう、ぶっきらぼうに言い放つ。その答えように傍らのドーの血圧が上がることが手に取るように分かる。
このままやらせれば絶対に言い合い、いやドーが一方的にまくしたてるだけか、その展開になるのは分かりきっている。
そろそろ潮時か。無意味なやり取りで時間をつぶすほど暇じゃあない。
「……ところでおまえ、お前の相棒はどうしたのかえ?」
結果自体は調査済みだ。聞くまでもない。
だが、リゥはこの帝国の”最強”と言う存在。国としては理由を問わねばならない。そして、その”一つの首となった双頭の娘”がどう答えるのか。それはそれで個人的に楽しみでもあった。
「ここに居る。我らは一つとなった」
そう言って自分の胸を指す。まるで何故わからないのかとでも問うかのような口ぶり。
その答えぶりを聞いてうれしくなった。やはりこの娘は楽しい。
他の私の顔色しか見ない腰ぬけ共とは違う。自ら信じたことを力で押し通す。実にオーガらしいではないか。
「ふぅん、そう。どうしてそうなったか聞いても良いかしら?噂ではヒューマンどもに潰された、なんて聞くけど」
そう意地悪に聞いてみる。このままこの娘のオーガらしさを堪能したい気持ちもあるが、私はこの国の皇帝だ、そんなに時間はない。
「そうだ。カツミというヒューマンのオスとの決闘で我が相棒は殺された。だから我らは一つとなった」
リゥが入ってくる前のざわめきがまた、いやそれ以上に大きくなる。
「静まれい、静まらんか! えええい!」
ドーが躍起になってそれを黙らせようとするが止まらない。まあしょうがない。竜や精霊にならまだしも、辺境で抵抗しているだけの弱小民族のヒューマンに、帝国最強が負けた、などと。
「それで、どうするの? 貴女は」
私の一声で、全てのざわめきが収まる。本当に不甲斐ない。ならば初めから黙っていれば良いものを。
「鳥どもと魚どもを我らで滅ぼす。相棒とそう決めた。そうすれば我らは強くなると。そして更に強くなった我らで……カツミを殺す。今度は絶対殺す」
無表情のまま、いや違う、怒りの表情。
(そう、うれしいわ。貴女そんな表情が出来るようになったのね)
カツミとやらには感謝しないといけない。そう思わずには居られなかった。
「おい、おまえは知らんかもしれんが、我らはいま狗どもと戦っておるのだ。軍は回せんぞ」
そんな表情に気が付かないドー。気がきかない男、あまり重用するのも考えものかもしれない。
「良いのよ。リゥ、貴女は貴女『達』だけで滅ぼすと、そう言っているんでしょう? お好きになさい」
どちらにしろ、止めても無駄だ。これは許可を取りに来た訳ではない。ならば好きにやらせた方が帝国の為でもある。
「わかった、行ってくる」
返事と同時に礼もせずに即座に出て行こうとするリゥに、私は声をかける。
「ただ、五年以内には帰ってきなさいな。じゃないと、私がヒューマンどもを滅ぼしてしまうわ。それは困るんでしょう?」
そしてそのまま歩みを止めずに出て行った。最後までマイペースな娘であった。
//-----
「良いのですか? 流石に一人では荷が重いのでは」
「良いのよ、死んだら死んだ時、それまでだったということ」
そう、我が帝国はあの娘なしでも問題はない。どちらにしろ自由に動く駒ではない。……ただ私の遊び相手がいなくなる、と言うのは痛いところだが。
「それに、本当に滅ぼしてきたのなら、今よりもずっと強くなって帰ってくると思うわ。そう、私も”守護”があっても勝てないくらいになりそうね。ねぇ白虎?」
まさか、などとドーはいう。だが、私はそうなる可能性は低くは無いと思っている。あの娘は何もしなくても最強だった。それが強くなる努力をするというのだ。それで普通の強さで有る訳がない。
「あと、ヒューマンどもと面している部隊がなにやらちょっかいを出しておるようですが、辞めさせますか?」
初耳だ。だが私が知らないということは、その程度の小競り合いなのだろう。
「それは別に良いわ。その程度で滅ぼされる程度なら何の足しにもならないもの。勝手にやらせておきなさい」
そう。そのヒューマンのオス、カツミとやらには精々強くなってもらわねばならない。どんなに強くなってもたかがしれているであろうが、それでも史上最強のオーガの誕生の添え物になる程度には、せめてなって欲しいと思うのだ。それには障害も多少あった方が良いだろう。
ふと顔を上げる。この広間の玉座からはまっすぐ、天にそびえる巨大な門が見える。
我らオーガを地獄に突き落とした、忌々しい存在、憎むべき敵。それを絶対に忘れぬように、必ず玉座からは門が見えるようになっている。
「もしかすると、あの娘ならば我らの宿願を、果たせるかもしれないねぇ」
そしてその可能性は低くはないのではないか、そう思わずにはいられなかった。
※オーク軍視点はこの話で終わり、次章からカツミ視点に戻ります。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。