昨日は憲法記念日。
多くのメディアで安倍総理の突っこんだ発言が取り上げられていましたね。
安倍さんの発言通りなのですが、やっと機が熟してきました。よく辛抱したと思います。個人的にはかなり遅い動きのような気がしますが、日本ではこの速度の動きの方が何かと無難なのでしょうね。

憲法の改正。

繰り返し当コラムで指摘してきた通りで、GHQの統治下で日本人が作り上げた草案を読みもせずに横にポイ捨てしたマッカーサー。そして、わずか9日間でコートニー民生局長が作り上げた突貫工事の憲法案。

それを日本語訳にしただけの現在の日本国憲法。

ただの「日本語訳」なので、主語も述語もバラバラのメタメタ。何度も指摘していますが、元日本語の専門家として、レベルの低い三文文章だと私は思っています。

はい。よく、このレベルの低い文章をいまだに大事にしているわ、と呆れているのが私の立ち位置。

安倍総理は本当に我慢強い。
すごい総理だと思います。
九条改正についてやっと言及。素晴らしい動きだと評価します。

「戦争を放棄する」

はいはい、という感じ。
「戦争」を定義づけていない。その段階で「主語の設定」がなされていない。
我々、司会をする人間にとっては一番ダメな文章の典型。

「戦争」って言ってもなん通りもの「戦争」があり、その何を指しているのかを記されていない。なので、混乱が生じ、無用な『忖度』が生じる。話をまとめなればいけない時には一番まとならないパターンです。

すると少なくない日本人がいう訳です。

「日本語は、色んな解釈が出来るから素敵なのではないでしょうか」

あきれてものが言えません。
それはポエムの世界で好きにされたらいい。
人の命がかかっている戦争にまつわる憲法の条項で「色んな解釈」が出来ても混乱を招くだけ。

何度も言いますが、今の日本国憲法はただの三文文章です。

「侵略」戦争なのか?
「防衛」戦争なのか?
「他国の戦争に協力する行為」のことを指すのか?

全部「戦争」と表現する日本語。どの「戦争」を指しているのか?

侵略戦争をしないことなど、日本国憲法で記す必要などなく、そもそも国連憲章に書いてあります。
防衛戦争も同じ。他国が攻めてきたときに防衛する権利はどの国にも持っています。これも国連憲章に書いてある。

考えなければいけないのは

「他国が行っている戦争に協力するのかどうか」

「明らかな攻撃を仕掛けてくる可能性のある国=放っておけば大量の日本人が殺害される危険性がある国 に対して、先制攻撃をして自国民を守っていいのか?」
など、現代にあった議論。

これらをすっ飛ばして、単に今の「GHQ草案の日本語訳」の文章を守り続けようとする一部の方々。ほぼ宗教。頼むわ、という感じです。

人間が作ったものです。
カンペキな訳がない。
70年間カンペキであり続けるわけがない。

そんなもの、変えていって当然。
みんなで考えていって当然。

憲法改正なんてものは…議論の余地なく、当たり前の行為です。
政治家だけじゃなく、みんなで考えなければいけないものです。

私などは、5年に1度くらいの割合で、各政党が10本づつくらいの憲法改正案を提示して、それらを国民投票で審議する、それくらいでいいように思います。
もちろん、自民だけじゃアなく、共産党にも改憲案を出してもらう。それを国民で投票。

それくらい「変化」しなければいけないのに、なかなか変化できない日本人。
やっと正常な機運が出てきたことに、ホッとしています。