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公開30年 いま上映は…原監督に聞く

「ゆきゆきて、神軍」から30年。ドキュメンタリーを世に問い続ける映画監督の原一男さん=東京都新宿区で、内藤絵美撮影

 昭和が終わりに近づいていた。1987年公開の映画「ゆきゆきて、神軍」は、元日本兵が上官の戦争責任を追及する行動を追った異色のドキュメンタリーだ。粗暴なシーンもある。単館上映で始まったが、静かに反響を呼び全国50カ所で公開されるロングランになった。それから30年。表現を受け止める社会の環境は大きく変わった。「今なら上映は難しいかもしれない」。そう話す原一男監督(71)の追う対象も時代と共に変化してきた。

 「ゆきゆきて」の主人公は、元日本兵の奥崎謙三さん(2005年、85歳で死去)。第二次大戦でニューギニア戦線に従軍した数少ない生き残りだ。傷害致死事件で服役後、一般参賀の昭和天皇に向けてパチンコ玉を発射する事件を起こした。

 警察も、世間の目も気にしない奥崎さんはあの戦争に固執し続け、元上官や同僚を訪ね歩く。そして、日本兵が飢えのあまりに仲間の遺体を食べて生き延びたと、戦時中の「罪」を告白させていく。

 原さんが同行取材したのは82~83年だった。奥崎さんの戦争責任の追及は、常に荒々しさが伴った。古里で平穏に暮らす老人を罵倒し、時に馬乗りになってこぶしを振るった。そんな行動に密着した原さんは「怖くてしかたがない」と感じ、「こんな映画を撮ったら世間から非難を浴びると思った」と振り返る。

迷いながらも回し続けたカメラ

 迷いながらも、原さんはカメラを回し続けた。「奥崎さんが、昭和の日本人が目をそらしてきた戦争と戦後を総括していくのを見届けたい」と思ったからだ。

 映画は物議をかもしながらも、終わりつつある昭和を象徴する作品として評価され、国内外の映画賞を取った。「昭和の時代は、権力やタブーにあらがい、思い切り自分の欲望を爆発させるような人を、それでも受け入れる『余裕』が世の中にあった」と原さんはみている。

 平成も年を重ねた。奥崎さんのような人を撮った映画が作られたら世間に受け入れられるのか。「今だったら、奥崎さんのような人は袋だたきに遭いますよね。どこを見たって余裕がない。街全体が張り詰めているし、自分とは異なる他人を受け入れられなくなってきている。上映は難しいかもしれません」

 「ゆきゆきて」の後、原さんは「平成の奥崎」といえる過激な存在を探していたという。「でも、いなかった。奥崎さんのような生き方自体が成立しない時代になったんですね」

とんがった存在から市井の生活者に

 原さんのドキュメンタリーの対象は、奥崎さんのように時代のなかで「とんがった存在」から、市井の「生活者」へと移った。今の時代のタブーは「権力にあらがうな」とそんたくする空気にあると思ったからだ。

 「何か権力がおかしなことをしても、それはちょっと言わない方がいいよねって空気が必ず出てくる。権力が、権力の望むような社会を作り上げている」

 原さんが8年がかりで撮影してきたのは、アスベスト(石綿)訴訟の原告団。戦後直後から大阪・泉南地域のアスベスト紡織工場で働き、石綿肺や肺がんに侵された人たちだ。アスベストの被害者が、早期に対策を取らなかった国の不作為の責任を追及した裁判闘争が描かれる。

 「とんがっていない」人たちにカメラを回してあぶりだされたのは、自らが病に侵されて死の際にいたり、大切な肉親を失ったりしているのに、どこか遠慮がちな姿だった。「こんなこと言ったら、原告団に迷惑をかける」と周りを気遣い、「裁判に勝つためには自分の本当の怒りや悲しみの感情は抑えておこう」と自らを縛る人もいた。

「守り」の空気がずっと強まってる

 「いつの時代でも、生きていくのは大変なこと。時代との関係の中で、時代が差し出す課題を受け止めて生きなければいけない」と原さんはそうした心情を受け入れながら「理不尽な目に遭ったのなら、もっと文句を言っていい。もっと自由にモノを言って、自己主張していい」とも思う。周りに気遣い過ぎれば事なかれ主義を招き、結局は権力を下支えする構図を生むと考えるからだ。

 原さんは「カメラは世間に通じている」と感じている。カメラを回して映し出された表現を、世間がどう受け入れるかは、時代によって変わると考えている。

 「ゆきゆきて、神軍」の公開から30年。昭和の時代が良かったわけではないが、「あらゆる場面で微妙な『守り』の空気が、今はずっと強まっている」と感じている。【川名壮志】

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