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レイの実力
「……信じられねえ……七魔皇老のガイオス様が、まるで赤子の手を捻るみたいに……」
「……今の……勝負にすら、なってないだろ……」
「……もしかして、アノスの言ってること……本当なのか……? あいつが暴虐の――」
「おい、なに馬鹿なこと言ってんだっ!! どんなに強かろうと、皇族でもなければ、不適合者のあいつが、暴虐の魔王なわけないだろうがっ!」
「そうだ。大事なのは力でも知恵でもない。俺たちの体に流れる尊い血だろ。始祖の血を受け継ぐ皇族の誇りを忘れるな。あいつはただ強いだけの不適合者だ。あいつの力には尊さがない」
観客席から、そんな戯れ言が聞こえてくる。
始祖の力を目の当たりにしておきながら、なんとも滑稽なことだが、これもアヴォス・ディルヘヴィアの狙いなのか?
しかし、俺の立場だけを乗っ取り、いったいなにをするつもりなのか。権力が欲しいだけの小物なら、別段、気にとめるほどのこともないのだが、まだ狙いもわからぬしな。
「くっくっく」
イゼルの笑い声が聞こえ、俺はそちらに視線をやった。
「それが最後の一本か。小賢しい真似をしてくれたが、もう投げるわけにはいくまいな」
見れば、闘技場に刺さっていた剣すべてがなくなっている。
残るはレイの手にある一本だけだ。
イゼルの双剣と打ち合えば、瞬く間に魔剣は消滅する。
普通に考えればこれで詰みだろうが、不思議とあの男が負ける気はしてこないな。
どうするつもりなのか、お手並み拝見といこう。
「じゃ、そろそろ普通にやろうか」
一言レイは呟き、なんの小細工もなしに、堂々とイゼルの方へ向かっていく。
「ふん、ようやく覚悟を決めたか。来るがいい。剣は投げるものではない、貴様に魔剣の使い方を教えてやろう」
イゼルとレイは向かい合う。
残り半歩踏み込めば、両者の間合いの内側だ。打ち合いは圧倒的にレイが不利――にもかかわらず、無造作に一歩を踏み出したのは彼の方だった。
「迂闊な真似を」
手加減なしに双剣が走った。両腕が別々の生き物のように動き、炎の魔剣がレイの頭部を、数瞬遅れ、氷の魔剣が胸部を狙っている。
かろうじて炎の魔剣をやりすごしたとしても、体勢を崩れたところに氷の魔剣が襲いかかるだろう。
必殺の二連撃に対して、レイは右手の魔剣で迎え撃った。
「そこだ」
ガキッ、キィィンと剣と剣が衝突する音が響く。
「二」
「…………!?」
イゼルが険しい表情を浮かべる。
レイの魔剣は、イゼルの双剣を打ち払ったのだ。
ほぼ同時に迫った双剣を一本の剣で迎撃した技量もさることながら、不可解なのはレイの魔剣が無傷だということだろう。炎の魔剣ゼス、氷の魔剣イデス、そのどちらに触れても、レイの剣は破壊されるはずだった。
「……ぜあっ……!」
再びイゼルが双剣を振るう。
剣戟の音が鳴り響き、レイはそれを容易く打ち払っていた。
「四」
レイが呟く。
「……小僧、なにをしている……?」
ガキッ、キィィンッと剣と剣の衝突音が響く。
「六」
「……ちぃ、ならば……!」
イゼルの双剣を振るう速度が倍に加速し、次の瞬間、更にその倍を超えた。
手元が見えぬほどの無数の連撃を悉く打ち払い、なお、レイの剣は無傷である。
「八七」
「おのれ……。なぜその貧弱な魔剣で防げるっ? どんな小細工をしているっ!?」
ガガガガガ、ギギギギギッと絶え間なく剣戟の音が響く。
「なるほどな。レイ、お前が投げた魔剣を斬り落としたとき、イゼルの双剣は僅かに刃こぼれを起こした。いかに魔剣と言えど、刃こぼれを起こした部分では存分に魔力を発揮できない。そうして斬り結ぶこともできるというわけか」
「……馬鹿な……この高速の双剣を、刃こぼれのある僅かな部分だけを狙って、打ち払っているというのか……!? そんなことができるわけが……!!」
より正確に言えば、魔剣を投げていたときから、双剣の一箇所だけを狙っていた。
投げる力、角度、狙いを制御し、寸分の狂いもなく、双剣のある箇所で斬り落とすように仕向けていたのだ。何度もそれを繰り返せば、いかに魔剣ゼス・イデスと言えども、多少の刃こぼれを起こす。
「種明かしをされると不利になるから黙ってたんだけどね」
まるで困った様子もなく、レイが言う。
「それぐらいのハンデはくれてやれ」
イゼルは一歩後退し、間合いを計る。
「……どうやら、小僧と侮っていたようだ。ここからは、全力で行かせてもらおう……」
イゼルの両手に魔法陣が浮かぶ。
魔剣ゼスから炎の刃が立ち上り、魔剣イデスを氷の刃が覆う。
「これが魔剣ゼスとイデスの真の姿だ。覚悟せよっ!」
イゼルの姿ブレる。一瞬の間に、間合いへ踏み込んだ奴は、双剣を高速で振るった。
その連撃は一秒間に二○○を数える。逃げる隙間もないほどの炎と氷の斬撃が、ほぼ同時にレイに襲いかかる。
「……ふっ……!」
息を吐くような気勢と共に、レイは魔剣を煌めかせる。
閃光にも等しき斬撃は、またしてもイゼルの双剣を悉く打ち落とした。
「四四二」
「……な、ぜだ……? 最早、刃こぼれを狙おうと無駄だったはず……」
レイは答えるつもりはないようだ。
代わりに俺が言ってやった。
「簡単なことだ。レイの魔剣はお前の双剣に触れてはいない。剣圧だけで弾き飛ばしたのだからな」
「けっこう難しいんだけどね」
涼しい顔でレイが言う。
「……剣圧だけで、私の双剣と打ち合えるというのか……」
悔しさを滲ませた後、イゼルは憤怒の形相でレイを睨む。
「おのれ、ならばっ!! その綱渡りがいつまで続くか、見せてもらおうではないか!」
再びイゼルの双剣が煌めき、レイはそれを打ち払う。
「確かに凄まじい剣の冴えだが、持久力はどうだ? こちらは百年だろうと疲れる気はせ――」
イゼルは言葉を失った。
双剣が纏っていた炎と氷が砕け散るように霧散したのだ。
二つの魔剣がぽっきりと折れ、刃先がくるくると回転しながら宙を舞う。
そして、地面に突き刺さった。
「……私の双剣が…………折れ…………た…………」
「四四四。目算通りかな」
なにを数えているかと思えば、あの双剣を折れるまでの回数だったわけか。
「ところで」
涼しい顔をしてレイは言う。
「魔剣の使い方はいつ教えてくれるのかな?」
レイの爽やかな笑顔に、しかし、イゼルは畏怖を感じたように身を竦める。
そして、助けを求めるようにガイゼルの方へ視線を向ける。だが、奴もすでにやられた後だと、ようやく気がついたようだ。
「……いったい……いったい何者なのだ、お前たちは……? 我々、七魔皇老をこうまで子供扱いする魔族がいるなど、聞いたこともない……」
項垂れるようにイゼルは言う。
特に気にとめることなく、俺はレイの方に視線を向けた
「レイ。お前、手を抜いていたな?」
「そんなことはないけどね」
「謙遜はよせ。お前の力なら、一合も交えることなく斬って捨てることができたはずだ」
レイは涼しげな笑みを浮かべ、こう答えた。
「それじゃ、練習にならないからね」
「ほう?」
「魔力を使わずに、技だけであの双剣を折れるかと思ってね。最後は少しだけ、ズルしたから、まだまだかな」
くくく、やれやれ、愉快な男だな。
七魔皇老を相手に剣の鍛錬をしていたというのか。
面白い。是非とも、力の底を見たいものだ。
「明日は本気で来い」
レイは笑みを崩さずに言った。
「どうかな?」
「俺を相手に練習などしていては、死ぬことになるぞ」
「できれば、死なない程度にお願いしたいかな」
相変わらず、飄々とした受け答えをするものだ。
「まあ、好きにすればいいがな」
「そう言ってくれると助かるよ」
不敵に笑い、俺は言った。
「お前が本気を出したくなるようにしてやる」
一瞬きょとんとしたような表情で俺を見た後、レイはくすっと笑う。
「アノス君って、けっこうサドだよね?」
「なにを言う。俺ほど心の優しい魔族はいないぞ」
「じゃ、手加減してくれると助かるな」
「は。馬鹿を言うな。お前の体はそう言っていない」
レイは満更でもないといった風に微笑む。
好戦的ではないが、戦うことが嫌いといったわけでもないようだ。
そうでなければ、あそこまで剣の鍛錬などしないだろう。
「それにしても、運動したら、お腹空いたね」
「この授業はもういいだろう。教室に戻って早弁でもするか?」
「大丈夫かな?」
「なに、こそっと行けば問題ない」
「了解。こそっとだね」
そんな会話をしながら、俺とレイは生徒たちが見守る魔法障壁の外へ戻ってきた。
「……ねえ。ちょっと。七魔皇老を簡単に打ち負かしておいて、なにその日常感っ? いつものことみたいに早弁の話とかしないでよね……」
いつものことだろうに、サーシャがそんな風にぼやいていた。
月間総合一位をいただきました!
これもご評価・ブックマークをくださいました皆様のおかげです。
月間は無理かなぁ、と思っていましたので本当に嬉しいです。
ありがとうございます! 今後もよろしくおねがいします。
しかも実は今日、私の誕生日なのですよー(読者が興味のない情報をぶっ込む人)。
ダブルでおめでたいので、ぜひぜひプレゼントにご評価などしてくださいますと、な・な・なんと!
誕生日にせこせこ執筆して、明日も更新します(笑)!
それはともかく。でも実際、これだけ沢山の方に小説を読んでいただけるなんて、こんなに嬉しい誕生日は初めてかもしれません。がんばりますっ!
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