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「すべてを失った男」が教えてくれた7つの教訓

「すべてを失った男」が教えてくれた7つの教訓

原文筆者のTom Koulopoulos氏は、10冊の本の著者であり、ボストンに本拠を置く創立25年のシンクタンクDelphi Groupの創設者でもあります。同社は、企業の未来とイノベーションにフォーカスした事業を展開しており、過去にInc.500に選ばれたこともあります。


Inc.:明日の朝目覚めたとき、腕と足が動かなくなっていたら、人生は不公平だと思うでしょうか? その答えに、きっとあなたは驚くでしょう。


自立を得た者と、失った者


私は19歳のとき、ひょんなことから、人生のターニングポイントとなる仕事にめぐりあいました。その体験は私に、人生は公平ではないこと、むしろ、公平であるべきではないことを教えてくれました。


当時、私は待ちに待った一人暮らしの始まりに心を躍らせていました。大学に通いながら仕事を探し、経済的に自立しようとしていました。1970年代に仕事を探すといえば、新聞に掲載されている、いささか情報不足の求人情報を漁り回ることを意味していました。当時の求人広告といえば、140字の制約があるTwitterみたいなもので、ただし略語や絵文字は使えないといった感じでした。


その求人広告をどこで見つけたのか、あまりよく憶えていません。とにかく私は、地元の病院の脊髄損傷ユニット(SCIU)での看護助手の仕事にありつきました。私は看護の経験もなく、医療分野にも興味はありませんでした。唯一興味を引かれたのは、職場が学校の近くで、報酬が良かったということぐらいです。ただし、求人広告には、その仕事が普通の仕事ではないということ、一生続く報酬を受け取ることになること、については何も書かれていませんでした。


患者はすべて18歳から25歳までの若者でした。全員が四肢麻痺を患っていました。C3-C6の脊椎骨に脊髄損傷があり、首から下が麻痺していて、手足を自由に使えない状況にある人ばかりでした。サーボ制御装置の取り付けられた細い棒を使って、電動車椅子を口で操作している人たちもいました。一方、ジョイスティックを操作できるぐらいには手が動く、幸運な人たちもいました。


私の仕事は、患者たちをベッドから下ろすこと、ふつうの人なら何も考えずにできるような作業(歯を磨いたり、食事をとる)を手助けするためにそばについていること、そして、1日の終わりにまたベッドに戻してあげることでした。もちろん、それ以上にいろいろなことがあったのですが、それはまた、追ってお話します。


初めて出勤した日、私は肉体的にも精神的にも疲れ切ってしまいました。私と同じような年端の行かない若者たちが、生活のすべてにおいて、誰かの助けを借りなければならない現実を目にして、吐き気のような気分に、何度となく襲われました。一方、その頃の私は、体のコンディションもエゴも人生最高潮のときであり、やっと手に入れた自立した生活を心から楽しんでいたのです。それでの、なんとかその日をやり過ごすことができました。それは、深いレベルで人助けの感覚を得られたことと、なによりもお金が欲しかったからだと思います。しかし、そんな心境はすぐに変わることになります。


日を追うごとに、私は謙虚になっていきました。若者たちの、超人的とも言える生きる姿勢に心を動かされ続けた結果です。彼らは、私がふだん大切に思っているものを、すべて奪われていました。そして、あまりに突然だったので、そのことについて考える時間ももらえませんでした。どの患者も、バイクや車の事故で脊髄を損傷していました。多くは大学に入る直前の夏、つまり、子どもから大人になる時期に事故にあっていました。ある日、若者は友人たちとふざけあっていました。スイミングプールへ向かって車を走らせていました。顔に風を受けながらバイクを走らせていました。そして、翌日、目が覚めると、かゆいところも掻けない体になっていたのです。


しかし、患者たちの適応する力、決してあきらめない心は、私よりもずっと強かったのです。


私はこの仕事を6カ月したあと、超人的な若者の1人であるアリの常勤補助として、4年間働くことになります。当時、私は大学に通いながら経済的に自立し、ボストンの中心街にあるアパートをシェアし、車さえ所有することができる仕事につけて、心から喜んでいました。しかし、私はその仕事から、得られたお金よりもずっと多くのことを学ぶことになるのです。


アリが私に教えてくれたことは、私たちの誰もが学ぶ必要のある貴重な教訓でした。それはたとえば、人生は公平ではない状況に不平を言うのはエネルギーの無駄である配られたカードでどうプレイするかは自分で選ぶことができる自分の態度は自分の考え以外の何ものによっても決められない、といったことでした。


4年間の思い出をすべてお話しすることはできませんが、いつも私の心に突き刺さってくる1つの思い出があります。


私を目覚めさせた出来事


ある朝、私は学校に遅れていて、アリとシェアしていたアパートを急いで出ようとしていました。私は彼をベッドから下ろして車椅子に乗せ、朝食の準備をしました。アリを小さなテーブルの前に座らせると、温かく蒸したオートミールのボウルを彼の前に起き、右手にマジックテープでスプーンを装着しました。アリは上腕二頭筋をわずかに動かすことができ、スプーンをボウルから口へと運ぶことができました。その動きは決して美しいとは言えませんでしたが、それなりの機能は果たしていて、アリに少しばかりの自立性を与えていました。いつも食事を終えると、アリは車椅子を使ってスプーンをマジックテープから外し、テレビを見たり、スピーカーで電話したり、友だちを呼んだりして残りの1日を過ごしていました。ただ、その日は、私が8時間後に帰宅するまで、彼は1人ぼっちになることになっていました。


私が彼にかけた最後の言葉は、「オートミール、熱いから気をつけて! 冷ます時間がなかったから」でした。


家に帰ると、アリが朝と同じ場所にいるのを発見しました。前かがみに崩れて、ボウルの上につっぷしていたのです。頭は少しひねられ、ドアの方を向いていました。私はすぐに駆け寄ると、アリを抱き起こしました。なんと私は、朝急ぐあまりに、車椅子の上で彼をまっすぐに座らせるために使うストラップを締め忘れてしまったのです。


「いつからこうやって倒れていたんだい?」私はアリに尋ねました。彼は笑顔で私を見て、「君が出ていってからずっとだよ!」と答えました。正直、私は彼に何をされても文句は言えない状況でした。でも、彼は私を責めませんでした。私は必死に謝りました。職務上のミスというだけではありません、私は友人を、8時間もの間、オートミールに顔をつっこませたままにしていたのです! 狂ったように謝罪をする私を見ながら、アリは屈託なくこう言いました。「ねえ、誰のせいでもないよ。オートミールはそろそろ冷めたかな」 そして彼は笑い、罪悪感で死にそうになっていた私もまた、笑いました。


この瞬間が私の心を突き刺したのは、それがアリの本質を表していたからだと思います。彼は状況に対してどう感じるのかを自分で選んだのです。アリは、自分の窮状を嘆き悲しむことに時間を浪費したりはしませんでした。状況に自己の価値を決めさせたりはしませんでした。自己憐憫に自分を明け渡したりはしませんでした。そして、あろうことか彼は、自分のかわりに私がそうすることも許さなかったのです。


あの頃、私が教えてもらった教訓をすべて挙げていけば、一冊の本を書かなくてはいけなくなります。以下に、なかでも最も重要だと思う教訓を7つ紹介します。これを読んで、自分の人生体験を振り返ってみてください。そして、どうすれば、こうした境地に到達できるのかと、自問してみてください。


あなたがどう考えるかで、どう感じるかは決まる


落ち込みや、不安、怒りを感じるような状況に自分がいることがわかったとき、私たちが最初にするのは、他人や何かのせいにして非難することです。私たちは、外にあるものを変えることで、内側の気分を変えようとします。いい人ばかりの恵まれた企業で働きたいと願うのは、何ら悪いことではありません。しかし、そうした願望と、状況について自分がどう感じるかを混同してはいけません。あなたがどう感じるかは、あなたが自分自身についてどう考えるか、状況についてどう考えるのか、によって決まります。私は初めてアリを見たとき、この人は問題を抱えているのだと思いました。彼と同じ状況に置かれて、誰が幸せでいられるでしょうか? しかし、問題があるのは、自分の考え方次第で、どんな状況にもうち克てることを知らなかった私の方だったのです。受け入れがたいですか? 自分の気分に責任を負うよりも、誰かの、何かの、あるいは神様のせいにするほうが、ずっと簡単です。でもこれが真実です。


教訓1:自分の感情に自分で責任を持たなければ、状況の奴隷となるだけ


人は、あなたが自分自身を見るように、あなたを見ることになる


私たちはみな人間です。私たちはみな、第一印象で人を判断します。誰かに初めて会ったとき、相手がひと言も発しないうちに、すばやく値踏みをして、カテゴリーに分類しはじめます。きちんとした身なり、姿勢の良さ、アイコンタクトは、成功していて、重要な人物であるサインです。しかし、私たちはまた、ある人物が第一印象とはぜんぜん違うことがわかったという経験もしています。なぜでしょうか? それは、その人が自分のことをどう考えているかが、態度や言葉遣い、しぐさなどに表れ、こちらに伝わり、印象を変えていくからです。アリは、自分を哀れむことを誰にも許しませんでした。もちろん、あなたにも同情する理由を与えなかったと思います。

教訓2:あなたが自分自身を見ているように、人からも見られるようになる


不平を言うのは、はしごの代わりにシャベルを使って穴から出ようとするようなもの


私たちは皆、不平を言います。不平は状況から抜け出す役には立たないこと、不平を言えば言うほど現状に縛り付けられていくことを理解して不平を言っているなら何ら問題はありません。アリは私に、どんなに厳しい状況のなかでも、状況に溺れ続けるか、それとも状況に反撃する道を見つけるか、自分で選ぶことができるのを教えてくれました。私はなにも、状況を受け入れなければならないと言っているわけではないことに注意してください。実際、怒りは、変化を起こす大きなモチベーションになります。しかし、不平は違います。不平は変化を先延ばしするだけです。


教訓3:あなたは状況を変えることもできるし、状況を呪い続けることもできる。ただ、この2つを同時に行うことはできない


人生は公平ではないし、公平であるべきでもない


「そんなの不公平だ!」この言葉を何度聞いたことでしょう。あるいは自分自身、何度叫んだことでしょう。あなたが子を持つ親なら、18年間はこの言葉を聞き続けることになるでしょう。ここで、公平という概念に異議を申し立てたいと思います。なぜ、人生は公平でなければならないのでしょうか? 公平は望ましい状態なのでしょうか? 公平さは、人が創造的になったり、成長や進歩を遂げたり、自己を改革することを妨げはしないでしょうか? 公平さとは、それぞれの視点で判断するものでしょうか? それとも、公平さに関して、すべての人の視点が一致すべきでしょうか? 公平の行き着く先が見えていますか? 公平さについての普遍的な定義は存在しないし、もし魔法のように公平が達成されたとしたら、苦痛や痛みは必要なくなってしまいます。最初から勝つに決まっている戦いなど、やる価値はありません。アリの窮状は公平とはかけ離れたものでした。でも、彼がそれを訴えるのを、私は一度も聞いたことがありません。


教訓4:人生で起きる出来事に、いちいち公平、不公平とラベルを貼るかわりに、それがどんなにつらいことでも、学びや成長のチャンスと考えることはできないだろうか?


あきらめることも選べる


アリは決してあきらめませんでしたが、あきらめることも選べたはずです。だからこそ彼は、私やほかの多くの人たちに感銘を与えたのです。状況が本当に困難であると、あきらめないというシンプルな選択がどれけ重要かを見失いがちになります。あきらめるという選択肢はないと言うのは真実ではありません。多くの人が、同じ状況に置かれたらあきらめてしまうでしょう。あなたがビジネスを続けているのも、あきらめなかったからです。ドッコムバブルが崩壊し、事業がガタガタになったとき、私は全社員を集め、次のようなメモとともに宝くじを配りました。「この宝くじが当たる確率は、私たちが事業を立て直し、生き延びる確率よりも高い!」 私が言いたいのは、あなたが達成してきたことを、当たり前のものだとみなさないでください、ということです。


教訓5:あきらめない自分を褒めてあげること。多くの人はあきらめてしまったのだから


自分でコントロールできる唯一のものは、自分がどう反応するかであることを、勇気ある人たちは理解している


私たちは皆、自分は幸運に恵まれていると信じたがっています。そして、ある程度は、自ら運を呼び込むことができると考えています。カジノがあれほどきらびやかに飾られているのはそのためです。私が最も尊敬する人たちは、チップが目の前に積み上がっているから笑うのではなく、すべてを失ってもまだ笑う理由を思いつく人たちです。未熟で狭い19歳の世界観のなかで、私はすべてを理解しているつもりになっていました。私は誇らしげにエベレストの頂上に座っていました。しかし、本当の勇気とは何かを見せられ、自分がまだベースキャンプにもたどり着いていないことがわかったのです。立ち止まって、このことを少し考えてみてください。あなたが誰かをヒーローと呼び、その勇気を称賛するのは、彼らが悲劇的な状況に陥ったとき、状況にただ甘んじるのではなく、自ら未来をつくることを選ぶからではないでしょうか。


教訓6:状況は選べないかもしれないが、状況にどう反応するかは選べる


苦痛が大きいほど、成長のチャンスも大きくなる


おそらく、私が脊髄損傷ユニット(SCIU)とアリから学んだ最大のレッスンは、私たちはすべての時間とエネルギーを、痛みや苦痛を避けることに使っているが、結局のところ、学びを得る唯一の方法は、苦痛の真っただ中に自分を置くことだ、というものです。自らは決して望まないであろう状況のなかにです。これは、いわば人生の選択科目です。正気な人なら誰だってこんな授業をコアカリキュラムに入れたりはしません。ですが、究極的には、そうした苦痛こそが、自分について最も多くを教えてくれるのであり、最大の成長の機会を与えてくれるのです。


教訓7:困難と苦痛の中にいるときこそ、最も学び、最も成長することができる






人生の不公平そのものを生きていたアリは、私が大学を卒業する数週間前に、感染症にかかって、この世を去りました。彼から学んだ教訓はあまりにも多く、私はまだ理解しはじめたばかりという気がします。それは、大学の授業や神聖なホールで学んだことよりも、ずっと長い間、私の中に生き続けています。


私のナイトテーブルの上には、アリがくれた小さなプラスチックの置物が40年間、置かれています。毎朝、毎晩、それを見るたびに私は、不平を言う理由などない、勇気、強さ、尊厳は、満ち足りた生活のなかでは学ぶことができない、という人生の最も大きな教訓を思い出します。そうした教訓は、人生の最大の苦痛や逆境のなかで、とても公平とは言えない状況を通して、教えられるものです。しかし、最終的には、そうした状況が、私たちが誰であるかを形作り、定義するのです。


7 Life-Changing Lessons From Someone Who Lost Everything|Inc.

Thomas Koulopoulos(訳:伊藤貴之)

Photo by Shutterstock.

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