4月29日、ゴールデンウィーク初日の海浜幕張駅は異様な雰囲気だった。
例年のように「ニコニコ超会議2017」に向かう群衆のなかに混じる見慣れないコスチューム。デイジーの花冠にネオンカラーのトップス、真っ白いタンクトップに合わせられた被り物。流れてくるのはアッパー系のビートにドラムン・ベース。「ニコニコ超会議」の参加者とは対極に位置するはずの、「パリピ」だ。
彼らは「ニコニコ超会議」を目指していたわけではない。パリピたちの目的は、ZOZO マリンスタジアムで開かれていた音楽フェスティバル(フェス)「EDC(Electoronic Daisy Carnival)JAPAN 2017」。毎年40万人以上の動員を記録するアメリカ・ラスベガス発のフェスが、今年日本に待望の初上陸を果たしたのだ。
「フェスは、みんなでお酒を飲んでブチ上がるところ。飲んで踊り狂えるのはふつうのコンサートでは味わえない感覚」と語るのは、野口大樹さん(21)だ。お目当てのアーティストは、マーティン・ギャリックス。世界の人気DJランキング、Top 100 DJs 2016で堂々の1位に輝いた、20歳のオランダ人DJだ。
幕張でのEDCは昼から夜9時までの1日イベント。メインのDJ登場は夜からだが、昼間からこの熱気だ
加藤真規
この日、幕張に集結したのは4万1千人。チケットは1万5千円と決して安くはないが、会場は20代前半が大半を占める。彼らが求める音楽は、EDM(Electronic Dance Music)。2000年代後半から欧米を中心に世界的なムーブメントを巻き起こしている。
ネット、SNS、アーティストのコラボ
音楽ストリーミングサイトSpotifyが発表している「もっともストリーミングされた曲ランキング」では、上位50曲のうち12曲がEDMだ。
「世界で最も稼ぐDJ」、カルヴィン・ハリス
Getty Images
ここ数年、EDMのDJたちはトップアイドルのような人気を誇る。Forbesによると、もっとも売れているEDMのDJ、カルヴィン・ハリスは、16年だけで6,300万ドル(約63億4,800万円)を稼いだ。
IMS Business Report 2016によると、EDMの経済規模は12-13年の45億ドル(約5,024億円)から14-15年には69億ドル(約7,700億円)規模の市場へと成長している。16年には71億ドルと落ち着いているが、それでも堅調な伸びだ。Forbesによると、CD不況にあえぐ音楽業界にとって、EDMビジネスの躍進は「希望の星」だという。
EDMの源流は1980年代のエレクトロ・ミュージックに遡る。現在は他の音楽ジャンルの流れも汲み、その曲調は多様だ。なので、何がEDMで何がEDMでないのか、はっきりと断言することは難しい。
「EDMとほかのダンス・ミュージックとの違いはその大衆性だ」と話すのはビルボードのアジア支局長、ロブ・シュワルツ(Rob Schwartz)氏だ。日本にもジュリアナ東京やマハラジャが存在したように、クラブやディスコでかけられていたダンス・ミュージックは昔から存在した。しかしそのジャンルは細分化し、相互交流することなくそれぞれのファンに楽しまれていた。
そんなダンス・ミュージックを変えたのがEDMだった、とシュワルツ氏は言う。
ハウス、トランス、テクノといったジャンルに細分化していたダンス・ミュージック。その垣根を越え、さまざまなアーティストたちと共作し、大衆に受け入れられるよう努めたのがEDMのアーティストたちだった。また、EDMのアーティストたちは、その時のヒットソングを自分風にリミックスして、自分の曲として売り出してきたという特徴もある。コンピュータによる作曲もそれを容易にした。
「今ではポップソングとEDMの区別がつかなくなっているけどね」とシュワルツ氏は苦笑いする。CNNは、EDMの成功の要因を「インターネットとソーシャルメディア」、そして「ジャンルを超えたアーティスト同士のコラボレーション」と分析する。
村のような宿泊施設で「生活」し交流
だが、EDMの成功の本当の要因は、「フェス」という新たな音楽体験を提供したことだろう。
デジタルテクノロジーの進化は音楽と聞き手の関係に大きな変化をもたらした。CDなどのパッケージコンテンツの売り上げ低迷にともない、ライブビジネスは音楽産業のあらたな資金源となった。そのなかでも、フェスごとのコンセプトを明確に打ち出し、一回限りの体験を提供することで人気を獲得したのがEDMのフェスだ。
ベルギーで毎年行われる世界最大規模のEDMフェス、Tomorrowland
Las Vegas Blog via Flickr
16万人以上を動員する「Ultra(ウルトラ)」は「都市型ミュージックフェス」を掲げ、周囲を巨大ビルに囲まれた中で音楽を体験させる(「Ultra」は日本でも14年からお台場で毎年開催されている)。5日間という長いフェス期間を通した非日常体験を提供するため工夫しているのが、毎年18万人以上を集めるベルギーのEDMフェス「Tomorrowland(トゥモローランド)」だ。「Tomorrowland」は「DreamVille(ドリームヴィレ)」と呼ばれる村のような宿泊施設を提供し、参加者は期間中そこで「生活」し、ほかの参加者と交流する。
YoutubeやFacebook、SoundClouldで音楽をシェアすることが当たり前のミレニアル世代。溢れかえる情報の海の中で育ってきた彼らにとって価値あるものは、その一回しか味わうことのできない没入的な体験だ。EDMのフェスは、それぞれがまったく異なる体験を提供する。出演するアーティストや流れている音楽が同じでも、異なる世界観を楽しめる。EDMはミレニアル世代のそんな要求にがっちりとハマり、一大ムーブメントを巻き起こしたのだった。
鮮やかな色合いのデイジーはEDCの象徴だ
西山里緒
テーマパークのような非日常
今回開催されたEDC Japanももちろんその例外ではない。音楽を聞くだけではなく、来場者が目で見て、体験して楽しめるような仕掛けが散りばめられていた。
フェスで重要なのは「インスタ映え」。EDCのロゴのモニュメントの前には写真撮影の行列ができていた
西山里緒
ステージは3つ。高さ30メートルの巨大フクロウが観客を圧倒するメインステージ「KineticCATHEDRAL」に、さわやかな風が気持ちいいビーチサイドの「circuitGROUNDS」、ギークな音楽が楽しめる「neonGARDEN」。夜には花火が打ち上がり、熱気が最高潮に達すればキラキラしたカラーテープが空を舞う。
ステージから少し離れたところにはフードスタンドやバー。場内にはボールプールや様々な形のモニュメント、会場を駆けめぐるDJボックス。その様子は音楽フェスというよりも、テーマパークに近い。
「すでに著名なEDMフェスが日本でも開催されている状況で、ほかと同じことをしても意味がない。差別化のため、アジア・太平洋のEDMファンのデータを徹底的に分析して演出に活かした」と語るのは、EDCの共同主催者であるGMO Culture Incubation代表取締役社長の吉山勇樹氏だ。
例えばVIP席には通常ゲートとは全く異なる特別ゲートを作りこんだ。インターネットインフラ企業であるというGMOの強みを活かして、Wi-Fi環境の整備やグッズのオンライン販売、スマートペイメントにも力を入れたという。
「気づかれないことも多いかもしれないが、それでも日本の『おもてなし』を体現して、本国アメリカにはない日本のオリジナリティを見せたかった。最終的にはアメリカのEDCファンに、『EDC JAPANだからこそ』来てもらえるようなイベントを目指す」
実際、会場には外国人の姿も目立ち、場内では英語が飛び交っていた。
はじめは欧米を中心に流行したEDMだが、欧米の市場が飽和を迎えるにつれ、ターゲット市場はアジアや中南米といった新興国へ移ってきている。
大手イベントプロモーション企業Live NationのCOO、Joe Berchtold氏はフィナンシャル・タイムズの取材に対し、「欧米には魅力的な市場はもうほとんど残っていない」としたうえで「アジアや南米にはまだ大きな市場がある」と語る。前述した「Ultra」は16年にインドネシアとブラジルで初開催され、17年はインドと中国に初上陸することがすでに発表されている。
日本にもその波は来ている。14年から開催されている国内最大級のダンス・フェス「Electorox」や「Ultra Japan」、今年初開催された「EDC Japan」など、世界的なEDMフェスティバルが近年続々と日本で開催されている。
最新テクノロジー+エンターテインメント
「ユースカルチャーとしてのEDMは成熟しつつあるが、次世代のファンも育ってきている。これからも実験的なサウンドが生まれ、多様性のある音楽ジャンルになっていくだろう」と吉山氏。
「最新テクノロジーとフェスの融合が加速するのは間違いない」と断言するのは、デジタル音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミ氏だ。すでにいくつかのフェスでは試されているが、今後ドローンやプロジェクション・マッピング、VRを使った演出がどんどん進むという。さらに、「e-sportsとEDMフェスを融合させるなど、音楽以外のエンターテインメントとEDMが一体化した体験型イベントも開催されるようになる」と語る。
2017年4月のコーチェラ・フェスティバルのステージ演出
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大企業によるフェスの参入も予想される。現在ではRedbullやバドワイザーなど飲料メーカーがスポンサーの中心だが、今後は「ターゲット顧客にどのように体験を提供し、自社のブランディングを高めるか」をテーマに、アパレル・ファッションメーカーやインターネット企業などが広告費を投じるようになっていくと見られている。
「いつかは『Tomorrowland』と『Ultra Miami』に行ってみたい。本場はやっぱり規模が全然違うって聞いてるんで」
冒頭の野口さんはフェス後、興奮した様子でそう語った。