実はオカルトな幽霊や精霊に吸血鬼伝説なども多い国。
東ヨーロッパにあるチェコ共和国。その首都プラハは宝石箱のようにチャーミングな街で、筆者がお勧めの国を聞かれたら必ず行けと答える場所です。
どこかを経由してじゃないとなかなか訪れられない国ですが、音楽や芸術、歴史などなど一言では語り尽くせないコンテンツが満載。中でも17世紀には学者や芸術家だけでなく天文学、魔術、錬金術に長けた人材が集まった街でもあり、以来ここは魔都とも呼ばれるようになりました。
後世では画家のアルフォンス・ミュシャや小説家のフランツ・カフカ、作曲家のドヴォルザークにチェコ・フィルハーモニー管弦楽団なども生み出したチェコ共和国。今回はそんな小さな東欧の国発祥の、怪談や伝説など、ちょっとダークな魅力をお伝えしたいと思います。
ゴーレム
魔術にも通じたラビ(ユダヤ教の神父)のレーヴが、迫害されたユダヤ人を護るために生み出した泥人形ゴーレム。まるでロボットのごとく主人の命令にしか従わないゴーレムは、夜な夜なプラハの街で暴れまわるのです。しかしレーヴが門外不出としたため、今では教会の天井裏に泥の塊として眠っているそうな。
Cztery Strony Bajekのアニメでその歴史をお勉強してみてください。
ちなみに「ロボット」という単語もチェコのもの。作家カレル・チャペックが1920年の戯曲『R.U.R.(ロッサム万能ロボット商会)』で作った造語です。
ゴースト・ツアー
かつて筆者が暮らしていた2004年前後に、街のあちこちにひっそりと貼られていただけの幽霊ツアーの案内も、今ではネットで本格的に予約ができるようになっています。
これは日が暮れてからガイドと一緒に街を散策するもので、現地の幽霊スポットや夜のプラハ城、精神病院墓地や地下牢などを訪ねるなど、数種類ほどのプランがお楽しみいただけます。
詳細はMcGee's Ghost Tours of Pragueをチェックしてみてください。
walkspragueとPrague Trips & Ticketsの動画でその様子を見てみましょう。
劇場の幽霊像
かつてはモーツアルトが『ドン・ジョヴァンニ』の初演で指揮をふるったこともあるエステート劇場の外に置かれた、人型のケープが座っているブロンズ像。これはその作品の登場人物で、主人公に殺されるも石像として復活する騎士団管区長をあしらったもの。
作者はチェコ生まれでオーストリア育ちのアナ・クロミイ。中身が空洞になっているので人々がゴミを投げ入れる可哀想な作品です。
Marty Cooperの動画をどうぞ。
ダヴィッド・チェルニー作品
以前の記事「巨人にクモに幽霊も! 世界各地で見られるビックリ彫刻10選」にて『ぶら下がる男』と『メタルモーフォシス』がエントリーされていた芸術家ダヴィッド・チェルニー。
ダークというよりブラック・ジョーク性が強烈な作風で、チェルニーもチェコ語でブラックという意味だったりします。現地では美術館から出禁を喰らうものの、作品授賞の賞状授与は彼だけ館外で行なわれたなんて逸話もあります。
市内にそびえ立つ巨大なテレビ塔を這いつくばる、無数の黒い赤子の彫刻やヴァーツラフI世が逆さ吊りの馬にまたがる巨大なパロディー彫刻なども代表作。
騎士たちが眠る伝説の山ブラニーク
900年代にボヘミア公としてチェコを治めた英雄、ヴァーツラフI世が率いた騎士たちが眠る山ブラニーク。祖国が4方向から攻め入られるほどの危機を迎えると、白馬に跨った公と騎士たちが復活しチェコ軍を勝利に導くという伝説が語り継がれています。今でも監視塔や廃墟となった教会など、趣のある場所です。
ホワイト・レディーの幽霊
1429年~1476年までチェスキー・クルムロフで生きた、ローゼンベルク家オルドリッチ二世の娘ペルチタ(Perchta)。彼女は1449年に貴族の男性リヒテンシュタイン家のジョンと政略的に結婚するも、夫の虐待によりその暮らしは幸福とは言えませんでした。
ジョンは死に際にペルチタに許しを請うも、彼女は断固として許さず、彼は彼女を呪ったまま死すこととなりました。呪われたまま死んだ彼女の死後は彼の遺産に取り憑き、特に生前ふたりが暮らしたチェスキー・クルムロフ城では白いドレスを着たペルチタの幽霊が目撃されるのです。
水の精霊ルサールカ
スラヴ神話に登場する、水難事故に遭った女性や若くして他界した花嫁などが変わり果てた幽霊のような存在。ロシアやウクライナなどの地域によっっては金髪の美少女の姿だったり、緑色で妖怪のような醜い姿だったりと伝承がやや変わります。
チェコ界隈ではヴィーラとも呼ばれ、ドヴォルザークの歌劇『ルサルカ』のモデルにもなったこの精霊は、月夜に歌や踊りで若い男を誘惑し水中に引きずり込むことがあります。ドナウ河沿いを歩く時は要注意です。
山の精クラコノシュ
山の精クラコノシュはポーランドに近いルゼンベルク山頂に棲むノームの王子で、チェコだけでなくドイツとポーランドの伝説にも登場します。地域によって呼び名が変わりますが、またの名をリベザルとも。
「嵐の竪琴」を持ち山の天候を自由に変える上、雷や雪を操ったり、植物を人間と遊べるように変化させる魔法を持つクラコノシュ。彼は巨人とも悪魔とも優しい精霊とも表現されることもあるのですが、それは遭遇する人が善人か悪人かによって彼の接し方が違うがため。
クラコノシュとはチェコ側から見た山の名前でもあり、彼は山の守護神としても崇められています。山から霧が降りてきたら、人々は彼がスープを調理をしていると思うのだそうな。
+Filmyより、古いドラマ映像があるのでイメージだけでも掴んでみてください。
セドレツ納骨堂
クトナー・ホラという街の近郊にあるセドレツ納骨堂は、およそ1万人分の人骨で内部の装飾が施されたガイコツ教会。
14世紀に大流行したペストや15世紀に勃発した宗教戦争での戦没者など、大量の遺骨が埋葬され、結果4万人分の遺骨で溢れかえってしまいましたが……19世紀にこの場所を買った公爵が、芸術家に人骨によるデコレーションを依頼したのが始まりでした。
一見して恐ろしい場所のようではありますが、ここは「メメント・モリ(死を想え)」と死に対して尊敬を払う神聖な場所なのです。
AIRBOYDの動画で内部の様子をどうぞ。
吸血妃:エレノア・フォン・シュヴァルツェンベルク
1701年にシュヴァルツェンベルク家に嫁いだ、貴族ロプコヴィッツ家の姫エレノア・エリザベス・アメリア・マグダレイナ(1682年–1741年)。彼女の人生ではオカルトめいた物事はありませんでしたが、2008年にオーストリアのドキュメンタリー番組が彼女の墓所を調べたところ、棺桶のあちこちに石の杭が打ち込まれていたことが判りました。
実は彼女の死因はガンであるものの、当時みるみるやせ細り衰えていく症状から、かかりつけの医師が彼女がヴァンパイア病に感染したものだと診断したのでした。
Smithsonian Channelが彼女の最期を再現した映像をどうぞ。
血の伯爵夫人:バートリ・エルジェーベト
チェコスロバキアは1992年にスロバキア共和国としてチェコと分かれてしまいましたが、晩年その領土内にあるチェイテ城に暮らしたハンガリー王国の貴族エルジェーベト。彼女は召使いや領内の農奴の娘らを虐待したり、拷問したり、性器を切り取り性的に興奮するなど日常的に残虐な行為に耽っていました。
自らの美のためとは言え、鋼鉄の処女で若い娘たちの生き血を絞り出し風呂桶に溜めて沐浴したり、滋養強壮にと彼女らにの肉を食べていたという話もあります。
彼女は高貴なゆえに死刑は免れた者の、真っ暗な部屋に幽閉され3年半生き長らえました。後世では今日の吸血鬼伝説発祥は彼女からと考える人も多く、ブラム・ストーカーが小説の参考にしたり、何度も彼女を主題に映画化したこともあり、スウェーデンのメタルバンド、バソリーの由来にもなっています。
エルジェーベトを扱った動画はたくさんあるのですが、Erick Aldenが手短にまとめたものをどうぞ。
Junktown 2016
ダークの方向性がやや違いますが、以前にご紹介した映画『マッドマックス』に触発され始まった屋外ポストアポカリプティック・フェス「Junktown 2016」もまた、プラハ郊外で行なわれています。
改めて、EP!C TVから現地の様子をご覧ください。
オマケ:ちょっと不思議な体験談
・その1
これは2003年のこと。筆者はアート系のNPO団体をお手伝いするべくプラハに住んでおり、同団体の先輩が住むアパートに初めて招かれお邪魔した時の話です。呼び鈴を押して扉を空けてもらった瞬間、どういうわけか部屋の奥にある窓の外がとても気になった私。そして「お邪魔します」と靴を脱ぐや一直線に歩み寄り、そのまま顔で窓ガラスを突き破ってしまいました。
特別な景色が見えたわけでもなく、ありふれた窓なのに、なぜか「自発的」に気になりそこだけを一点集中して突っ込んで行ったのです。後にも先にもあんなことはアレっきりなのですが、昔あそこから飛び降りた人に取り憑かれたんじゃないかと思っています(幸い無傷でした)。
・その2
筆者が初めてプラハに来た年は、中国でSARS(重症急性呼吸器症候群)が猛威を奮っていた年でもあります。遠く離れた東欧でその心配はなかろうとスッカリ忘れていた頃……市内の裏路地に停められたワンボックスの警察車両の中に、マスクをした中国人たちが10名ほど詰め込まれているのを目撃。もし彼らが隔離されていなければ、SARSは東欧にも広まっていた可能性があります。ヴァンパイア感染より怖いのは、こっちだったのかもしれません。
・その3
翌年私が住んだ別のアパートでは、深夜になるとテレビが勝手につく現象が続きました。怖さは皆無で「古いテレビの不調だろう」くらいに思ったので、寝る前はコンセントを抜いて節電に務めるようになったのでした。
以上、チェコ共和国と首都プラハのちょっとダークな魅力でした。ここはドイツやロシアに占領されたり、共産党の支配下で暗黒の時代を過ごしたなど歴史や政治的にも暗いストーリーが山盛りだったりするんです。
もちろん明るい面もたくさんあるので、この記事で少しでも興味を持った方々は訪れてみてください。
最後に、これらいくつかの情報提供は友人のJanaとPetruše姉妹、そしてgalerie9画廊のJiri Havrda氏から提供していただきました。感謝!
photo: 岡本玄介
source: YouTube(1・2・3・4・5・6・7・8・9), Wikipedia(1・2・3・4・5・6・7), CESKY KRUMLOV, McGee's Ghost Tours of Prague Tours, galerie9
(岡本玄介)