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帰ってみれば…住民に新たな課題

ことし3月31日と4月1日、東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響で出されていた福島県内の避難指示が、4つの町村の広い範囲で一斉に解除されました。これまで避難を余儀なくされていた3万人余りの住民がふるさとに戻って、生活を再開できるようになったのです。住民の帰還は少しずつ始まっています。
しかし、6年間の空白が町を大きく変え、住民たちには、思いもよらなかった新たな課題が突きつけられました。

わがもの顔に町をゆくのは

原発事故以来の「桜まつり」が開かれた富岡町。
ふるさとの桜を一目みたいと8500人が集まり、「やはりわが家はいい」「桜を見ただけで涙が出る」と喜びを口にしていました。

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そうした住民の前に現れたのはキツネでした。人を恐れる様子もなく、堂々と道を横切っていきました。

同じ日、浪江町の中心部で、取材班はある動物と遭遇しました。
重さ100キロを超えるとみられる巨大なイノシシです。本来は警戒心が強い動物ですが、私たちを前にしても逃げようとしません。1時間半にわたって追跡したところ、住民がいなくなった空き家にわがもの顔で出入りして、10軒を渡り歩いていました。

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避難指示が出されて人が住むことができなかった6年間で、原発事故の避難区域では、急速な勢いで野生動物が繁殖しました。住民が戻りたいと願い続けていたわが家を根城にする、巨大イノシシなどの野生動物が脅威となっているのです。
野生動物の専門家は、避難指示が出され、人に遭遇することがほとんどなかったため、人を恐れないイノシシが誕生したと指摘しています。

ほかにも危険性が指摘されている動物がいます。凶暴な性格のアライグマです。人に伝染するウイルスなどを保有している可能性があります。

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どこに生息しているのか、専門家が1匹のアライグマに発信器を取り付け調査したところ、住宅地を中心に生息し、複数の家を移動しながら生きていることがわかりました。

アライグマは、かつては、この地域で生息が確認されていませんでしたが、巣を作るのに適した屋根裏などで爆発的に繁殖したと見られています。
こうした状況に、専門家は「人が空き家に帰ったときに、ふん尿が住居にあると、何かの拍子で経口感染してしまうリスクが非常に高い」と注意を呼びかけています。

「今は動物が町の主」

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急増した野生動物を住民はどう受け止めているのでしょうか。
避難指示が解除されたばかりの4月6日、浪江町の蒔田幹男さんは、避難先の住まいから妻とともに町内の自宅を片づけに訪れました。
そこに広がっていたのは、野生動物たちが荒らした跡でした。農機具や食糧などを保管していた倉庫は戸が破られ、中は物が散乱していました。蒔田さんによると、イノシシが餌を探すために倉庫を荒らした跡だというのです。

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さらに、家の中は至る所にネズミのふんが散乱しています。
妻の郁子さんは「自宅に帰ってくると、動物のにおいや荒らされた跡を見て、気分が悪くなり、避難先に帰りたくなってしまう。今は動物が主のようになっている。帰って来たいという気持ちはあるが難しい」と話していました。

町を取り戻せ! 行政の対策は?

こうした状況に、地元の自治体も急ピッチで対策に乗り出しています。 浪江町は、住民の家や畑を敷地ごと金属製のフェンスで囲う事業を今月から始めました。

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住民にも出入りに不便が伴いますが、イノシシやアライグマなどの動物の侵入を徹底して防ぐための苦肉の策です。設置作業は町の職員などが行い、費用もすべて町などが負担します。まだ試験段階ですが、動物を防ぐ効果が確認されれば、今後普及させる方針です。

役場では、野生動物の被害などに対応する職員を2倍に増員しました。通報があれば、職員が1軒1軒訪問し、被害の情報を集めるとともにイノシシを追い払うための協力を呼びかけています。

浪江町は県や研究機関とともに野生動物の行動の分析も行っています。
イノシシやアライグマが長時間滞在する場所を特定し、身を隠すやぶや空き家を無くして町から追い払おうとしています。

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浪江町役場で野生動物対策を担当する北原厚徳さんは「住民が安心して避難先から戻って暮らせるようにするために、人間と動物が住む場所を分けて6年前のあるべき姿に戻していかなければならない」と力を込めて話していました。

取材を終えて

藤松翔太郎

放射性物質を取り除く除染や崩れた家屋の解体が進み、避難指示の解除後に取材に入った浪江町は、きれいになったという印象でした。しかし、JR浪江駅にほど近い町の中心部で、住民の方が話すように、まるで「町の主」のようにのし歩く巨大なイノシシの姿は、原発事故がもらたした問題の根深さを感じるとともに、まだ終わっていない問題であることを再認識させられました。
浪江町に戻りたいと、住宅のリフォームを始めている住民がいます。
富岡町では、町のシンボル「夜の森地区の桜」を見に大勢の人々が訪れ、これまでほとんど見たことがなかった、子どもたちの走り回る姿を見ることもできました。
「ただふるさとで、当たり前のように生活をしたい」こうした住民の思いをくじく、野生動物という新たな課題。これからも伝え続けていきたいと強く感じる取材となりました。
(避難区域での野生動物問題を継続取材中:おはよう日本 藤松翔太郎ディレクター)

右田可奈

「6年間の避難生活から解放されて、ようやくふるさとに帰ることができる」
そんな住民の自宅が野生動物の住みかとなっている現実。帰還を諦める大きな要因にもなっています。これまで国は、除染をはじめ、道路・通信などの生活インフラの復旧には力を入れてきましたが、今後は野生動物への対応にも本腰を入れていく必要があると思います。しかし、動物が悪いわけではありません。こうした野生動物の被害も原発事故がもたらした大きな被害の一断面だということを、しっかりと受け止めなければならないと思います。
避難指示の解除から1か月。町に戻った住民は、野生動物への不安を抱えながら暮らしています。今後、本格的な帰還に向けて、町の様子を確認するために、避難先から帰ってくる住民も増えることと思います。ふるさとでの暮らしを取り戻したいと願う人たちの安全を確保し、町に戻ってきた小さな幸せの灯火を守っていかなくてはならないと強く感じました。
(浪江町の暮らしや行政などを継続取材中:福島放送局 右田可奈記者)