おぃ、そーた。
そーたっ! おぃっ!
こっち来てみろ。
いいからっ! とにかくこっち来いって。
また母ちゃんの事でからかわれたんか?
そんじゃあ、麦茶、飲むか?
キンキンに冷えたのがあるからよ。
おぃ、そーた。
分かってると思うが、おめぇは何にも悪くねぇんだぞ。
あいつらがどーだこーだ言っても、本当は何にも分かっちゃいねぇんだからよ。
それに、おめぇの母ちゃんだって悪くねぇ。
心配すんな、この前の三月の時と同じで、またすぐ帰ってくっからよ。
なぁ、そーた。
どんな理由があってもよ、一対一でやらねぇ奴は、その時点で負けだぞ。
男としてじゃねぇ。
人間として、負けてんだ。
おめぇのこと、小突いて蹴飛ばしたあいつらは、おめぇを囲んだ時点で負けてんだよ。
本当だぞ。
どんなにやられたって、おめぇの勝ちだ。
でも、痛ぇよな。
うん、痛ぇ。
例え勝ったって、ぶたれりゃ、悔しいもんだ。
あのよ、おじさんの話をよく聞けよ、そーた。
おめぇをバカにした奴ら、あいつらはな、夢から醒めてねぇんだ。
おめぇ、眠ったら夢を見るだろ?
あんな感じがな、あいつらは起きても続いてんだよ。
ビックリしたろ?
でも、本当だぞ。
あいつらはな、誰かにしっかりと守られてんだよ。
守られて、自分は大丈夫だって思うから、他の奴らをバカにして蹴飛ばすんだ。
そういった奴らはな、まだ夢の中にいる。
眠ったまま動いてんのと一緒だ。
そーた。
おめぇはもう、夢から醒めてんだ。
今、母ちゃんがいねぇだろ?
だから誰もおめぇを守らねぇ。
そーた、おめぇはな、夢の中にはいねぇんだ。
それはな、立派なもんだ。
あぁ。そりゃぁ、立派なもんさぁ。
五年生で夢から醒めてる奴は、そうそういねぇからな。
おじさんも今まで色んな奴を見てきたけど、大人だってそう満足にはいねぇ。
だからよ、そーた。
おめぇは立派なもんなんだ。
おぉ、おめぇ夜飯どうすんだ?
カズコおばさんのとこか?
あのよ、ここだけの話、あのババァの飯、うまくねぇだろ?
あいつ、偉そうに物言うけどよぉ、昔っから料理が下手くそなんだ。
おめぇ、笑うって事は、そう思ってんじゃねぇか!
わりー奴だなぁ!
いや、言わねぇよ!
言わねぇって!
言ったら俺だってどやされるかんよ。
じゃあよ、おじさんとこでメシ食ってくか?
俺んとこ、カレーだぞ、カレー。
しかも肉は、牛肉だ。
今日は特別なんだからよ。
カズコおばさんには、俺から言っとくからよ。
まぁ、いいから、そこでランドセル洗って、内へ上がれ。
おぃ、もう食わねぇんか?
牛肉、まだ残ってんぞ?
うまくなかったか?
少し、水っぽかったかもな?
カレーなんていつもは作んねぇからよ、勘弁してくれ。
へへ、カズコおばさんの事、バカにできねぇな。
なぁ、そーた。
辛ぇか?
おめぇが辛くて堪んなくても、不思議じゃねぇよ。
なぁ、夕方に話した話、まだ覚えてるか?
夢から醒めるって話だ。
あれ、続きがあるんだよ。
夢ってよ、夢が醒めてから見えるものなんだ。
夢、夢、言ってて、なんか分かりずれぇか。
だからよ、人の事バカにしたり、ブン殴ったりする奴は夢の中にいるって言ったろ?
そういう奴らはまだ夢が醒めてねぇから、本当の夢が見れねぇんだ。
今、言ってる夢ってのは、自分がどうしてもやりてぇって方の夢だ。
これだぁ!って嬉しくなる方のだ。
夢の中にいて夢を見ると、夢同士が喧嘩しちまうだろ?
そうなると、見れなくなっちまうんだ。
だからよ、そーた。
おめぇは、ちゃんと、嬉しい方の夢を見れる奴なんだよ。
痛くて辛くて悔しいだろうけどよ、おめぇはちゃんと夢を見れるんだ。
だから、おめぇは、立派なんだよ。
まぁよ、こんな偉そうな話をしてるけど、これは俺の話じゃねぇんだ。
これは、俺の母ちゃんから聞いた話。
おめぇの母ちゃんから聞いた事ねぇか?
俺たちの母ちゃん、まぁ、おめぇから見ると婆ちゃんな。
あの人は早くに亡くなっちまったけど、物凄い綺麗な絵を描く人でな。
ほら、そこの襖の絵、あれ俺の母ちゃんが描いたものだ。
いや、違ぇ、そっちの鬼の方じゃねぇ。
そっちは、俺が適当に描いたもんだ。
あぁ、その横の、鶴と松の方だ。
筆使いが凄ぇだろ。
松が力強くてな、鶴なんか生きてるみてぇでよ。
俺なんかの鬼とは段違いだ。
俺の鬼には、怖さがねぇ。
いくら睨みを利かせても、口がだらしなく笑っちまってっからな。
なぁ、そーた。
何で、泣くんだ?
夢なんか、見たくねぇか。
みんなと一緒の方がいいか。
まぁ、そうだよな。
眠ったままの方が、楽だかんな。
でもよ、そーた。
おめぇは、目を開けろ。
厳しい事を言うぞ。
おめぇは今、眠ったままじゃ歩けねぇ道にいるんだ。
誰が決めたか分からねぇ。
でもな、生きてく上で、眠ったままで歩ける道と、そうでねぇ道があるんだ。
誰が決めたか分からねぇ、それは分かんねぇけど、道は分かれている。
しょうがねぇんだ。
分かれてるもんは、分かれてんだ。
良いとか悪いとかじゃねぇ。
ただべっこにあるんだ。
俺はな、そーた。
俺は、まだ眠ってんだ。
俺は、眠ったままで歩けない道が怖くて嫌でな、目を閉じて無理に眠ったままにした。
そんな事、何年もやってたら目が開かなくなっちまったんだ。
だからな、そーた。
それ……
うん。そーだな。
おめぇの言う通りだ。
歩きたくねぇよな、そんな道。
そりゃ、そうだ。
………………
ならよ、そーた。
じゃあよ、おじさんと一緒に、その道歩くのならどうだ?
よし。じゃあよ、ちょっと、一緒に勝手口から出てくれ。
今すぐ戻るから、ここで待ってろな。
これ、これで全部。
酒とビールと焼酎。
このケースに入ってるもんで、ウチにある全部だ。
これな、薬みたいなもんでな。
眠ったままでいられるようになんだ。
そーた、悪りぃんだけど、ちょっと付き合ってくれるかな?
何度か一人でやろうとしたんだが、上手くいかなくてな。
今なら、おめぇの前でなら、何だか出来そうなんだ。
こいつらな、こいつら。
そーた、ちょっと危ねぇから、そこにある石の上に乗っとけ。
ほら、これなっ!
これもなっ!
こいつもなっ!
世話んなったなっ!
ありがとなっ!
もう、きりねぇから、ここで全部、勘弁なっ!!!
そーた、割れた破片ふまねぇように気をつけろよ。
なんだか、空気が酒くせぇな。
大きな音立てて悪いな。
ビックリしたろ?
でもな、おじさんが一番ビックリしてるよ。
あぁ、ビックリしてる。
全部、割っちまったな。
綺麗さっぱり。
とうとう、全部な。
おぃ、そーた。何、笑ってんだよ。
変な顔ったって、仕方がねぇだろ。
本当にやっちまって、たまげてるんだからよ。
驚いたよ、割ったのは自分なのにな。
そーた。
この破片、しっかり全部片付けておくからよ、あのよ、もしもカズコおばさんとこや、タケオおじさんとこ回んの嫌だったら、ウチに来るか?
別に、おめぇが良ければって話だ。
無理にじゃねぇ。
明日、いや、三日後。おばさんたちには、ちゃんと話しておくからよ。
もし、おめぇが嫌じゃなければ、三日後からウチに来ねぇか。
布団も、ちゃんと干しとくからよ。
うん? 鬼の絵?
あれか?
あんなものがいいのか?
いいぞ。
あんなもんでよければ、いくらでもいいぞ。
教えるってたいそうな事は出来ねぇかもしれねぇけど、一緒に書く事は問題ねぇ。
しかし、おめぇも変わりもんだな。
あんなものがいいって言うんだからよ。
じゃあよ、そーた。
その日は、水少なめのカレーを用意しとくからな。
心配すんな。
今度は、きっと失敗しねぇからよ。
(撮り溜めた桜は、いつでも、いつまでも満開です)