AlphaGo七十二変|Masterの秘術72

はじめに

 本サイトの「AlphaGo七十二変(Masterの秘術72)」は、「囲棋天地」2017年1月15日号の記事が原本である。世界じゅうの碁打ちたちを驚愕させたAlpahGoの進化版Masterの打ち碁を、中国トップ棋士の一人である范廷鈺九段が解説したものだ。本サイトに掲載してあるのはその翻訳と、各解説局面に対応する棋譜なのだが、ではなぜそれをここで公開することになったのか、関係各位への感謝の意味も込めて簡単に説明しておきたい。

 そもそもの始まりは、「囲棋天地」を読んだ日本のアマ碁打ち坂井藤一さんが翻訳した文書がPDF化され、それが最終的に本サイト制作者である私・土屋の手元に回ってきたことによる。もう少し詳しく説明すると、坂井さんの文書が慶応大学囲碁三田会の山下功会長の元に届いたことが発端である。山下さんは私が所属する千葉県少年少女囲碁連盟の名誉会長であり、囲碁の私塾である山下塾で子どもたちに長らく囲碁を教えている。山下塾には碁の強い塾生やOB(県代表クラス)がいて、彼らの勉強のために本文書をいつでも閲覧できるようにしておきたいとの思いから、「教材として活用する何かいい方法はないか?」との相談があった、というわけである。ならば、これはもう総譜が閲覧できる碁盤つきでWeb化するのが最善だろう。范廷鈺九段の記事は、取り上げた局面に関する数手の手順図にワンポイント解説とでも言うべき数行のコメントがついたもので、総譜はついていない。そこでWeb化に当たって、解説局面がどの対局の棋譜なのかを調べ、その全手順を閲覧できるようにしたわけである。

 この范廷鈺九段の記事は、プロ・アマを問わず、Masterに興味のある碁好きにとって大変貴重かつ有意義な資料であることは間違いない。それをせっかくWeb化するのであれば、広く誰もが閲覧できるようにしたい。そんな希望を山下さんに伝えたところ、さっそく行動に移してくださった。すなわち、訳者の坂井さんから公開の許諾を得、中国甲級リーグの開幕イベントに参加していた孔令文七段経由で范廷鈺九段の許諾も得ることができた。さらに、元記事の文書化を担当した中国囲棋協会の職員である楊さんからも「どうぞ普及に役立ててください」との快諾をいただいた。というわけで、晴れてここに公開の運びとなった次第である。関係各位のみなさんにこの場を借りてあらためて厚く御礼・感謝申し上げたい。

 なお、2016~2017年の年末年始にかけて打たれたMasterの対局は全部で60局あるが、雑誌に掲載された棋譜は合計47局。つまり、47局を使って72の局面について解説しており、残りの13局については取り上げられていない。また、解説された72局は、年末年始に打たれた順番どおりではなく、序盤・中盤・終盤に分けてランダムに並べられたものであることを付記しておく。

 ともあれ、上記のような事情から、本サイトでは「囲棋天地」に未掲載の残り13局を「参考資料」ページに掲載することとした。また、三村智保九段、大橋拓文六段、白石勇一六段の3棋士は、それぞれのブログやWebサイト上でMasterの棋譜を取り上げている。そこで、本サイトの72局と同じ棋譜の解説があった場合、3棋士の当該ページへとリンクを貼ることとした。范九段、三村九段、大橋六段、白石六段という名だたる棋士が、同じ棋譜の中でMasterのどの手やどの局面に着目したのか、あれこれ比較してみるのも面白いだろう。  (2017年4月末日 土屋弘明)


AlphaGo七十二変|Masterの秘術72(「囲棋天地」2017年1月15日号)

解説 : 范廷鈺九段

 2016年12月29日から2017年1月4日にかけて、GoogleのDeepMind社によって開発されたAlphaGo の新バージョンMasterは、「奕城」「野狐」の両囲碁対局サイトにおいて40余名のプロ高段棋士と60局の公開対局を行い、中日韓の当代トップ棋士を含めて無敗の成績を示した。これは、2016年3月の人間・コンピュータ対戦でイ・セドルが撃破されたことに続いて、再び世界を震揺させる出来事であった。人工知能(Al) の進歩がここまで来たということは、全世界を興奮させるに十分であったが、囲碁界ではと言うと、やや複雑な思いで年を越したと言うのが確かな所であろう。

 AlphaGoの分身Masterがこの60局において示した打ち方は、一局毎に囲碁界に衝撃を与えた。それは、既往の囲碁理念を打ち破る改革であり、囲碁史上前例がないと言ってもよく、AlphaGoのイ・セドル戦5局のレベルをはるかに超えている。この60局を分析・研究し、整理・検討することは、現代囲碁界の技術革新を図る上で必ずや有効になるであろう。

 ただし、この60局に相前後して登場したプロ棋士達は、外野から見ていると、悲壮な感じがした。しかし、自分はプロ棋士であるから、「計算が相手を超えるかどうかは別として、力を尽くして対局するのが正しい、これこそが相手に敬意を表する最良の方法である(大竹英雄談)」という姿勢が彼らの面上に表われ、気後れした様子は全然見られなかった。人間と共同で囲碁の奥義を探索することができるこのような道具が出現したことは、実際囲碁界にとって喜ばしいことなのである。

 プロ棋士がおしなべて見る所、現在のMasterと人間との実力差は先から2子の聞であろうと言われている。その序盤におけるカは抜群であり、多くの場合一度リードを許すともう二度とチャンスはなかった。本文でピックアップした事例から見ると、ほとんどの対局は最初の40~50手の間にすでに形勢が傾いている。インターネット対局が後になればなるほど、人聞は自信を失っていくように感じられた。どのようにそれを打ち破るか? 近々中国囲碁のAl囲碁ソフトの開発テストに参加する羅洗河は、「自分自身の思考について少しでもいい加減なことは許されない。このような打ち手は、どの時代にも一人いるかいないかのレベルだから」と述べている。

 AlphaGo / Masterを開発したチームが、世界および囲碁界にもたらしてくれた改革・貢献に感謝し、40余名の棋士達が一週の間にAlソフトと共に創造したすばらしい棋譜に感謝したい(ほとんどの棋士がインターネット上の対局ではハンドルネームを使用しているが、本文ではかっこ付きで現在すでに公開されている本人の身分を注釈している)。范廷鈺氏がインターネット対局の後すぐに本誌のために全60局のすばらしい局面を解説してくれたことにも感謝する。ここでは、その中から精選した局面を序盤・中盤・収束の順番に読者にお届けする。


訳者注

 中国囲碁協会の機関誌、囲棋天地2017年1月15日号に「AlphaGo七十二変」という記事が掲載されている。その内容を見ると、2016年暮れに突然中国囲碁対局サイトに登場、世界中の囲碁界に旋風を巻き起こした、AlphaGoの後継ソフトMasterの特徴的な着手をまとめたものであることが分った。一週間足らずの聞に日中韓トップクラスの棋士に60勝無敗の成績を上げた驚異のAl囲碁ソフトの特徴を知るのに、この記事は大変よい資料と思ったので、自分の中国語の勉強を兼ねて、翻訳を試みることにした。訳に当っては、内容に沿ってMasterを表題に掲げた。また、知人の中国人から、「七十二変は孫悟空の七十二変化(秘術)からの引用」と言う貴重なコメントをいただいたので、人間の思考の外にあった「Masterの秘術72」と意訳することにした。

本文に出て来る72の局面には、中国人の好きな4文字表現のタイトルが付されており、それらも面白いものが多いので、参考のためにそれぞれのタイトルも以下の表に訳出しておいた。  (2017年3月末日 坂井藤一)


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