アピタル・森戸やすみ
2017年5月1日06時00分
先日、ハチミツ入りの離乳食を与えられた生後6カ月の乳児が亡くなる痛ましい事例がありました。ネット上の反応を見ていると「1歳未満の子にハチミツを与える人がいるなんて」という声と「赤ちゃんにハチミツがダメなんて知らなかった」という声の両方がありました。
私も今回、改めて乳児ボツリヌス症について改めて勉強し、過去には黒糖やコーンシロップ、井戸水、自家製野菜スープが原因だと思われる報告があったことを初めて知りました。医師も医学部の授業で習いますが、年間のボツリヌス症自体とても発症が少ないので、実際に患者さんに出会うことがまずありません。まして、乳児ボツリヌス症はさらに報告が少ないのです。乳児のボツリヌス症に十分な経験のある小児科医はほとんどいないでしょうから、乳幼児突然死症候群として認識されている中に、乳児ボツリヌス症が紛れていたのかもしれません。
今回の事例を受けて、ハチミツ以外にも、子どもや赤ちゃんに与えてはいけないものがあるのではないかと話題になりました。様々なママ向けサイトやまとめサイト、新聞社などが、「実はこれも赤ちゃんにあげてはダメだった」と次々に「食べさせてはいけない」食品を示したので、「これじゃあ、一体何を食べさせたらいいのかわからない」、「いま与えているものもやめたほうがいいの?」と不安になる人がたくさんいました。多種多彩なものが「ダメだ」と書いてありました。本当にダメなんでしょうか。
各新聞社に掲載された記事の「食品安全委員会まとめ」によると、「乳児ボツリヌス症の原因となる可能性のある食品の例」としてハチミツ、自家製野菜スープ、井戸水、コーンシロップ、缶詰とあります。これがその記事の元となった食品安全委員会の資料だと思われます(http://www.fsc.go.jp/sonota/factsheets/10botulism.pdf )。
この資料で参考文献として引用されている国立感染症研究所の「感染症発生動向調査週報〈乳児ボツリヌス症のお話〉」(http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/99-47widwr.pdf)には、「離乳前の乳児には、芽胞が汚染している可能性のある食品(ハチミツ、コーンシロップ、野菜ジュース等)は避けることが、唯一の予防である」とあります。「離乳」というのはたまに母乳やミルクを飲んでいたとしても、栄養は主に食べ物から摂れる状態のことです。母乳やミルクから主な栄養を摂っている赤ちゃんには上記のものをあげないようにしましょう。
この動向調査週報に記載はありませんが、先日の死亡例が報じられて以降、ほとんどの記事に野菜スープが加えられています。週報がまとめられた1999年11月末以降に、野菜スープで発症した乳児ボツリヌス症があったからでしょう。野菜スープはダメだとすると、茹でた野菜を離乳食で与えるのは大丈夫なのでしょうか?
ボツリヌス菌は土壌・河川・海洋にいます。ボツリヌス菌毒素は加熱により無毒化できても、ボツリヌス菌芽胞は家庭の調理では死滅させられないのです。さきほどの食品安全委員会の資料や自治体の衛生部局のサイトによると、芽胞が死滅させるには、「120℃で4分間」、あるいは「100℃で6時間」加熱する とありますが、ここまでの加熱は家庭ではそうそうできません。では、土に接触せず生育する野菜なら大丈夫でしょうか。でも、国内の例のなかには過去に原因がわからなかったものもあり、ハウスダストも乳児ボツリヌス症の原因になることがあります。ハウスダストも原因だとすると全ての野菜、果物ばかりか全ての食品がお手上げです。
日本よりも報告数が多く、乳児ボツリヌス症が年間100件以上あるアメリカでは、患者さんの年齢の中央値 が生後4-5ヶ月です(https://www.cdc.gov/botulism/surveillance.html)。離乳食はやはり従来から言われて来たように5-6ヶ月で開始し、他の食中毒菌の予防のためにも新鮮なものをよく洗い、よく加熱するしかないと思います。母乳を通してボツリヌス菌、毒素、芽胞がお子さんに入ることはありませんので、母乳をあげているお母さんは、いつも通りの食事をしましょう。ハチミツは検査でボツリヌス菌が含まれる頻度が比較的高いことがわかっています。赤ちゃんにあえて与える必要のない食品です。従来言われていたように1歳まであげないようにしましょう。
「赤ちゃんの肌にハチミツを塗るのも危ないの?」という話をネットで見ましたが、赤ちゃんが舐(な)める危険があるのでやめましょう。乾燥を防ぐためでしょうが、他にも保湿剤はたくさんあります。また、井戸水や黒糖、ハチミツは、より自然で体に良さそうだというイメージがありますが、天然のものが、安全なわけではないことを知ってください。消毒や精製・加工するのは見た目を良くするばかりではもちろんなく、保存しやすく安全性を高める目的があります。
ボツリヌス菌以外の理由で、赤ちゃんにあげるときに注意が必要な食品に、無機ヒ素など成長期によくない成分が含まれているひじき、玄米などがありますが、毎食・毎日食べるのでなければ大丈夫です。形状や大きさのために誤嚥(ごえん)や窒息するおそれのある、飴(あめ)、ナッツ類、豆類、プチトマト、こんにゃくゼリーなどは、食べやすい大きさに切るとか、ナッツ類はクランチ状になっていたりペースト状になっていたりするものをあげましょう。
加えて注意が必要なのが、食物アレルギーです。好き嫌いで食べられないと勘違いされ、こっそり与えると命に関わることもあります。一方、アレルギーを心配するあまりあれもこれも除去していると栄養不足になってしまいます。独立行政法人環境再生保全機構が2014年に出した「ぜん息予防のためのよくわかる食物アレルギー対応ガイドブック」 (https://www.erca.go.jp/yobou/pamphlet/form/00/pdf/archives_24514.pdf )がわかりやすいです。
「ぜん息」とついていますが、気管支喘息のない子どもにも当てはまる内容です。ここにはとても詳しく、食物アレルギーとはどういうものか、年齢とともに有病率が減っていく様子、どういう症状が出てくるか、症状が出た際の対応方法、治療法と診断法、保育園や学校などの集団生活での対応、災害時の備えについて書いてあります。
以前は、食物アレルギーの予防のためにリスクが高いものは離乳食で与えないという指導でした。成長しても除去食にするというのが主流でしたが、現在は予防的除去をしないこと、診断がついてもなるべく最小限の除去にすること、スキンケアが実は食物アレルギーの予防に大事だということがわかっています。無料なので、ぜひ一度読んでみてください。英語が得意な方はアメリカ国立衛生研究所NIHのサイト(https://medlineplus.gov/foodallergy.html)もわかりやすいです。
この連載を担当しているアピタルの編集者は3人のお子さんのパパですが 、キウイを食べさせたところアレルギー反応と思われる皮膚症状が出たそうです。小児科に連れて行ったら「小さい子にキウイを食べさせるなんて不注意だ」と怒られたそうですが、私は怒るようなことではないと思います。確かにキウイを「アレルギー症状が懸念されるので1歳未満には注意が必要な食材」として挙げる新聞記事もあります。
でも理論上、どんな食物のタンパク質成分でもアレルギーを起こす可能性はあります。かといって、食べさせる前にリスクの高い食品について、血液検査やプリック検査(皮膚に直接つけて反応を見る検査)で大丈夫かどうか調べることもできません。上記のガイドブックにあるように食べてみるしかないのです。もしも、両親や兄弟にアナフィラキシーショックを起こしたことがある人がいたり、食べさせようとする子にひどい湿疹があったりする場合には、アレルギー専門医に相談しましょう。
<アピタル:小児科医ママの大丈夫!子育て>
http://www.asahi.com/apital/column/daijobu/(アピタル・森戸やすみ)
小児科専門医。1971年東京生まれ。1996年私立大学医学部卒。NICU勤務などを経て、現在は一般病院の小児科に勤務。2人の女の子の母。著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(メタモル出版)、共著に『赤ちゃんのしぐさ』(洋泉社)などがある。医療と育児をつなぐ活動をしている。
トップニュース
新着ニュース
あわせて読みたい
アレルギー性鼻炎や花粉症といった言葉を良く聞く季節です。専門家に、患者のための対処法のポイントを聞きました。
福島、宮城、岩手の被災地で医療、介護にかかわる人8人へのインタビュー&寄稿文です。2017年、2016年、2015年と3年間のシリーズです。
糖尿病を予防したり、重症化を防いだりするために、何ができるか? 専門医に、予防と治療について聞いてみました。弘前大学企画「よく知れば怖くない糖尿病の話」とともに、参考にして下さい。