緊迫化する米朝関係の背景で何が起こっているのか

トランプ政権の強硬姿勢により緊迫化する北朝鮮情勢。アメリカからは「全ての選択肢がテーブルに載っている」「外交的解決は非常に困難」など、軍事力の行使もほのめかされている。そもそもアメリカにとって北朝鮮とはどのような存在だったのか。一触即発とも危惧される情勢の裏で行われている抑止をめぐる心理戦、情勢改善へ向けて国際社会が取るべき対応とは。政策研究大学院大学教授、道下徳成氏に伺った。(取材・構成/増田穂)

 

 

軍事的脅威に限定した関心

 

――建国以来、北朝鮮はアメリカを脅威と考え、強く意識した外交戦略をとってきています。対するアメリカの方は、北朝鮮をどの程度重要な国と考えてきたのでしょうか。

 

今も昔も、アメリカにとって北朝鮮は、その国自体が特別重要というわけではありません。特に1948年の北朝鮮建国当初、アメリカはそこまで朝鮮半島に関心がありませんでした。当時の方針としては、情勢が落ち着いたら自分たちは撤退しよう、というスタンスだったんです。

 

ところが1950年に朝鮮戦争が勃発してしまった。戦争が起こった以上、アメリカの国益にとって死活的とはいえないけれども放ってはおけず、再び南北対立に引きずり込まれてしまったんです。今でもアメリカでは朝鮮戦争は「無駄な戦争」だったというイメージが強く残っています。

 

その後も、しばらくはアメリカにとって北朝鮮は関心の対象外でした。もちろん、1968年のプエブロ号事件や1969年のEC-121撃墜事件、1976年の板門店ポプラ事件など、米朝関係が緊迫化し、アメリカが北朝鮮との関係に神経を尖らせた時期はありました。しかしこうした一時的な危機を除くとアメリカの北朝鮮への関心は非常に限定的で、韓国が侵略されたら困るから米韓同盟で北を押さえ込んでおこう、という程度のものだったんです。

 

したがって、米朝関係改善のために対話をしようとする姿勢もなかった。例外といえば1970年代にキッシンジャーが米朝関係改善を検討したことがあるくらいで、これも結局うまく行かず、冷戦期の北朝鮮はアメリカからほとんど無視に近い扱いを受けてきました。

 

 

――冷戦期以降、アメリカの北朝鮮に対する認識は変わったのでしょうか。

 

1990年代に入って、北朝鮮が本格的に核開発を始めたことにより、北朝鮮がアメリカにとって軍事的な脅威とみなされるようになりました。アメリカとしてはソ連が崩壊してやっと一息つけると思っていたところで、北朝鮮が新たな脅威として登場してきたわけです。これはまずい、ということで対話が行われるようになりました。

 

実際、対話には一定の成果もあり、1994年には米朝間で枠組み合意が結ばれました。北朝鮮がプルトニウム型の核兵器開発を凍結する代わりに、アメリカ、韓国、日本が重油や軽水炉を提供するというものでした。関係正常化とまではいえませんが、こうした対話を通してお互いに交流するようにはなったんです。

 

ところが2001年にジョージ・W・ブッシュ政権が成立すると、北朝鮮に対して強硬な姿勢をとるようになった。同時に北朝鮮も1994年の枠組み合意の精神に反して、秘密裏にウラン型の核開発を行っていたという裏切り行為が発覚し、米朝関係は悪化します。ブッシュ氏は北朝鮮に核開発をやめるよう圧力をかけましたが、意図とは反対に北朝鮮の行動はエスカレートして、2006年には核実験までやってしまいました。そこでアメリカは仕方なく妥協して再び交渉のテーブルに戻り、2007年には新たに合意に至った。

 

 

――2007年の合意ではどのような取引きが行われたのですか。

 

2007年の合意も、核開発の凍結と引き換えに、重油などの援助を提供するというものでした。ただ、合意では全ての核施設を「無能力化」することを条件にしていたにも関わらず、北朝鮮はうやむやにして、どうもちゃんと合意を履行しなかった。この背景には、2008年の夏に金正日が脳卒中で倒れたことで内政が混乱して、外交どころではなくなっていたこともあると思うのですが、とにかく合意がしっかり実行されず、うやむやになってしまった。そうこうしている間にオバマ政権に変わったんです。

 

 

――オバマ政権の対北朝鮮外交の特徴は何だったのでしょうか。

 

オバマ政権も最初は対話路線をとっていろいろと北朝鮮に働きかけていました。ところが北朝鮮が積極的に乗ってこなかった。さっきも言ったように、私の想像では金正日が倒れて、先を危惧した北朝鮮政権が後継者問題などで混乱して、外交どころではなかったのだと思います。2011年には金正日が死去し、金正恩が後継者として最高指導者となりましたが、彼も自身の権力基盤を確立することが最優先事項で、外交まで手が回らなかったのではないかと思います。結果として、オバマ政権としては、いろいろ働きかけたにも関わらず、北朝鮮からはほとんど肯定的な反応がないということになってしまった。

 

この時期はミサイル実験の意味合いにも変化があったと考えています。それまでは「瀬戸際外交」などと呼ばれ、「ミサイルを撃たれたくなかったら援助をよこせ」などと、しばしば外交取引を持ちかけてきていました。しかし金正恩が登場してからはそれがなくなって、一方的に撃って終わりになってしまった。これはミサイル実験の目的が外交的なものから、国内での最高指導者の権威の強化という目的へと、その比重が変化したからではないかと思っています。但し、「時間はかかるが本格的な核・ミサイル保有国になることで、アメリカに対して有利な立場に立つ」という長期的な目的もあるかも知れないので、今後も注目していく必要があります。

 

 

――合意成立直後にミサイル実験を行うという、外交的には非合理的にみえる対応もありましたね。

 

ええ。オバマ政権としては、少なくとも初めは結構真剣に対話しようとしていたんです。実際に2012年には二国間交渉を行い、2月29日には「閏日合意(Leap Day Agreement)」という合意に達しています。この合意は北朝鮮が核実験や長距離ミサイルの実験を行わないかわりに、アメリカは人道支援などを検討するという内容でした。ところが4月13日、北朝鮮は人工衛星の打ち上げという名目で長距離弾道ミサイル実験とおぼしき実験を行いました。アメリカとしてはようやくたどり着いた合意をあっさり裏切られ、恥をかかされたわけです。結局、「そんなんだったら相手にしてやらない」といって無視政策路線に変更した。「戦略的忍耐」というレトリックは使ってましたが、結局は無視というか、無策でしたね。

 

 

――その結果北朝鮮のさらなる軍拡を招いてしまった。

 

そうですね。アメリカの安全保障を全く考えずに放置してしまった、という見方はあります。オバマ政権は粘り強くないんですよ。北朝鮮は「ミサイル実験」と「衛星打ち上げロケット発射」をまったく別のものと位置づけているため、「ミサイル実験はしない」とだけ言ってきても安心してはいけないんです。確かに交渉担当者としても面目丸つぶれだし、やる気がそがれるのはよくわかりますが、そこで投げやりになって「もういい」となってしまう。オバマ政権は確かに見栄えも良くていいことを言ってましたが、根気強くエンゲージするというのが苦手な政権でしたね。

 

 

軍事的圧力は諸刃の剣

 

――そうした反省なども踏まえて、トランプ氏が大統領になってからアメリカの対北朝鮮外交が大きく変化しました。

 

それには3つの理由があると考えています。1つ目には、トランプ政権はオバマ政権との違いを売りにしているので、北朝鮮に対して無策だったオバマ政権に対して自分たちはしっかり取り組んでいるということをアピールする目的があるでしょう。

 

2つ目は北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発が進み、軍事的脅威がオバマ時代より高まっているという点。グアムを射程に入れるムスダンの発射実験も回を重ねていますし、軍事パレードでも、アメリカ本土を狙うためと思われる大きなミサイルの姿が確認されています。アメリカ本土を狙ったミサイル能力が限定的だったオバマ時代に比べると、危機意識自体が高まっているといえるでしょう。

 

そして3つ目が、中国を牽制しているという見方。確かにICBMを開発している北朝鮮は脅威です。しかしアメリカにとっては、貿易問題をはじめ、中国も大きな懸念材料です。北朝鮮への影響力を持つ国として、中国に働きかけを要求することを通じて、実際は中国への圧力を強めたいという意図もあるのではないかと思っています。

 

 

――先日のトランプ政権によるシリア空爆に関しては、「必要があれば決断する政権」であるアピールとして、国際社会、特に北朝鮮へ向けたメッセージだったという見方がありますが、実際にあの空爆はどの程度北朝鮮にプレッシャーを与えたのでしょうか。

 

本質的な意味での効果は無いと思っています。北朝鮮は万が一アメリカや韓国から攻撃を受けても、報復してソウルを壊滅させられるだけの軍事力を持っている。アメリカからすれば、人口も多くて経済的にも韓国の中枢である都市を人質にとられている状態です。そう簡単には自分から攻撃できません。

 

実際アメリカは1994年に予防攻撃で北朝鮮の核施設を破壊する計画も立てたんですよ。しかし最終的には万が一戦争になったときの被害が甚大すぎるとやめることになった。当時北朝鮮は核兵器をもっていなかったのに攻撃を躊躇しているんです。北朝鮮が使える核を持った現在、リスクは当時以上です。現実的に考えてまず攻撃できません。

 

北朝鮮はそういうことがわかっているから、アメリカからの攻撃はまずないと思ってる。過去にもブッシュ政権が強硬姿勢を取ったけれど、結局何も出来ずに終わりました。オバマ時代は先ほど述べた通りです。「できるもんならやってみろ」「今回も前と同じで結局なにもできないだろ」と思っていると思います。

 

 

――というと、トランプ氏の一連の強硬姿勢には北朝鮮の動きを牽制する効果はないということでしょうか。

 

金正恩が全くアメリカからのプレッシャーを感じていないということではありません。一応心配しているように伺えるところもあって、例えばここ数週間、公に出てくる回数が減っている。あまり公に出過ぎると、露出が増える分、暗殺される可能性も高くなりますからね。90年代の主要軍事施設を狙った攻撃作戦から変わって、最近は国家や敵対グループの指導部を狙った掃討作戦が行われるようになっています。ビン・ラディンの暗殺がいい例です。斬首作戦とよばれるこうした作戦も、金正恩はまずありえないとは思っていると思います。しかし万が一に備えて安全策をとっているのでしょう。

 

やっぱり人間、嫌じゃないですか、いつ自分のところにミサイルが飛んで来るかわからないというのは。99%ないとは思っていても、1%が気になるものです。しかもトランプ氏がちょっとクレイジーっぽいですから、「もしかしたら」という意識はあると思います。場合によっては金正恩の側近もターゲットになるかもしれない。みんな精神的にも疲弊しますし、長期間そうした心理状態にさらされていたら、気持ち的に参っても来る。このままの状況が続くなら現状をどうにかしなければ、という動きが出てくるかもしれない。そういう揺さぶりというか、心理戦をしている状況だと思います。

 

 

――さまざまな戦略で心理的な圧力をかけながら、様子を見ている状況というわけですね。

 

そうです。特に金正恩がトップになってから、アメリカは現在のように軍事的に脅しをかけるような作戦を取ったことはなかったんです。金正恩としてもこうした軍事的脅威にさらされるのは初めての経験です。このプレッシャーの中で彼がどう対応するのか、アメリカとしても反応を見ているところがあると思います。北朝鮮も国家として、ここまで威嚇されれば、万一に備えて軍の準備体制を整えたり、ある程度の対応をとらざるを得ない。これは北朝鮮がアメリカや日本に対しても行っていることなのですが、圧力をかけて相手の反応を見る、威力偵察のような側面もあると思います。

 

 

――そのためにアメリカは原子力空母まで動かしましたが、あれはかなり強い圧力だったのでしょうか。

 

確かに強いメッセージにはなりますが、結局そこで攻撃するわけにはいかないので、あくまで様子見ですね。心理戦は難しいところがあるんです。空母まで派遣して、今はあたかもアメリカがプレッシャーをかけているように見えますよね。でも、これで例えば空母を目の前にして核実験をやられたらどうなりますか、という話なんです。

 

実験されて、結局アメリカが何もできなかったら、「強制外交とか言って圧力をかけているけれど、実際には何も出来ない国だ」ということになり、強制外交の効果がむしろ低下するんですよ。で、さっき言ったように、アメリカから攻撃することは相当のリスクを伴うからまずできない。だからこういう心理戦は局面一つ一つを見てもあまり意味がなく、流れとして捉えないとどちらに有利になるかということはわからないんです。

 

むやみに圧力を加えて結局何も出来ないということが積み重なっていくと、脅しの信頼性(クレディビリティ)がどんどん下がっていく。北朝鮮はその辺をよく理解していて、脅されているときにわざと一発ボカンとやったりするんですよ。それで反撃が出来ずに「ほーら何にもできないじゃん」となって、結局アメリカが対話のために歩み寄らなければならなくなる。北朝鮮としてはそれを狙っているところもあるので、こうやって騒がれるのは必ずしも悪いことではないんです。

 

 

――やりようによってはチャンスになると。

 

そうです。逆利用して逆転できるチャンスにもなりかねない。軍事的な脅しというのはそう単純なものではなくて、よく考えてやらないとマイナスになることもあるんですよ。

 

 

――今の状態ではやはりアメリカは攻撃できないですか。

 

出来ないと思いますよ。核実験をやられたからといって攻撃したら、今度は韓国がやられますからね。仮にアメリカが北朝鮮を攻撃して、その結果韓国がやられて壊滅状態に追い込まれるとします。韓国人からすれば、それはアメリカが自国の安全保障のために韓国を犠牲にしたと思いますから、ものすごい反米感情になるでしょう。特に今は選挙も近いし、ここで反米感情が高まって反米的な大統領が選ばれるという展開は避けたい。逆に適度に北との緊張関係を煽って、米韓同盟の重要性を強調しておいた方が、韓国の選挙でより親米的な候補に票が動くのではないかという目論見があるかもしれない。

 

 

――北朝鮮というカードを使って、中国だけでなく韓国へも影響力を及ぼそうとしていると。

 

そういう側面もあると思っています。【次ページにつづく】

 

 

バナーPC

α-synodos03-2

1 2

vol.218+219 特集:表現の自由とポリティカル・コレクトネス

<ポリコレのジレンマ―政治・芸術・憲法から見た政治的正しさと葛藤>

・第一部 テラケイ×荻野稔(大田区議会議員)

・第二部 テラケイ×柴田英里(アーティスト/フェミニスト)

・第三部 テラケイ×志田陽子(憲法学者)

<『裸足で逃げる』刊行記念トーク>

上間陽子×岸政彦「裸足で、いっしょに逃げる」

<連載エッセイ>

齋藤直子×岸政彦「Yeah! めっちゃ平日」

○シン・編集後記(山本ぽてと)