ウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』を運営し、手帳などのオリジナル商品を販売する株式会社ほぼ日が3月16日、東証ジャスダックに上場した。上場初日は、買い注文が殺到して初値がつかなかったが、糸井重里社長は当日の記者会見で、「問われているのは株価ではない」「鏡を見れば、そんなに美人じゃないって分かっている」とコメント。その冷静さが「反利益主義だ」「資本主義への挑戦か」と話題を呼んだ。
『ほぼ日刊イトイ新聞』は著名人との対談企画など手の込んだコンテンツが満載だが、全てのコンテンツは無料で閲覧でき、他社の広告も一切なし。「ほぼ日手帳」と関連商品が売上高の7割を占める中、利益を生み出す秘訣はどこにあるのか。糸井氏の人気が同社の収益を支えてきたとすれば、あえて上場した理由は――。
そんな不躾とも取れる疑問にも、一つひとつ丁寧に答えてくれた糸井氏。比喩表現や例え話を交え、話しながら新たな言葉を生み落としていった。インタビューは当初の予定を大幅に超過して、およそ120分間にわたった。その全容を公開する。
(聞き手は日経ビジネス編集長 東 昌樹、構成は内海 真希)
3月16日に上場してから約1カ月。何が変わりましたか。
糸井重里氏(以下、糸井):世の中ががらりと変わりますよ、と言う人がいる一方で、名前が知られているから上場する意味なんて無いと言う人もいました。どちらも本当でした。
例えば同じマンションに住んでいるおばあさん。今までは挨拶すらしなかったのですが、郵便受けの所で「上場おめでとうございます」と言ってくれました。これまで何の関係もなかった人たちの視線が全く変わった気がします。趣味でお店を開いているのとは違い、しっかりした事業をやっていたのかと見直してくれたのでしょう。
ふわふわした仕事をやっていると思われていたのかもしれませんね。
糸井:上場前に亡くなった、妻のお父さんもその一人。昔から「お宅の糸井君は随分楽しそうだね」と、冗談めかして皮肉を言われていたのですが、上場が決定した時、ケアホームで日経新聞を読んで「(東証)1部なのか2部なのか」と言ったそうです。真剣な顔で聞かれたからびっくりした、と妻が話してくれました。それに近いことが、全社員の家族で起きたわけです。取引先でも変化が起きました。
上場前は、僕らもどこかに甘さがあったんでしょうね。「うちの会社においでよ」なんて、知り合いに気軽に声を掛けたりしていたし。だから今いる社員は、無謀なことを冒険と呼ぶ人、いたずら心のある人が多いのかもしれない。でも上場を機に違うタイプの人、経営哲学や成長を重視する社員に選ばれる会社になれる気がします。
ウェブサイトの『ほぼ日刊イトイ新聞』の開設から、2018年で20年。創刊当初から、こうしたいなという青写真はあったのですか。
糸井:青写真があったわけではなく、どうなるか分からないけどやりたかった。そもそも、前にやっていたことをやめたかったというのが(ほぼ日の)始まりでしたし。
創刊1周年、2周年とやっていくと、節目ごとにちょっと感慨があるわけですよ。「そうか1歳か。これくらいでいいかな」とか、3歳になると「これからちょっと楽しみだな」とか。年齢をメタファーにして励んできたところはありますね。今は、「もう19歳だから、このくらいはできるでしょう」なんて思っていますね。