2017年5月1日05時00分
文化を守り、育てる仕事にたずさわる学芸員。日頃、美や知、歴史、科学に向きあう彼ら彼女らが、静かに、しかし強い怒りの声をあげている。
文化財を活用した観光の振興をめぐり、「一番のがんは学芸員。ふつうの観光マインドが全くない。この連中を一掃しないと」と発言した山本幸三・地方創生相への抗議である。
知人の話を聞きかじり、間違った事実認識をかさねたうえでの中傷だ。政治家として軽率、かつ著しく見識を欠く。
学芸員は博物館法に基づく国家資格だ。資料の収集や保管、調査研究、普及活動などにとり組む。国内には約5700の博物館・美術館などがあり、学芸員やそれに準じた専門性をもつ職員が働いている。
いまを生きる人々に、文化財や美術品をわかりやすく紹介し理解を助ける。それらを保護・保全し、後世に伝える。この二つが最も大切な仕事だ。
たとえば企画展を開くとき、学芸員はテーマや展示内容を決め、外部との借り入れ交渉を行い、図録やチラシをつくり、関連講座も準備する。あわせて、作品の破損や劣化がないよう展示に細心の注意をはらい、保険契約を結び、会期が終われば作品を確実に返却・収蔵する。
見せて生かす。守って残す。
この両輪を、バランスよく、着実にまわすことが学芸員の使命であり、日々、悩み、考えるところでもある。
今回の騒動の背景には、外国人観光客をさらに呼びこむために、地域の文化財や博物館を活用しようという、政府の観光立国戦略がある。だがそうした政策がなり立つのは、豊かな文化資源の維持があってこそだ。
近年は、地域の芸術祭などの大型イベントを観光の柱にすえる自治体も多く、学芸員の仕事はますます増えている。ところが国や自治体の文化予算は十分とはいえない。現場には採算重視の圧力がかかり、学芸員の世界でも、待遇の低さや、期限つきの雇用がうむ定着率の悪さなどが問題になっている。
これを放置したまま、行政が集客だ、地域活性化だと笛を吹いても、実はあがらず、先細りを招くのは明らかだ。しかるべき手当てをするとともに、広報宣伝や来館者へのサービス、円滑な輸送など、企画・展示本体を支える周辺のさまざまな整備にも知恵を絞る必要がある。
むろん学芸員自身のさらなる努力も欠かせない。展示会場でのツアーガイドの充実やネットを活用した発信などを通じて、豊かな知を届けてほしい。
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