5月1日号の日経ビジネスのスペシャルリポート「限界突破集落」では、高齢者が過半数を占め、コミュニティーの消滅が危惧される「限界集落」の中で、住民や地元企業の工夫で「限界」を超えようとする挑戦を取り上げた。
都心に住んでいる人間には想像しにくいことかもしれないが、限界集落の中には最低限のインフラすら揃わないまま生活を送っている住民がいる。大分県豊後高田市の中黒土集落もその1つ。つい6年前までマグネシウムを基準の32倍含む「黒い水」を生活用水として使ってきた。集落を変えたのは住民自らが管理する小型浄水設備だ。
「風呂の底が見えた!!」
大分空港からクルマで1時間、国東半島の両子火山群の中にある中黒土集落(大分県豊後高田市)。ここで奇妙な歓喜の声が上がったのは2011年のことだった。
この年、初めて集落に水道設備ができたのだ。それまでは上の写真右側の「黒い水」を生活用水として使っており、風呂の底も見えなかった。住民が管理する小型の浄水設備が稼働した後は、左側のきれいな水が使えるようになった。
集落の長老の1人、冨山寿満さん(87)によると、中黒土は平家の落人がつくった集落と伝えられており、西南戦争に出征した水戸藩士も後に加わった。戦前は20世帯以上が住んでいたが、現在は11世帯15人。13人が65歳以上の限界集落だ。国東半島の火山から飛んで来た灰がマンガンを多く含んでおり、土壌が黒い。これが周辺の地域名の由来であり、生活の悩みのタネでもあった。
厚生労働省によると、日本全国で水道が使えない住民は全体の2.2%(2014年度)。こうした集落には清浄な水源があり、井戸や湧水を利用していることが多い。一方、中黒土の地下水にはマンガンが混ざり、含有量は水道の基準の32倍に上る。鉄も7倍だ。
マンガン中毒疑いの症状も
この水質では農業ができず、中黒土の住民は炭焼きなどを生業にしてきた。生活用水は、井戸水をタンクに貯水して暫く放置。マンガンなどを沈殿させた後、上澄みを利用していた。しかしこれでは、残留するマンガンなどの影響で、洗濯物は茶色に染まってしまう。住民はシャツなど白い衣服は着られなかった。飲食用にも使っている住民の中には、マンガン中毒の症状と疑われる関節痛を抱える人が多かった。クルマを使える一部の住民は隣接市の湧き水で飲料水を汲んでいたが、往復で1時間もかかっていた。
限界集落に水道という大きな投資ができない自治体は多い。地方公営企業法の定めにより、水道事業は独立の特別会計で運営されているからだ。一般会計で赤字の穴埋めをする例もあるが、収益の見込めない地域への水道新設はハードルが高い。