元祖ヴァーチャル読書会レポート



○ヴァーチャル読書会とは
 ヴァーチャル読書会とは、架空の本に関する読書会です。『完全な真空』の読書会版です。
 参加者はあたかも普通の読書会であるかのように、ネタのテキストが確かに存在しているかのように装わなくてはいけません。
 例えば参加者の一人が「里子が死ぬシーンは泣けたね」と言えば、里子という登場人物がいて、どうもその人は死んだらしい(と思う人が多少なりともいるような描写がある)、しかも死ぬところは泣ける(と感じる人が少なくとも一人ぐらいはいる)シーンであるということになります。参加者の一言一言が本の中身を作り上げていきます。言霊とほらの支配する世界です。
 そして、レジュメがあります。レジュメも普通の読書会のレジュメを装っているので、肝心な情報はあまり書いてありません。わかるのは作者とタイトル、そしてレジュメ制作者の意見です。参加者はレジュメを熟読し、レジュメの内容と矛盾しないようなことを言わなくてはいけません(レジュメ制作者の誤読の可能性は常に存在しますが)。もちろん他の人の発言と矛盾することを言うのもルール違反です。
 参加者はテキストを読み終わったばかりであるように装わなくてはいけません(読んだのは昔だから覚えていないというのはルール違反です)。また、手元にテキストがあることを装わなくてはいけません。必要があれば自由に引用できます。
 ヴァーチャル読書会とは、そういうものです。

○レジュメ
 京フェス95の元祖ヴァーチャル読書会は、こんなレジュメでした。

元祖ヴァーチャル読書会レジュメ

『母の樹、世界の森』 神原 浩美 角川文庫

▲まずは、内容以外の話
 そもそもこの神原浩美っていう人、性別はどっちなんでしょうか? 著者略歴を見ても「慶応大学文学部卒業」「昭和38年、埼玉県生まれ」しか書いていないし、後書きはないし。
 デビュー作は新潮社から出ている「夢の時」だそうです。私は読んでいませんが。っていうか、「母の樹・世界の森」以外は一冊も読んでいません。不勉強ですいません。だから、著者に付いては書くことが余りありませんね。知りませんから。誰か何か御存じの方、教えてください。美術部の友人の話では「同じ名前の彫刻家がいるけど……」だそうですが、同一人物かどうかは定かではありません。彼(彫刻家の人は性別がわかっています。彫刻家の神原浩美は男です)の代表作は「水」という名前の金属の物体だそうです。その「水」っていう作品でなんたら賞(名前忘れた)を授賞している、その筋では有名な人なんだそうです。東京国立現代美術館にあるそうです。……別人の可能性大ですが。


▲そして、内容の話
・親について
 解説に辰巳孝之が書いている通りです終わり、と言って投げ出してはいけませんが、彼の意見には悔しいけど説得力があります。私の愛する大原まり子が母性を大きなテーマとして持っているのに対し、神原浩美(代名詞が使えない!)は性別を越えた純粋な「親」をテーマにしているという言い方にはとても共感を覚えます。山田Xがアリスの「親」だし、チャペックは山田Zの「親」なんでしょう。やはり、母でも父でもなく。
 しかし、「親」である部分ばかりが強調されて、親から見た子があまり描かれていないような気がするというのは深読みのしすぎから来る弊害でしょうか。章が変わるごとに次々と視点が変わっていくのはいいんですが、アリスの視点になった途端山田Xは物語のメインストリームから外れるし、山田Qの視点になった途端チャペックはサンフランシスコにいっちゃうし。
 これまた辰巳孝之が書いている通り、性別を無視した純粋な「親」はとても無理のある存在で、いろいろ不自然で不安定です。登場人物としてはそれぞれ確定した性別を持っている(持たざるをえない)彼らに、読者にはっきり見えるその性別を感じさせない(性別を無理矢理はがされた)役割を担わせるのは、すごいなぁと思うのでした。読んでいて、山田Xは女性であると知っていながらそこに感じるのは「母性」ではなく、純粋な「親性」(「お野生」は誤変換)なのだから。
・親について以外
 なんていう親についての話を全く無視しても『母の樹、世界の森』は十分面白いわけで、なんだかそんな話は全然いらないのかもしれません。読書会のねたにするには「親」の話がお手頃ですが、読むことを楽しむだけなら誰が誰の(抽象的な意味での)「親」であるかなんて気にする必要はないわけです。
 最初は墨田君(なんとなく「君」をつけてしまう)が主人公……っていうか、読者の視点を提供しているのかと思ったんですが、4章からは次々と変わってちょっとしんどかったです。でも、そのしんどさが心地好かった様に思います。いかがでしたか?
 SFの話をしていませんでしたね。あまりSFSFした話ではないとおもいますが、「タイムトラベルが出てくるからSF」という某氏の言葉の通り、やはりこれはSFなんでしょう。時間テーマSFかと言われるとむむむっていう感じですが、ファンタジーじゃないし。ね。
 タイムマシンが出てくるのにタイムパラドックスを無視するのはやっぱり多くを期待し過ぎでしょうか。結局時間線はもつれてしまっているんですね。大原まり子の「親殺し」を思い出します。


▲蛇足
 誰か、ティプトリーについての話をしたシルバーバーグの轍を踏まないかな。何となく神原浩美は男のような気がするけど。


森 太郎



○レジュメ制作者の戦略
 読書会の動向のかなりの部分はレジュメで決まります。レジュメの出来が悪ければ読書会を面白くするのは難しくなってしまいます。参加者が入りやすい話題をレジュメが提示すると話が進みやすくなります。この辺りは普通の読書会でも同じなのかも知れません。
 んで、今回のレジュメには三つのポイントがありました。作者の性別、「親」ということ、小説の構成。ネタは用意しました。あとは参加者に任せるだけです。

○読書会開始
 元祖ヴァーチャル読書会に参加してくれたのは、十人前後。ルール説明とかいろいろした後、ほら吹き大会のはじまりはじまり。

 最初は感想を自己紹介がてら一人ずつ。
 初っぱなから神戸大の宮田さんが「山田Zが死んだ時点でこの物語は終わってしまった」という衝撃的な一言で山田Zが最後の方で死んだことになります。
 全体的には難解であるとか趣味じゃないとか面白くないとかいう意見が多くあって、レジュメの通りの難解な話ということで皆の意見が一致したようです。
 最初の感想で他に重要だったのは、山本さんの「山田XとYとZが……」という言葉でレジュメにはなかった山田Yという登場人物がいたことが確定したことと、古代さんと山本さんが「親性」と神原の性別とを関連づけ、読書会の話題の中核を作り上げたことです。
 話はまず山田たちの役割と意味に関するものになりました。
 XとYは、性染色体のXXとXYに由来しているからXは女性、Yは男性、そしてZはXとYを統合したものということになり、なにやら図ったように辻褄を無理に繋げます。そしてQは、Zの死後のラストにちょこっとだけ出てくる、Zの欠点を補ったユニセックスの存在で、クオリティーのQらしいということになりました。さらに問題になるのがレジュメにYが出てこなかったこと。YはXZQに比べて影が薄い(からレジュメにも名前が出てこなかった)。男性であるYを十分に書き込めなかった神原は果たして男性か女性かが問題になってきます。
 レジュメの中ではあまり触れられていなかったアリスのキャラクターが読書会の中で決まってきます。初めに決定的に方向付けたのが、神戸大の堀川さんの「表紙のアリスにつられて買った」でした。どうもアリスは表紙に来るような、そして堀川さんの購買意欲をそそるようなルックスのキャラクターらしい。
 そして、アリスは古代さんの「主人公はアリスだと思う」の言葉などによって(レジュメ制作者の意に反して)物語の中心的な人物へと変貌していきます。そして、テキストはアリスのタイムトリップを縦軸に展開していく話らしいというような様相になってきます。アリスがかわいいかどうかについてはそれぞれ意見が分かれているようでしたが、少なくともかわいいと思う人が多少はいるようなキャラクターだということになります。宮田さんの「アリスの意識は年をとるけど外見はずっと少女のままでいる」という意見でアリスの物語上での位置が確定します。そしてやはり、そのようなアリスを登場させた神原は男か女かが議論になります。曰く「作者自らの女性性を殺しきれない部分がアリスになった」。曰く「アリスがちょっとロリロリしているから作者は男だろう」
 そして、性別の問題。山田Yと墨田君が男、山田Xとアリスが女。ZとQは性別は不明ということになりました。Xは女、Yは男、Zは親、Qは人間を象徴しているというような話になってそれぞれの山田の役割は確定していきます。問題はアリスとの関係。アリスの見方が変わっただけで山田は結局一人だけという「読み方」や、アリスが時間線を何度も往復しているとか、多世界解釈とか、もういろいろな読み方があってテキストにどんなことが書いてあるのか想像もつかないような状況。でも、細かいつっこみは入らずにそのまま次の話題へと行きます。
 最後の話題はタイムトリップについての話。タイムトリップの話になる前にそもそもアリスが本当にタイムトリップしていたのかアリスがそう感じていただけなのかがちょっと議論になっていて、話はややこしく意味不明になっていたせいもあり、まとまりませんでした。どうもアリスは墨田君に求婚されたことが原因で(何故か泣きながらタクシーに乗るっている時に)タイムトリップした(ようにアリスが感じた)らしいということになりました。
 んで、時間も来たので最終感想。
 皆の意見は「アリスはよかったけど物語(世界)自体は破綻している」というものでした。山本さんの「時代背景がはっきりしない」とか岡田さんの「ロリコン小説としてならまあまあ面白かった」、江川さんの「アリスのために世界が犠牲になった」とかいう意見に紛れて、「木一本で森になろうとしても破綻してしまうというところから『母の樹、世界の森』というタイトルなんだろう」と、堀川さんがタイトルの由来を確定させました。
 最終感想の時にみんなに聞いた評価は百点満点で、九〇点、八〇点、七五点、六二点、六〇点、六〇点、四〇点、三〇点、二〇点、〇点。平均すると五二・七点。難解な話の割には評価が高かったんでしょう。
 で、ヴァーチャル読書会はこれにておしまい。

○終わってみて
 大抵ヴァーチャル読書会は物語の粗筋が徐々に決まってくるものなのに、今回のヴァーチャル読書会は粗筋の話に全然なりませんでした。粗筋を確定させようという動きがなかったせいで物語自体は破綻してしまいましたが、話の中心が作者の性別と各人の解釈になったので私はとても楽しめました。はっきり言って、今までで一番楽しいヴァーチャル読書会でした。
 ヴァーチャル読書会はおろか読書会すら未経験の人もいたりして、初めはうまく進行できるかどうか不安だったりもしたんですが、私の心配をよそにどんどん面白い方向に話が進んでいってとってもよかったです。
 書き残したことがたくさんありますが、そろそろおしまいにします。長々とお付き合いありがとうございました。それとなにより、ヴァーチャル読書会を楽しいものにしてくれた参加者の方々、どうもありがとうございました。
 そんなわけで、ヴァーチャル読書会レポートなのでした。

(たろう)


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