5月9日、韓国では「薔薇大選」が行われる。「薔薇が咲く5月に行われる大統領選挙」という意味でつけられた表現である。大統領の弾劾によって、新しい大統領を選ぶこの選挙にバラ色の希望を抱く韓国人もいるが、その薔薇には多数のとげが潜んでいる。北朝鮮危機の最中に行われるにもかかわらず、国内の左右対立とその10年周期の振幅が、選挙を決める最大の要素となっているからである。
それゆえ、韓国の市民社会の、かつてのない分裂の中で急遽に実行されるこの選挙は、ただの大統領選挙にとどまらず、韓国の「国柄」の将来がかかる選挙になったといっていい。
2017年3月10日に弾劾か確定された朴槿恵前大統領は、2012年の選挙で投票者数の51.6%を取り、48%を取った文在寅に勝利した。獲得した票は、100万程度の僅差だった。国を二分するこの構図は、韓国社会の構造的危機を物語っている。
現在の韓国社会は、いくつかの「二分法」に集約される。対外関係においては、親米vs.反米、親中vs.反中、そして国内的には、保守vs.革新、親資本vs.親労働、そして、既成世代vs.青年世代である。こうした二分法が最高権力を決める大統領選挙に鮮烈に反映されるわけである。
この構図はいつ形成されたのか。この疑問を解くことで、今回の選挙を理解することができる。
「私には、民主主義、進歩、正義、こうしたことを口にする資格がありません」。韓国の第17代大統領であった盧武鉉(ノ・ムヒョン)が投身自殺の数日前に残した言葉である。この左派の大統領が世を去ってから、韓国社会は10年間、ビジネスマン出身の李明博(イ・ミョンバク)と「軍事独裁者の娘」朴槿恵(パク・クネ)によって統治されることとなった。
この現実は、左派系の人々にとって、打破しなければならない暗黒時代であった。そしてやってきたチャンスが朴槿恵の「国政壟斷」であり、それを処罰した大統領弾劾だった。
大きくみれば、任期5年・再選なしの大統領制を採択した現在の第6共和国は、保守派政権と進歩派政権が、10年で交代する振り子政治のパターンを守ってきた。盧泰愚(ノ・テウ)+金泳三(キム・ヨンサン)の保守10年と、金大中(キム・デジュン)+盧武鉉の進歩10年を経て、李明博+朴槿惠の保守9年半と振り子は定着していた。
こうした意味でも、今回は進歩勢力が権力の座につかなければならない、という雰囲気が韓国社会に満ち満ちていた。その雰囲気を集約したのが朴大統領弾劾を求める「蝋燭デモ」だったといえる。
こうした流れと期待を背負って出馬したのが、盧武鉉と一緒に人権弁護士事務所「労働問題研究所」を経営した文在寅(ムン・ジェイン)である。盧と文は家族より近い間柄にあった。盧の妻が夫の葬儀のまとめ役を故人の長男ではなく、盧大統領の秘書室長を勤めた文に頼んだことが二人の政治家の間柄を物語る。文の当選は、盧をしのび、金大中の統治を韓国政治の理想郷のごとく思う人々にとって念願なのである。
大統領選の2週間前の段階で、文は、2位を守る安哲秀(アン・チョルス)に対し10%程度リードを守っている。調査によって異なるが、文が4割前後、そして安が3割前後の支持を得ている。2週間で大きなドラマが起きない限り、次の大統領の座を得るのは文であろう。
だが、いまだに安の逆転を占う人が少なくない。文の執権を恐れる右派の人々が、支離滅裂な保守系の候補に票を入れず、中道系の安を支持するシナリオを描いているからだ。それで52対48のドラマをもう1回演出するというのだ。
しかし、安が代表する国民の党の母体は、朴政権での野党の新政治民主連合である。保守系の候補である洪準杓(ホン・ジョンビョ)と劉承旼(ユ・スンミン)が得ている支持は2割にも届かないものである。要するに、今回、「52対48」に持ち込んだとしても、保守対進歩ではなく、進歩勢力の中での急進派と穏健派の闘いなのである。