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 天皇退位を実現するための特例法案の骨子がまとまった。

 政府が当初示した案は、各党各会派の意見をもとにした衆参両院の正副議長による「とりまとめ」と、さまざまな点で違いがあった。このため朝日新聞の社説は「国会の軽視が過ぎる」と批判し、撤回を求めた。

 結局、問題の箇所はすべて「とりまとめ」の線に戻されたが、最終盤での駆け引きを通じて改めて浮かびあがったのは、天皇観をめぐる国民と政府の間にある深い溝である。

 退位を認めるにしても、今の陛下限りとする――。それが安倍首相の一貫した立場だった。

 天皇に終身在位を強いる制度は、明治憲法と同時に制定された旧皇室典範で確立した。皇室の歴史を踏まえ、退位を認める有力な案もあったが、天皇を支柱とする国家づくりを進める当時の首相伊藤博文が受け入れなかった。このとき女性天皇の考えもあわせて否定された。

 戦後、現行典範に切りかわる際にも「天皇の人権」の観点などから活発な議論があった。だが昭和天皇の戦争責任問題が決着しておらず、影響が見通せないとの懸念もあって、退位のしくみは採用されなかった。

 こうした旧典範以来の定めに政府はこだわり続けた。政権を支持する一部保守層の動きにも配慮してのことだろう。

 明治期に理想を見いだし、その時代に形づくられた価値観を尊重・追求する。教育勅語に関する最近の閣議決定などにも通じる政権のカラーが、退位問題でも前面に出たと言っていい。

 しかし将来の天皇も退位できるようにすべきだというのが、世論調査を通じてはっきりした圧倒的多数の国民の声だった。それは、昨年夏の陛下のビデオメッセージを機に、高齢社会における象徴天皇のあり方について、多くの人が真剣に考え、理解を深めた結果だ。国会もそう判断したからこそ、与野党の枠をこえて、見解をとりまとめるに至ったのでないか。

 政府が尊重すべきは、この国民の意向である。

 退位問題にひと区切りがついても、皇族の数が減り、活動を維持するのが難しくなっている現状にどう対処するかなど、解決すべき課題はなお多い。

 それらに取り組むとき、政府が今回と同じように、特異な時代の、特異な天皇・皇室観に立ったままでは、人びとの考えと違う方向に話が進みかねない。

 国民の思いから離れたところに皇室は存在し得ない。憲法が定めるこの原則を、政府はいま一度肝に銘じるべきだ。

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