19億年前、41個の遺伝子をもつウイルスの祖先が誕生した。
ヒトや細菌とは遺伝的系統を異にする彼らが、私たちの共通祖先に感染し、生物の発展・繁栄に不可欠なDNAや細胞核をもたらした!?
そして、その子孫たる「巨大ウイルス」が明らかにする、生命と進化の知られざるからくりとは?
前著『巨大ウイルスと第4のドメイン』刊行後の2015年6月10日。私はいつになく興奮していた。
幼い子どもがサンタクロースを心待ちにするのと同じように、私もまた、そわそわと落ち着きなく研究室を歩き回っていた。あるモノが到着するのを待っていたのである。
じつのところここ数年、これほどまでに「待ち遠しい」という感覚を体中で覚えたことはなかったのだが、このときばかりは、まさにろくろ首のように「首を長くして」、その「あるモノ」を今か今かと待ち構えていたのであった。
そうして、夕方になってようやく受け取ったその荷物の送り主は、フランス・エクスマルセイユ大学の研究者ベルナルド・ラ・スコラ博士。何重にも梱包され、大きな発泡スチロールに覆われていたのは、小さな保存用プラスチックチューブの中に入った、一ミリリットルほどのカルピスのような液体であった。
むろん、わざわざフランスから輸入しなければならないほど、カルピスに飢えていたわけではない。確かに子どもの頃からカルピスが大好きだが、そこら辺ですぐに買えるものをフランスから送ってもらう理由にはならない。
それは、顕微鏡で見なければならないほど小さな“微生物”が、うようよと大量に含まれている液体であった。あまりにも大量にいるために液体が濁り、あたかもカルピスであるかのような様相を呈していたのである(図1)。
その“微生物”の名は、Acanthamoeba polyphaga mimivirus 。日本語で「ミミウイルス」とよばれる、文字どおり「ウイルス」であった。
正確にいえば、ウイルスは微生物、すなわち生物ではない。生物ではないにもかかわらず、思わず“微生物”という言葉が出てきてしまうほどに、このウイルスは“特殊”な存在だった。じつはラ・スコラ博士は、この特殊なウイルスの第一発見者である。
カルピスみたいで美味しそうだからといって、うっかり飲んでしまっては大変だ。ミミウイルスの宿主(しゅくしゅ:感染する相手の生物のこと)は、「アカントアメーバ」という文字どおりアメーバの仲間の原生生物だが、もしかしたら私たちヒトにも感染してしまうかもしれない。
だからもちろん、飲むなんてことはしない。飲むのはミミウイルスではなく、むしろ固唾のほうだった。
本書のテーマは、ウイルスである。
多くの人の脳裏には、ウイルスといえばインフルエンザウイルスやコンピュータウイルスなどが思い浮かぶに違いない。どちらも、私たちの日常の生活に割り込んでくる厄介者というイメージだ。
もちろんそれは間違いではなく、たとえばインフルエンザウイルスは、私たち人間に「インフルエンザ」とよばれる症状を引き起こし、ときには死をももたらす災厄であるし、コンピュータウイルスもまた、誤作動や個人情報流出などを引き起こす嫌われ者だ。