金融情報の世界的メディアとして有名なブルームバーグ。ビジネスの鍵を握るニュースをいち早く伝えてきましたが、その優位性を保つために重要なのが情報処理をめぐる「テクノロジー」です。「投資銀行と違い、この会社ではプログラマーがスターになれる」。ブルームバーグのCTO(最高技術責任者)であるショーン・エドワーズさんはそう語ります。同社のテクノロジー戦略を担うエドワーズさんが来日した際、ブルームバーグが求めるエンジニア像などについて聞きました。
プログラマーが「スター」になれる会社
――これまでの経歴について教えてください。
エドワーズ:ニューヨークのコロンビア大学で電気工学の学士と修士を取りました。もともとはコンピュータの回路設計などハードウェアの分野を考えていましたが、大学でソフトウェア開発の面白さを知り、ソフトウェアの世界へ進むことにしました。まず、回路設計者向けのCADシステムを作る会社に入り、4年後、ベアー・スターンズという投資銀行に移りました。
さらに4年たった2003年、ブルームバーグに転職しました。一足先にブルームバーグに移った元同僚から熱心に誘われたのがきっかけです。最初は気乗りしなかったのですが、ブルームバーグの面接で大きな感銘を受けました。というのは、投資銀行ではトレーダーがスターですが、金融情報のテクノロジー企業であるブルームバーグでは、プログラマーがスターになれると分かったからです。それを知り、とても興奮しました。
――プログラマーとしてスタートして、14年たった今はブルームバーグのCTOを務めているわけですが、具体的な仕事の内容はどのようなものですか。
エドワーズ:主に2つの役割があります。1つは、先端的なテクノロジーについて調査するリサーチャーたちを率いて、ブルームバーグが今後、どのようなテクノロジーの方向性を取るべきかを戦略的に考えています。大学や企業、オープンソース・ソフトウェアのコミュニティなどと協力しながら、プロジェクトを進めています。
もう1つは、ブルームバーグの中核的なインフラストラクチャーのプロダクトマネージャーです。弊社には5000人近くのデベロッパーがいます。私のチームはそれほど大きくないのですが、製品開発チームのエンジニアと連携しながらと作業をしています。
情報技術に強い世界中の大学と連携
――先端的なテクノロジーというと、AI(人工知能)、フィンテック、VR、ロボットなどいろいろありますが、ブルームバーグでは、どんな技術を取り入れて展開しようと考えていますか?
エドワーズ:1つは、AIですね。私たちはかなりの時間とお金とエネルギーを費やして、AIの機能を強化してきました。データサイエンスのチームの責任者は、グーグル出身の自然言語処理の専門家です。才能のある専門家やエンジニアを数多く採用することに力を入れてきました。
また、コロンビア大やコーネル大、スタンフォード大、エジンバラ大など、データサイエンスの研究が盛んな世界中の大学に資金を提供しています。インドのニューデリー大にも奨学金も給付して、大学との連携を深めています。
このような取り組みを背景にして、AIを取り入れたさまざまな製品を開発してきました。
――たとえば、どのような製品があるのでしょう?
エドワーズ:一例として、企業の株価の変動に対応したツイッターのユーザー分析があります。株価の変化に対して、ユーザーの感情がどのように動くのか、多数のツイートをもとに分析します。ツイートが示す感情がポジティブなのか、ネガティブなのか、あるいは、ニュートラルなのかを、スコアリングしていきます。ツイッターは金融市場に対して非常に重要な役割を果たしています。その動きをリアルタイムで分析するためにAIを活用しています。
――オープンソース・ソフトウェアのコミュニティとも連携しているということでしたが、具体的にはどんなオープンソースを活用していますか?
エドワーズ:数年前に会社の基盤システムとしてオープンソースを導入する戦略を始めました。いまでは非常に重要なシステムにオープンソースのソフトウェアを使っています。たとえば、検索エンジンのLucene/Solrや、分散処理のHadoop、Sparkなどがあります。
――オープンソース・ソフトウェアのコミュニティとは、どのように連携していますか。
エドワーズ:たとえば、ブルームバーグのシステムでは、低レイテンシー(反応が速いこと)が非常に重要です。低レイテンシーを実現する技術に関して、オープンソース・ソフトウェアのコミュニティに知見を提供しています。また、いくつかのプロジェクトに資金提供もしています。
さらに、いくつかの社内プロジェクトはオープンソース化しています。たとえば、bqplotというプロジェクトがありますが、GitHubでコードを公開しています。
このbqplot は、データの可視化のためのライブラリーです。数行のかんたんなPythonのコードを書くだけで、インタラクティブなデータマップを生成できます。
――オープンソースのコミュニティでソースコードを公開する狙いはどこにありますか?
エドワーズ:我々もコミュニティに貢献したいと思っているからですね。ブルームバーグの社員にとっても、オープンソースのコミュニティ何かお返しができることが大きなモチベーションになっています。多くのエンジニアが「正しいことだからやるのだ」という気持ちで取り組んでいます。
エンジニアは「好奇心」を強く持て
――ブルームバーグのエンジニアのキャリアパスはどのようなものですか?
エドワーズ:新卒のエンジニアの場合、3カ月研修で我々が持つテクノロジーについて学びます。加えて、マーケットや金融の理論、私たちのクライアントについても学習します。そして、インフラやアプリケーションを作るチームに配属されることになります。
その後のキャリアパスはいくつかあり、エンジニアが選択できます。1つ目は、テクノロジーのエキスパートになって、テクノロジーやアーキテクチャーのシニアメンバーになるということです。
2つ目は、チームリーダーあるいはマネージャーという管理職になるということです。チームのメンバーたちのメンターになったり、ディレクションを行います。さらに、まれではありますが、他の部署に移ってプロダクト・マネージャーになる場合もあります。
――若いエンジニア候補を採用する際、どのような資質を求めますか?
エドワーズ:一言で表現するのは難しいですね。さまざまな分野で多くの人材を採用しており、その内容によって求める要件は変わってきます。ただ、通常の新卒採用の場合、コンピュータ・サイエンスの基本的な知識を持っているかどうかは確認します。コンピュータに関する知識があるだけでなく、実際にプログラミングができなければいけません。
――選考ではプログラムのコーディングも課すのでしょうか?
エドワーズ:新卒採用の場合、面接の前にオンラインでコーディングしてもらったり、面接の際にホワイトボードにコードを書いてもらったりしますね。通常は疑似コードを用います。ある問題を解決するために、どういうプロセスで、どのように思考するのかということをみています。
何か具体的な機能を実装できるかというよりも、基本的なソフトウェアの構造についての知識があるか、どのようにしてアルゴリズムを書くのかなど、全般的な知識の有無をチェックしています。
中途採用の場合は、機械学習や人工知能、ベイジアン統計解析など特定の分野の知識を持っているかどうかを重視します。また、金融工学の分野では、コンピュータ・サイエンスよりも金融の知識を持っているかどうかが重要となります。
――最後に、エンジニアを目指す学生に何かアドバイスはありますか。
エドワーズ:好奇心を強くもち、プログラミングを学習するだけではなく、オールラウンダーであってほしいと思います。数学や科学だけでなく、文学やコミュニケーションも学ばなくてはいけません。
また、チームで迅速に開発を進めていくために、それぞれのエンジニアがアイデアを的確に伝えることが極めて重要です。他のメンバーにアイデアをうまく伝えられなければ、説得することができず、仕事はうまくいかないでしょう。そのような点も意識してもらいたいですね。
【ブルームバーグ エル・ピー】
1982年、情報を通じて世界の資本市場の透明性をより高めようという信念の下、米ニューヨークで設立された。全世界で金融、ビジネス、政治の政策立案者・決定者の判断材料となる金融・経済情報を提供している。強みは、革新的テクノロジーを基盤として、データ、ニュース、分析機能を迅速かつ正確に配信すること。ブルームバーグのエンタープライズソリューションは、その強みとテクノロジーを活用することで、顧客による組織レベルでのデータ・情報のアクセス、管理、ディストリビューション、統合の効率化と有効活用をサポートしている。従業員数は世界で約1万9000人。本社があるニューヨークのほか、ロンドン、東京、香港、シンガポールなど192カ所に拠点をもつ。※会社ウェブサイト:https://about.bloomberg.co.jp/