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飼育しているアリを手にする後藤彩子さん。後ろの棚のケースにも、アリがびっしり=神戸市東灘区の甲南大
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飼育しているアリを手にする後藤彩子さん。後ろの棚のケースにも、アリがびっしり=神戸市東灘区の甲南大
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 アリの巣に“君臨”する女王アリ。その最大の仕事は、長生きをし、卵を産み続けることにある。ところが、交尾をするのは、女王の運命を背負って巣立つ時期の一瞬だけ。そのときの精子を生涯、大事に使っているという。本来、寿命が短い精子を常温で長期間生かしておくためのメカニズムが、甲南大理工学部生物学科(神戸市東灘区)の後藤彩子講師の研究で少しずつ明らかになってきた。(武藤邦生)

 後藤さんの実験室には、大量のアリがケースで飼育されている。女王アリだけで数万匹。「世界で1番、女王アリを飼っている研究室でしょう」と胸を張る。

 女王アリは、無数のメスの中でエサや温度などの環境によって特別に成長した個体。オスやワーカー(働きアリ)に比べて体が大きく、極端に長生きだ。多くの種で10年以上生きる。海外では29年間生きた記録もあるという。

■交尾は一時期

 「女王」と名はつくが、現実は厳しい。「卵を産めなくなれば、同じ巣にすむワーカーに殺されることもあり、その場合、代わりの女王が育てられたり、その巣は滅びたりする」と後藤さん。長命で多産にもかかわらず、交尾をするのは親元の巣を飛び立ち、「結婚飛行」をするときだけだ。

 一般的に精子の寿命は短い。ヒトの場合、受精能力を保っていられるのは射精後、数時間から数日。対して女王アリは10年以上、おなかの中にある袋(受精嚢(のう))に精子をため、生かしておくことができるという。

■動きが停止

 後藤さんは2011年ごろ、袋の中では精子の動きが止まっていることを発見。精子を袋から取り出すと、動き始めることも確かめた。「運動して呼吸をすると、有毒な活性酸素が生じる。貯蔵している間に精子が動くメリットはなく、動きを止めることで生かしているのでは」と指摘する。

 ただ、女王アリがどのようにして精子の動きを止めているかは、いまだ謎だ。後藤さんが最近、注目するのは受精嚢の酸素濃度。「内部は低酸素状態になっており、動きを止めることに関係しているかもしれない」といい、検証を進める。

 また、アリの受精嚢の中だけで働く12個の遺伝子も特定している。精子の長期貯蔵にかかわっている可能性があり、それらの機能の解明にも挑む。

■ヒトに応用も

 精子貯蔵のメカニズムが分かれば、ヒトや家畜などの精子の保管に応用できる可能性もある。現在は、液体窒素で極低温にして凍結させる手法が用いられているが、「常温で貯蔵することで細胞へのダメージが少なく、コストが低い、新たな精子の保管方法の開発につながるのでは」と話す。

▽地球上に1万種、日本に300種

 アリは地球上に1万種、日本だけでも300種が生息しているという。顔も、形も、大きさもいろいろ。キノコを育てたり、アブラムシと共生したりと、暮らし方もいろいろだ。「例外だらけ。女王アリが巣に1匹の種もあれば複数の種もある。『一般的な生態を持つアリ』というのは存在しない」と甲南大の後藤彩子講師は話す。

 一方、共通する特徴として、役割分担が挙げられる。卵を産み続ける女王に対して、ワーカーは同じメスなのに産卵せず、エサを集めるのが仕事だ。これを「社会性」と呼ぶ。アリと進化的に近いハチでも知られている。

 この特徴が注目され、これまでのアリ研究は、生態の研究が中心だったという。生殖メカニズムを探究する後藤さんは「ハチやアリでは、女王の繁殖能力が高いほど、高度な社会性を持つ傾向にある。精子の貯蔵が、社会性の発達にも関係している可能性がある」と話す。

 混同されがちなシロアリもやはり社会性を持つが、実は全く別の生き物。「進化的にアリが『羽根をなくしたハチ』であるのに対して、シロアリはゴキブリの仲間。昆虫の中でも遠い関係にある」という。

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