日頃から、子どもにこう言い聞かせている親は多いのではないだろうか。
「知らない人にはついていかない」
しかし、顔見知りの関係であっても、事件は起こりうる。身近な人物による犯行は「防ぎようがない」のか。すべての人を疑え、と教えるよりほかないのか。
子どもの安全に詳しいセコムIS研究所の舟生岳夫さんは、著書『子どもの防犯マニュアル』で、子どもが一人でいる時に不審者から声をかけられた時の対処法を詳しく解説している。
それが顔見知りだった場合でも、対応は変わらないという。
誰であっても「ついていかない」
友達の親などよく知っている人でも、事前に親同士が連絡を取り合っていなければ、車に乗ったり家に上がったりしてはいけない。そのルールを、子どもとしっかり確認しておく必要があるという。
「やみくもに人を疑えというのとは違います。親が、自分の子どもがどこに行ったかわからない『空白の時間』を作らないための対策です」
とはいえ、子どもは声をかけられるととっさに判断できず、「親切で言ってくれているのに断ると失礼かも」「親に怒られたらどうしよう」と思ってついていってしまうかもしれない。
「きちんと対応しなさい」といった曖昧な言い方をしていると、そうなった時に子どもは混乱してしまう。
「一人になった時に誘ってくる人がいても断りなさい」
「断ってもしつこく誘われたり、強引に連れて行こうとされたりして、怖いな、嫌だな、と思ったらすぐ逃げなさい」
「もし失礼にあたっても、あとでお母さん(お父さん)が謝ってあげるから」
このように具体的に伝えるとよいという。
忙しくても代替手段はある
千葉県で女の子が殺害された事件では、女の子が通っていた学校の保護者会長が逮捕されたことで、子育て中の親たちに戦慄が走った。
しかし、それで保護者会を否定するのではなく、むしろ保護者会やPTA、地域活動に親が積極的に関わって、近隣住民や保護者とのコミュニケーションを密にすることが防犯には近道だ、と舟生さん。不審者を見分けやすくなるだけでなく、子どもに接する大人どうしの監視の目もはたらきやすくなる。
ただ、共働きや核家族などの事情で、そうした地域のつながりをつくることは難しくなってきている。日々何も起きないことをひたすら祈りながら、やむを得ず一人歩きや留守番を続けさせているケースは少なくない。舟生さんはこう断言する。
「親の都合で子どもに高い負荷をかけてはいけません。親が忙しいなら忙しいなりに、代替手段は必ずあります」
帰宅前50メートルの対策
例えば、下校するときに自宅までの50メートルだけ、子どもが一人になる区間があるとする。その区間のために毎日、親が早く帰宅して迎えに行くことは難しい。だからといって「気をつけてね」とだけ子どもに伝え、昨日も今日も何もなかったからといって、明日は何が起きるかわからない。
その50メートルのためにできる対策はたくさんある。近所の友達と時間を合わせて帰ってもらったり、帰宅したら親に連絡するルールを作ったり、GPSつきの携帯電話をもたせたり、ママ友・パパ友同士で交代で迎えに行ったり預かり合ったり……。
特に、定期的に親が子どもと一緒に通学路を歩き、子ども自身に危険な場所や死角を見つけさせ、認識させるとよいという。
普段は見かけない車が止まっている、不審な人物が立っている、何かあればこの店に助けを求めることができる、この方向に走ったほうが大通りに出やすいーー。
子ども自らが危険を察知し、「おかしい」「怖い」と感じ取れる力を育てることこそ「最大の防犯」だと、舟生さんは言う。
「まじめな親ほど、自分の力だけで子どもを守ろうとしますが、そんなことは無理なんです。地域の力に頼り、子ども自身の力を育てなければ、子どもを危険から守ることはできません」
危険人物は身近にいる
警察庁の統計によると、2014、2015年、強姦の被害者(成人を含む全年齢)の過半数は、加害者と顔見知りだった。子どもの場合でも、身近な人物に安心しきっていいという根拠はどこにもない。
埼玉県富士見市でベビーシッターの男が預かっていた男児を殺害した事件や、子ども向けキャンプ旅行に同行した添乗員らが児童ポルノ撮影グループだったとされる事件など、子どもや親の「信頼」が利用されるケースもある。
性犯罪加害者の再犯防止に取り組む「性障害専門医療センター(SOMEC)」の代表理事、福井裕輝さんは「こうした事件に驚くのではなく、起きて当然だと考えて対策すべき」と話す。
「小中学校の教員、保育士などの一部に、性的嗜好の対象が子どもである人物が交じっているのは事実です」
SOMECでは、性犯罪の加害者や、自身の性的嗜好に悩む人たちを対象に、グループプログラムを通した治療をしている。認知行動療法(カウンセリング)に加え、薬物療法(ホルモン治療)をすることもある。
強姦、強制わいせつ、DV、ストーカー、痴漢、盗撮などの犯罪につながる性的嗜好のなかでも、小児性愛(ペドフィリア)は「犯罪行為に移しやすい」。子どもは大人と比べて抵抗しにくく、被害を訴えにくいからだ。
そうした「対象」がたくさんいる学校や幼稚園、保育園、塾、マンションなどに、小児性愛の嗜好を抱えている人物が入り込むのは当然の流れだ、と福井さんはいう。
「危機感をあおるわけではありません。むしろ『いないはずだ』と根拠なく思い込みすぎではないでしょうか? 子どもの身近に小児性愛者がいることを前提に対策をとらない限り、子どもの被害をなくすことはできません」
教壇の下でオナニー
SOMECの患者の中には、子どもたちがテストをしている姿を眺めながら、教壇の陰でマスターベーションをしていた小学校教諭がいたという。本人が治療を希望したことで発覚したが、こうした行為は明らかになりにくい。
「例えば、女子が着替えている部屋に突然、見知らぬ男性が入ってきたら問題になるが、それが男性教諭であればとがめられにくいですよね」
業務上の必然性との線引きは難しく、犯罪行為であっても子どもに自覚がない場合もある。男性保育士による女児のおむつ替えの議論も同様だ。
警察庁は、子どもへの性犯罪の再犯を防ぐため、加害者の出所後の所在確認や面談を実施している。福井さんは、犯罪を未然に防ぐためにはそれにとどまらず、海外で実施されているような「スクリーニング」を日本でも導入するべきだ、という。
スクリーニングとは、小中高校の教員などを志望する人に対し、小児性愛の嗜好があるかどうかを確認し、場合によっては現場からシャットアウトするためのもの。性的な興奮パターンを自己申告するほか、測定器をペニスに巻きつけて児童ポルノ画像などを見て、ペニスの大きさの変化を調べる方法などがある。
「職業差別や性的嗜好差別など、さまざまな観点からの議論は必要ですが、被害にあう子どもを本当になくしたいのなら、一つの方法だとは思います」
「気をつけよう」では守れない
現状で、子どもを守るためにできることは何か。福井さんは、日本では小児性愛に対する危機意識があまりにも低い、と指摘する。
小児性愛者や犯罪者が子どもの近くにいる可能性は十分にある。親が知らないだけで、子どもが嫌だ、怖いと思うことがすでに起きているかもしれない。
まずその前提に立って、通学路や見守りの体制を見直すこと。「まさか」「ありえない」で思考停止しないこと。
「気をつけてね」などの曖昧な言葉で、親の不安を子どもに転嫁するのではなく、「いますぐ具体的な対策をとる」。その点で、2人の専門家の意見は一致している。