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これも、村山精二さんに評していただいた作品。

第2詩集「眠れない時代」に収録されている。

季節的にも、いいかなって思って。          

 

                    びん        

               鬼瓦の敏ちゃん

 

鬼瓦の敏ちゃんは そのあだ名のとおり
ギョロリと睨まれただけでも
大のおとなが お漏らししてしまうほど
強烈な いかつい面構えをしていたが
実のところ 本当に気の毒なほど
気の弱い チンピラだった

ある時 弁天様の彫り物を
胸に入れようとしたのはいいが
あまりの激痛に耐えかねて
途中で ほっぽりだしてしまったと聞いた時
ぼくは一日中 家の中で笑い転げていた

ヤクザ失格の烙印を押されて
組事務所を追い出された鬼瓦の敏ちゃんを
次に見たのは 高校の近くの工事現場で
慣れない手つきで つるはしを
振りかざしているところだった

ぼくと 年端も違わないような若造に
顎でこき使われながら ペコペコと
頭を下げている鬼瓦の敏ちゃんの
ランニングシャツから見え隠れする
中途半端な弁天様がひどく哀しかった

だけど そんな鬼瓦の敏ちゃんの
唯一の自慢はといえば
とびっきり かわいいお嫁さんをもらったことで
ふたり仲良く 手をつなぎながら
コンビニあたりで
買い物している姿を
ぼくは 何度も目撃している

そうして

桜の花びらが散って 緑の風が吹いた
ある日の朝 長屋造りのいちばん端っこの
鬼瓦の敏ちゃんの住まいの玄関先に
ちっちゃな ちっちゃな
こいのぼりが 立った

「ほんのり甘くて、ホッとして、そして何がしかの哀愁を感じさせる詩集です。第2詩集とのことですが、おそらく第1詩集から純粋な視座が続いているのだろうと思います。紹介した作品は「鬼瓦の敏ちゃん」という人間が良く描けていますね。「気の弱い チンピラ」を見ている「ぼく」の視線もあたたかで、これは著者の生来のものでしょう。
まだ40代の、将来が楽しみな詩人の作品を味わってみてください。」(村山精二)