辻仁成「太く長く生きる」(21)映画で東京の音の地図作りを
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映画監督としてのキャリアは1995年の自主映画「天使のわけまえ」まで遡ることになります。そこからはじまって最新作「TOKYOデシベル」まで22年間、9本の映画を撮ってきました。ベネチアやベルリン映画祭などへの出品経験はありますが、大きな受賞も映画がヒットしたという経験もありません。そういう意味では職業監督と言い切ることは難しいかもしれませんが、続けてきたことには誇りがあります。
この作品「TOKYOデシベル」には原作があります。もともとは文芸誌新潮に掲載された「音の地図」がその第一歩。1995年に発表、その年の三島由紀夫賞の候補作となりました。「アンチノイズ」と改題され単行本化、そして2005年、フランスでの出版時に「TOKYOデシベル」と改題。その後、日本の文庫も「TOKYOデシベル」に統一されました。音の変化が私にタイトルの変更を余儀なくしてきた、と言うことができるかもしれません。小説の中に出てくるテレクラは今もあるかもしれないのですが風俗の主流ではなく、また、東京のサウンドの時代的背景も大きく変化してきました。携帯一つとってもその音はもう全然違います。都市のノイズも変わりました。映画化のアイデアは「音の地図」の頃からあったのですが、20年の歳月が小説のタイトルの変更同様、東京の音のとらえ方にも変化をもたらせます。そして、21世紀の音を目指し映画のタイトルも「TOKYOデシベル」に落ち着くことになるのです。
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ともかく、東京もそこに住む人々もこの20年の歳月の流れの中で変化をしました。しかし、そこには夥しいほどの人間が暮らし、様々な音を発しているわけです。目に見えない東京はいったいどのように変化したというのでしょう? 私はそのことを心の片隅に持って、この映画の製作に当たりました。東京の音の地図とはどのようなものか、と耳を澄ませながら、この映画の構想を練り続けたのです。映画の後半に夕景から夜景へと微速度で撮影された映像がコラージュのように次々織りなしていく場面があります。ここには地球の鼓動のような心拍音が仕込まれています。録音部が都内各地で集音したありとあらゆる東京の音が埋め込まれています。その音の体積こそ、私たちが生きるもう一つの東京の顔でもあります。その作業はまるで東京に人格を与えるような仕事でした。見慣れた東京が、人間の知覚を超えて高速で変異していくところに、映画監督としての醍醐味を味わうことになります。東京に人格を与えたかった。東京をもう一人の主人公にしたかったわけです。果たしてそれが成功したのかどうか、は観客の皆さんの判断にゆだねることになります。2017年の東京を私はスクリーンに焼き付けました。
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私の最初の職業はミュージシャンでした。1985年、 レコード盤からデジタルのCDへと移行するタイミングにデビューしたので、ファーストアルバムにはレコードとCDの双方が存在しています。音の柔らかさや硬さが違います。広がりも狭まりも、ぬくもりも冷たさも異なります。あれから30年以上の歳月が流れました。音が進歩したといえるかどうかはわかりません。音にもある種の限界点があるように感じています。でも、音楽が消えてなくなることはないのです。同じように都会の音が消えることもありません。そこに人間が生きる限り、都市は音の地図を描き続ける。この作品を通して、人間関係の和音のずれや心の叫び声に耳を傾けてもらえたらと思いました。東京の移り変わりの中で、見えない世界も変化しています。
私は音の映画を作りたいと思った。「TOKYOデシベル」は音楽、文学、映像と続けてきた私の表現者としての一つの到達点かもしれません。映画館の素晴らしい音環境の中でぜひ体験していただきたい映画なのです。
辻 仁成(Tsuji Hitonari) 2016年10月にウェブマガジン「デザインストーリーズ」を開設。デザインと世界で活躍する日本人の物語、生きるヒントを届ける“ライフスタイルマガジン”。辻編集長のインタビューはこちら! 2017年5月20日に、9作目の監督作品となる映画「TOKYOデシベル」が全国ロードショー予定。 ※公開映画館などはこちら。 |