どうもです。すーくです。
「毎朝起きるのすごく早いね」と言われることがあります。別に、4:00や5:00といった朝日が登る前に起きているわけではないんですが、例えば、7:00に起きれば十分なところを6:00に起きるようにしています。
「何でそんなことしているの?」と聞かれても、自分でその答えが見つからなかったんですが、最近一つの考え方に基づいていたことに気づきました。
それは…
何かを強いられるのは嫌だ
っていうも考え方でした。なので早起きをテーマに、そのことについてお話しようと思います。
時間に追われる生活はしんどい
僕の基本的な考え方は、「何かを強いられる生活は嫌だ」ということです。多分、「やらされる」ことに快感を覚える人って少ないんじゃないかな。
例えば、朝寝坊しちゃってすごく焦っている場面をイメージしてほしいです。
朝時計を見て飛び起きて、洗顔や着替えを、普段は30分の所を15分で済ませて息付く暇もなく出発。
全力疾走で自宅から最寄り駅まで向かうバス停に到着。ギリギリでバスに乗車するも、そんな時に限ってバスが渋滞に巻き込まれたり
駅に到着後も、持てる力を出し切って改札を過ぎて階段を上り、息も絶え絶えにギリギリ電車に間に合う…
こんな生活はしんどいです。これほど極端ではないにせよ、時間を気にしながら行動するのは疲れます…
選択肢がないのはしんどい
こんな生活が嫌なのは、気を張るとか時間に気を取られるとか、遅刻する不安によるストレスとか…色々考えられるけど、疲れる一番の原因は
そうせざるを得ない状況だから
なんですよね。自分で今日は早く出ようと思って同じ時間で出発しても疲れないはず。
「〇〇しなさい!」と言われるのが嫌なのと根本的には一緒で、
そうせざるを得ない状況に追い込まれるのは嫌なはず
早起きするのは選択肢を持つため
だから、ぼくは「やらされている」感覚を感じないように早起きしています
寝起きからすぐ出発したくないと思った日には珈琲を飲んでリラックスしてから行けるように。面白いテレビ番組の録画をどうしても見たくなったら見れるように。
結果的に同じことだったとしても、数ある選択肢の中から自分が選んだ結果と、それを「選ばされて」選んだ結果であれば、自分で選んだ方が精神的にすごく気楽
このように過ごすために、早起きを無理にしているのではないです。
早起きしない選択と、早起きする選択の二択から、「早起きする選択」を選んでいます。
早起きすると、行動を選択できる機会が増えるんで、オススメですよ。