ニトリを創業し、現在も経営の陣頭指揮をとる似鳥昭雄会長(73)に聞きました。(経済部 長野幸代記者)
ロマンとビジョンが成長を支える
「私はサラリーマン時代、広告会社に入って、バスのステッカーなど広告をとる営業マンとしてスタートしましたが、契約が1件もとれませんでした。6か月で辞めてほしいと言われ、会社を辞めました。そのあと何社も入社試験を受けたけど全部落ちて。北海道内で転々と土木作業をしていました。仕方なしに今の家具を始めたんです」
似鳥会長はことしの入社式で、自身のサラリーマン時代を「劣等生」だったと振り返りました。そんな似鳥会長は昭和42年、23歳の時、実家近くの札幌市北区で当時、周辺に少なかったという家具店を始めます。高度経済成長の波にものって、2号店を出すまでになりますが、ライバル店との競合で経営は行き詰まり、ヒントを求めて視察に訪れたアメリカで転機を迎えます。28歳の時でした。
「知人に40万円借りてアメリカに家具の研修に行きました。もう、すべてが豊かでびっくりしましたね。家具の価格は3分の1。品質も機能も、使う側、買う側の立場に立っていて、サイズも品種も多い。トータルコーディネートができる。日本との違いにとにかく驚きました。この時、日本の住まいもアメリカのようにしたいと思ったんですね」
「私は劣等生で全然仕事ができなかった。だけど、劣等生でも、ものの見方や考え方が変われば人生が変わる。誰でも劣等感があるけど、考え方が変われば、ロマンとビジョンを作れば成功できる」
似鳥会長が抱いた「ロマン(志)」。それは視察に訪れた当時のアメリカの豊かな住環境を日本で実現することでした。そして、アメリカ視察から7年後の35歳の時には、当時7店舗、30億円程度だった売り上げを100店舗、1000億円にするという「ビジョン(長期目標)」を掲げました。
「ニトリの成長を支えてきた企業文化は、ロマン、ビジョン、意欲、執念、好奇心の5つ。ニトリは創業してことしで50年になります。長い時間をかけてこの企業文化を創ってきました。この5つの原則があったからニトリの今がある。個人も同じで、ロマンとビジョンを持ってほしい」
試行錯誤を繰り返し成長軌道に
アメリカ視察後、似鳥会長はさっそく動き出します。金融機関を説得し、3号店を出店。好立地もあって経営も持ち直しました。しかし、拡大を目指し人材の育成を急ぐあまり、スパルタ教育で新入社員を全員や辞めさせてしまったり、安定した仕入れ先が確保できず、損失を出したりとトラブルも相次ぎました。
それでも昭和55年には、札幌市に当時としては珍しい家具専用の大規模な6階立ての倉庫を建設します。メーカーからのまとめ買いを可能にするとともに倉庫内の機械化を進めることで、人件費を抑え、商品の値下げにつなげました。
さらに、商品の企画から製造、販売、搬送までを一貫して自社で行う経営手法を導入するなど試行錯誤の結果、昭和63年からことし2月期まで30年連続で増収増益。この30年で売り上げは50倍の5129億円、経常利益は164倍の875億円になりました。
成功体験を否定せよ!
成長の秘けつは、「ロマンとビジョンがあるから」と話す一方で、似鳥会長は成功体験を否定し、つねに改革を続けることが重要だと言います。
「着るものも身につけているものも、室内の中のものも、もう、みんな持ってるんですよね。ですから、今までにないもので『いいな』というものが出てこない限り、消費は増えていかないと思いますよ。価値、バリューを見いだせないと消費に向いてこない。だから今までをどんどん否定して、ものの入れ替えだけ、改善じゃだめだと。全く違ったものを作っていくっていう改革ですよね。やはりお客さんは、雰囲気だけじゃなくて、商品そのものの価値がないと買い物をする気にならないですよね」
似鳥会長が「成功体験の否定」の一例としてあげるのが、商品の開発体制の見直しです。それまで、ほとんどが男性だった商品開発の担当者に5年前からは女性を積極的に起用し始めました。増収増益を続けていても、女性のニーズには応えられていないのではないかという疑問があったからです。
開発担当者のおよそ4割が女性になった今では、これまでになかったデザインや色合いの商品が生まれるようになり、ヒット商品も生まれているといいます。
都市部への出店が生み出した新たなイメージ
ニトリの国内外の店舗数は483店(4月23日時点)にのぼりますが、2022年にはおよそ2倍の1000店舗にするという目標を掲げています。郊外の店舗が中心だったニトリが最近、特に力を入れてるのは都市部、デパートなど商業施設のテナントとしての出店です。
「都心部の人たちから、『遠くて行けない』『車もない』という声が多数あって、早く都心に出たいなと思っていたんですが、なんたって家賃が高い。出店しても赤字になっちゃうということで、ずっと郊外に出店していました。だけど、プランタン銀座(現:マロニエゲート銀座)のオーナーから出店してほしいと要望があったんです。そこでお互いにそんなに儲からなくても採算がとれたらいいという話し合いをして家賃を設定して、2年前にオープンしたんですよね。それでふたを開けてみると売り上げは目標の150%ぐらいになった。利益も出ないと思ったのが、ある程度でるようになった。すると、ほかのデパートや商業ビルの方から出店の話が舞い込んできました」
安さで成長してきたニトリですが、都心の店舗では、従来より少し高めの商品「中価格帯」の品ぞろえを充実させました。例えば、タオルでは100円台の商品は少なめにして、300円台の品数を増やしました。従来の売り方を見直すことで、手ごろで品質のよいものを買うことができるというニトリの新たなイメージを作り出すことに成功したと言います。
「今までニトリは、安いけどまあまあの品質というイメージだったんですが、デパートでは品ぞろえを中価格帯の商品の比率を高めて、ニトリらしくないというか、デパートにおいてもおかしくないけど値段はデパートの半分以下。だからおしゃれとか、センスがいいとか、かわいいとか今までのニトリと全然違うイメージで捉えてくれた」
“リアル店舗”の強みを磨け!
人口減少などによる国内市場の縮小、ネット通販の拡大など小売店を取り巻く環境は厳しさを増しています。しかし、似鳥会長は企業としてまだまだ成長できると考えています。
「人口が減っていくから難しいと言っても、(家具やインテリアなどの市場全体の)売り上げは何兆円もあるんですよ。要はシェアの取り合いですから、やり方次第でどんどん増やしていける。私たちのシェアは全体の10~15%の間ですが、少なくとも今の倍はいけると思うんですよね。ネット通販は、うちもやってますけど、ネットじゃ決めきれないお客さんがたくさんいる。やっぱり触ってみなきゃわからない、とかね。特に繊維関係とかは色も見てみなきゃわかんないし、機能も実際動かしてみるとかね。だからネット社会っていうものは限界があると思うんですよね」
「店に来て、『あっ、こんな便利なものがあった』『こんなすばらしいコーディネートや空間を提案してくれる』とかがあると、買い物が楽しいじゃないですか。そのうえでいちばんの楽しさは安さなんですよ。ニトリに来たら、値段のことは考えないで買い物ができると。ホームファッションも、値段見ないでぱっとカートに入れられると。これは、買い物のいちばんの楽しさだと思うんですよ」
勝負は80歳代
73歳になった今も、会社の成長に情熱を傾ける似鳥会長。自身の年齢について「まだ73歳。勝負は80歳代だと思っている」と話していたことが印象的でした。
15年後にみずからの手で3000店舗を達成したいという似鳥会長が、変化の早い消費者のニーズを取り込むため、今後、どんな戦略を考えていくのか、引き続き取材していきたいと思います。
- 経済部
- 長野幸代 記者
- 平成23年入局
岐阜局・鹿児島局をへて経済部
現在、流通業界を担当