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【社説】

措置入院制度 治安の道具にするな

 精神障害者の監視ネットワークづくりではないかとの懸念が拭えない。今国会で審議されている厚生労働省の精神保健福祉法改正案のことだ。医療を治安維持の道具として利用するのは許されない。

 法案の最大の焦点は、措置入院制度の見直しだ。精神障害のために自傷他害のおそれがあると診断された患者を、行政権限で強制的に入院させる仕組みをいう。

 見直しの主眼は、措置が解除されて退院した患者を医療や保健、福祉の支援につなぎ留める体制づくりにある。

 確かに、患者の地域での孤立を防ぎ、社会復帰を後押しする手だては制度上担保されていない。入院形態を問わず、退院後の支援の空白を埋める取り組みは大切だ。

 だが、さる一月の国会施政方針演説で、安倍晋三首相は相模原市の障害者殺傷事件に触れ、こう述べている。「措置入院患者に対して退院後も支援を継続する仕組みを設けるなど、再発防止対策をしっかりと講じていく」

 政府の真の狙いが犯罪抑止にあるのは間違いあるまい。精神障害者をあたかも犯罪者予備軍とみなす無理解や偏見が底流にないか。そういう疑念を招くような法案は、直ちに取り下げるべきだ。

 現に想定されている支援体制も、患者を追跡し、監視する全国ネットワークというほかない。

 かいつまんでいえば、行政は病院などと協力し、患者が希望するか否かにかかわらず、措置入院中に退院後支援計画をつくる。退院した患者はどこに住んでも、その支援計画がついて回り、地元の行政が面倒を見にやって来る。

 さらに、犯罪行為に走りかねない思想信条を抱いていたり、薬物依存だったりする場合に備え、警察と連携する段取りになっている。患者に寄り添うべき医療や福祉を、患者を疑ってかかる治安対策に加担させる構図といえる。

 これでは患者の自由も、プライバシーも奪われかねない。精神障害者全体への差別を助長するおそれもはらんでいるのではないか。

 見直しの出発点は、障害者殺傷事件を受けて厚労省有識者チームがまとめた提言だ。真相究明を待たず、容疑者の措置入院歴にこだわり、精神障害によって犯行に及んだとの推測を基に議論した再発防止策にほかならない。

 だが、容疑者は刑事責任能力ありと鑑定された。よしんば責任無能力だったとしても、異例の一事件が立法事実になり得るのか。共生の理念は治安とは相いれない。

 

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