名大グループが成功
カーボンナノベルトの合成に成功したのは、名古屋大学大学院理学研究科の伊丹健一郎教授の研究グループです。
赤く光る物質。これが世界で初めて合成されたカーボンナノベルトです。1つ1つの構造を詳しく見ると、48個の炭素原子が正六角形を作りながらベルト状につながっていて、直径がおよそ100万分の1ミリと極めて小さいものです。その構造について、伊丹教授は「六角形の部分はベンゼンの構造ですが、これが互いに辺を共有しながらベルト状になっています」と説明します。
無謀と言われても挑み続けた
カーボンナノベルトは、およそ60年前から理論上は合成できると言われ、その美しい構造を追い求めて世界中の化学者が挑戦してきました。しかし、正六角形に結合した炭素原子を曲げると、大きなひずみができて不安定になるため合成できず、“夢の分子”と呼ばれていました。
それでも伊丹教授は、名古屋大学に着任した12年前からカーボンナノベルトの合成に挑んできました。周りの研究者からは「無謀だ」と言われたという伊丹教授に、挑み続けた理由について聞くと、「化学者がずっと追い求めていた“夢の分子”、難攻不落というか、前人未踏ということにひかれた。自分たちの手でどうにかしてあげたいと思った」と話します。
合成を確認した瞬間、歓声が
研究グループは、さまざま合成方法を試しては失敗を繰り返していましたが、近年、世界中のライバルたちとの競争が激しくなったため、平成27年9月からの1年間は10人以上の態勢で研究に集中したといいます。
そして、ついに去年8月3日、その合成に世界で初めて成功。研究グループは、石油の成分の1つ、パラキシレンを材料として使い、10段階の化学反応を経て、輪っかのような状態から最後に正六角形の構造を作ることで、合成に成功しました。
去年9月28日、X線を使った解析でベルト状の構造が確認されると、固唾を飲んで見守っていた研究グループのメンバーから歓声が上がりました。
この時の心境について伊丹教授は「今までの人生の中でいちばん興奮した瞬間です。みんなで作ったものなので全員に感謝しましたし、一生忘れることはない」と振り返ります。
“次世代の材料”作成への道、開けるか
このカーボンナノベルト。次世代の材料として開発や研究が進められている「カーボンナノチューブ」と構造が似ていることも確認されています。
カーボンナノチューブは、平成3年に名城大学大学院の終身教授、飯島澄男さんが発見した物質で、炭素の原子が結びついて直径100万分の1ミリほどの筒のような形をしています。カーボンナノチューブは、軽い上に鉄を上回る強度があり、電気を効率よく通す特性を持っていることから、“夢の素材”と呼ばれ、スマートフォンのタッチパネルなどの材料として実用化が進められています。しかし、今の作製方法では大きさや構造がバラバラなものが混ざり合ってできてしまうことが課題になっていました。カーボンナノベルトの合成が可能になったことで、性質が均一なカーボンナノチューブを作製する道が開かれようとしています。
これについて伊丹教授は「今回作ったカーボンナノベルトはカーボンナノチューブのいちばん短い部分に対応している。理想的には、これを鋳型にして炭素原子を足していけば、きれいなカーボンナノチューブができると考えられる。やっとスタート地点に立ったところだが、カーボンナノチューブを作っていきたい」と意気込んでいます。
世界中の研究者の手に
カーボンナノベルトは、ことし中にも試薬会社から世界に向けて販売される予定です。伊丹教授は、世界中の研究者が手にすることで、今までにない新たな性質や機能が発見されていくことをいちばん楽しみにしていると言います。
およそ60年前から世界中の化学者が夢見てきたカーボンナノベルトが、私たちの生活にどのように役立つのか。ノーベル賞受賞者をこれまでに6人輩出している名古屋大学から生まれた“夢の分子”の発展に期待が高まっています。
- 名古屋放送局
- 松岡康子 記者