銭湯を学びの場に はだかの学校4月24日 13時32分

田村祐一さん

東京都台東区、上野駅から徒歩１０分ほどのところにある銭湯「日の出湯」に開校したのが「はだかの学校」です。

銭湯は、昭和４０年代には東京都内だけで２６００軒余りありましたが、今は６００軒余りに減っています。姿を消しつつある銭湯という施設を再び多くの人が集まる場所にしようと、俳優の伊勢谷友介さんや、大手広告代理店、アサツー ディ・ケイなどが協力して始めたプロジェクトが「はだかの学校」です。地域に根付いた銭湯を新たな学びの場として捉え、お風呂の中で授業を行います。まさに裸のつきあいを重視しています。

プロジェクトの中心は、日の出湯のオーナー、田村祐一さん、３６歳。「はだかの学校」の校長を務めます。田村さんは、東京・蒲田にある老舗銭湯の跡取りとして生まれ育ちました。大学を卒業後、有限会社「日の出湯」に就職。２６歳で取締役に就任し、ＳＮＳでの情報発信を打ち出して銭湯の経営改革に力を注いできました。

田村さんが「はだかの学校」を始めたきっかけは、数年前、銭湯に通う９４歳の常連客と話したことです。日の出湯がある上野の街の昔の姿や戦時中の話など、今ではなかなか聞くことのできない「ナマの話」が、田村さんの耳に新鮮に響きました。地域ならではの話が聞けて、コミュニティーが生まれる。銭湯のそんな魅力を大切にすれば、全国の銭湯が盛り上がっていくかもしれないと考えました。

「はだかの学校」が開校したのはことし３月です。４月２２日には２回目の「授業」が開かれました。評判を聞きつけた私も、早速「聴講」に行ってみました。

集まってきた生徒は、２０代から７０代までの男性１１人、女性９人の合わせて２０人。授業は男湯と女湯の２部制で行われます。のぼせてしまわないよう、授業時間は１５分程度で、授業の開始前には、気分が悪くなる前に湯船から出てくださいとスタッフが呼びかけていました。

この日の講師は、落語家の立川かしめさん。授業のテーマは、落語です。立川さんは江戸時代の庶民の暮らしから、銭湯との関係性をひもとき、当時の生活ぶりなどをおもしろおかしく話しました。男性は湯船につかりながら、女性は足湯で、授業に聞き入ります。

授業の風景はＳＮＳでも発信されるので、生徒は原則、タオルを巻きますが、男湯は裸。講師の立川さんも、男湯ではタオル１枚の姿で、裸のつきあいです。浴場に立川さんの朗々とした声が響き渡ると、参加した人たちからは、汗とともに、自然と笑顔が生まれていきました。

生徒の顔ぶれはさまざまです。毎日のように銭湯に通う「常連さん」のほか、銭湯にあまり行くことがないものの落語を聞きたいと参加した女性も。「いつもの銭湯がふだんとは違う雰囲気で、とても楽しかったです」「落語を聞くのは初めてでしたが、銭湯と落語の関わりなど、知らないことを知ることができて、とても楽しかったです。また出席したい」などの声が聞かれました。

ドイツから日本に旅行中で、銭湯で落語を聞けることをフェイスブックで知り、息子と２人で参加した人もいました。「日本に留学していたときは毎日、京都の銭湯に通っていました。銭湯で日本の落語が聞けて、とてもよかった」と満足そうでした。

ドイツから旅行中の親子

３月に開かれた１回目の授業では、料理道具の問屋街として知られる浅草・かっぱ橋道具街の老舗の料理道具屋の６代目で、テレビなどでも活躍している飯田結太さんが講師に。大正時代から続く店の歴史や、日本ならではの古道具を披露し、会場を沸かせました。

そんな「はだかの学校」には校歌や校則もあります。

一つ、心も体もはだかになって、授業を聞くこと。
一つ、年齢も肩書きも、校内では忘れること。
一つ、学校では知らない人と積極的に話すこと。
一つ、ご近所じゃない人とこそ、仲良くすること。
一つ、授業が面白くても、１０分に一度は必ず湯船から上がること。
一つ、人に教わりたいことがあれば、学校に申し出ること。
一つ、人に伝えたいことがあれば、先生になること。

銭湯ならではのユニークな校則が並んでいます。校長の田村さんは、講師も生徒も裸になって湯船につかりながら学ぶことで、個人の立場や肩書に関係なく、一緒に学び、話をできる場が生まれると考えています。

私自身も、休日や仕事が早く終わった日の夜には自宅近くの銭湯に足を運びます。年配の人から同世代の人、幼い子どもを持つ親まで、ふだんなかなか顔を合わせることのない人との会話も、銭湯でなら、なぜか弾みます。そんな銭湯の魅力が失われないでほしいと強く思います。

「はだかの学校」の次回の授業のテーマは「囲碁」。囲碁の魅力を伝える活動に取り組んでいる若き起業家が講演します。毎回、さまざまなテーマで授業が行われる「はだかの学校」。銭湯が地域を元気にする場にしたいという主催者たちの思いが共感を呼んで、日の出湯の取り組みが全国各地の銭湯に広がり、かつての活気ある銭湯の姿を取り戻していってほしいと感じました。

「はだかの学校」は、日の出湯で直接申し込みをするか、フェイスブックから申し込めば誰でも参加できます。