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死神皇帝のバイト妃 作者:カホ

第1部 ~令嬢から妃に転職しました~

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デッドフォレストにて

王宮でそんなやり取りが行われているなど露知らず、アクアマリンは馬車の中でこれからのことを考えていた。

どうやらアクアマリンは、このまま直行でデッドフォレストに連れて行かれるらしいのだ。 馬車が自宅の前を通り過ぎた時にハテ?と思って御者に聞いてみたところーーー。

『王太子殿下のご命令で、あなたはこのままデッドフォレストに連れて行くよう言われております』

見知らぬ御者からそんなお言葉をいただいた。この馬車は公爵家に所蔵で、アクアマリンはこれに乗ってパーティに出席した。当然御者も公爵家専属だったんだが、今は知らない顔。

この馬車が公爵家のものだとわかるのは、おそらく義弟のフォルビヤーノだけ。察するに、義弟が王太子に頼んで御者をすげ替えた、と言ったところだろう。そんなに死んでほしいか。

おかしいですわね。学園に入る前まで、義弟はわがままで浪費癖があること以外は結構まともだったはずなのに、なぜ学園に入ってからバカに転職してしまったの?どこで教育を間違えたのだろう?

でも、婚約破棄の事実をアクアマリンの口から語らせようとしないということは、自分たちがやったことが正当じゃないって、認めるようなものじゃないかしら?

うーん……5年前に我が家にやって来た時は可愛かったんだけどなぁ…これもあの阿呆王太子と関わってしまったためかな?まったく…あいつって本当、いるだけでバカを振りまいてるよね。純粋な人まで毒すなっつーの。

おっといけない。口調が……オホホ。

それより、遠回しに捨ててこいと言われてしまったから、お父様に「療養大事!」と告げそびれてしまったわ。

お父様は体がとても弱いから、これでまたストレスとか溜め込んで倒れたりしてしまわないだろうか?……どうしよう、容易に想像できて不安になって来ちゃった。

だからと言って、今からお父様に会いにいけるわけではないからどうしようもないけど。

デッドフォレストというのは、名前の通り立ち入った者に死をもたらすと言われる森で、セラルーシ王国と隣国ドラグーン帝国との国境に広がっている。高ランクの魔物が多数出現し、生きてここから帰ってこれるのは奇跡に近いとまで言われるほどの死地である。

行き先が、そのデッドフォレストだと告げられても、アクアマリンは特に慌てなかった。

別に恐怖心をどっかに置いて来たわけではない。アクアマリンには自衛と野営の手段があるからだ。お母様の形見の方位磁石も持っているし、森に入って全速力で東に抜ければ、隣国ドラグーン帝国に逃げ込める。逃げるが勝ちである。

「着きました」

周囲から建物が消えてしばらくして、馬車は黒々とした森の手前に止まり、御者が小窓越しに声をかけてきた。

「送ってくださって、どうもありがとうございました」

しれっと馬車を降りるアクアマリンに、御者は目を大きく見開いた。てっきりアクアマリンが発狂して取り乱すとでも思っていたのだろう。

「……やせ我慢は良くないですよ、アクアマリン嬢。本当は恐ろしいのでしょう?今ならあなたを我が家でお預かりすることができますよ?」

ニヤニヤと笑いながら、御者は言った。下心丸見えで気持ちが悪いですわね。

「いいえ、結構です。私はこのまま森に向かいます」
「……なんですと?」
「それから、私はもう貴族籍を剥奪された一般庶民の身ですので、その気味悪い敬語は取ってください」
「……後悔しても知りませんよ?」
「後悔?何をおっしゃいます。私が何に対して後悔しないといけないのです?むしろ感謝しております。ご主人様にもそうお伝えくださいませ」

アクアマリンは御者に向き合い、ニッコリと淑女の笑みを浮かべてみせた。

「……どこまでも強がりを」
「それに、後悔するのは私ではなく、皆様の方ではありませんの?お父様ほど、敵に回してはいけない人はいないでしょうに……。皆様のご武運を祈っておりますわ」

言いたいことをはっきり伝え、鋭い目線で睨む御者を無視して、アクアマリンは臆することなくデッドフォレストに入っていく。

時間はもう真夜中に差し掛かっていたから、デッドフォレストの中は真っ暗に近かった。さすが死の森の異名を持つだけあって、不気味な雰囲気があたりに充満している。

「光よ集え!」

アクアマリンの凛とした声が森に響く。すると周辺で光が弾け、周囲を照らすとともにアクアマリンを包み込む光の壁を展開した。

この世界には魔法が存在する。属性ごとに合言葉を唱えれば、あとは使用者のイメージで魔法が発動する。

属性は四大元素(炎、水、土、風)に光と闇を加えた6種類。その中でも光と闇は格段に希少性が高く、だからこそ光属性持ちのアクアマリンは、一瞬で王太子妃に落札されてしまったのだ。

魔法を継続発動させながら、アクアマリンはデッドフォレストの奥へと進む。確か、セラルーシ王国からまっすぐ東に向かえばドラグーン帝国に着くはず。

魔法を継続する時は、魔法使用者の持つ魔力を消費する。複雑な、あるいは難しい魔法であれば消費する魔力も多いし、魔力を大量消費すれば気だるさに見舞われる。

アクアマリンが今使っている魔法も複雑な部類に入るからかなり魔力を消費しているんだが、それを楽々と持続させられているのは、ひとえにアクアマリンの魔力保有量が桁違いに多いからだ。

アクアマリンの場合、魔力が多すぎて放っておくと自身の体を内部から壊してしまうので、魔力を本来の10分の1に抑え込む腕輪を常時はめている。それでも常人の何倍もの魔力保有量なのだから、いかに膨大な魔力を抱えているのかわかるだろう。

「よし。お母様の方位磁石が役立つ時が来たわ」

いつも持ち歩いているお母様の形見をポケットから取り出し、光の力を借りて文字盤を見る。

「東、東……イーストはあっちね」

磁石で方向をしっかり確認し、アクアマリンは光の壁が照らす森道を慎重に進む。索敵系の魔法は風属性にしか使えないので、アクアマリンにはどこに魔物が潜んでいるのかはわからない。

というかパーティ帰りのドレス姿だからひじょーに動きにくい……。でも死地の真ん中で着替えるのもどうなんだろうか?光の壁があるから大丈夫なのかな?

『ゴケーーー!!』

進みながらそんなことを考えていると、近くの草の茂みから上半身は鶏なのに下半身がトカゲの魔物……コカトリスが数匹姿を見せた。

『ゴケッゴコーー!』
「っ!」

「夜食みーっけ!」とでもいうような目で一斉に飛びかかって来たコカトリスたちに、アクアマリンは光の壁を一回り大きくする。カウンター効果を持たせたのだ。

コカトリスたちの攻撃は光の壁によって防がれ、そのまま綺麗に弧を描いて弾き飛ばされていく。

「ふぅ……」

ドクドクする心臓に手を当て、小さく息を吐く。ああ……心臓に悪い出現だった。デッドフォレストにいる間はよそ見しないでおこう。

しかしこのままここに残っていても、アクアマリンにはコカトリスを倒す術はない。光属性の魔法は治癒と防御と補助に特化したもので、アンデッド系の魔物以外には攻撃として通用しないのである。

コカトリスが起き上がる前にスタコラここを離れようとしたのだがーーー。

シュバババッ!!

直後、どこからともなく鋭い風切り音が響き、ウィンドカッターに似た風の刃が4本飛んできた。

アクアマリンはとっさにその場にしゃがみこんだが、それらはアクアマリンの頭上を素通りして行き、寸分たがわずコカトリスたちの首を刎ね飛ばした。

「………」

アクアマリンは空いた口がふさがらなかった。コカトリスの首って、直径1mほどはあったはず。それを一撃、しかも刎ね飛ばすとか、一体どんな化け物じみた威力なんだ?

ズズン、と崩れるコカトリスたちをよそに、アクアマリンはあたりを見渡し、ウィンドカッターを飛ばした存在を探……したがすぐに見つかった。

「ピョルル?」

アクアマリンが振り返った先には、彼女と同じアクアマリンの瞳を持った純銀の鳥が小首をかしげてこっちを見ていた。高さはアクアマリンの肩ほどまであり、人を一人乗せられそうな大きさだ。

「……えっと、あなたが私を助けてくれたの?」
「ピョル」
「…?もしかして、私の言葉とか理解してる?」
「ピョルピョル!」

タイミング良く返事を返す銀鳥に疑問を覚え、試しにそう聞いてみると、得意げな表情で力一杯頷く。どうやらこの鳥さんはかなり賢い魔物のようだ。

……どうしよう、すっごく可愛い。でもなぜだろう?どこかで見たことがあるような…?

「言葉がわかるんだね……。ありがとう、助けてくれて」
「ルルル~♪」

アクアマリンが微笑んでお礼を言うと、銀鳥は嬉しそうに鳴き声をあげ、アクアマリンに擦り寄る。なぜかはわからないが、ものすごく懐かれている。こんなに人になつく魔物なんて聞いたことないけど……まあ、結果オーライだ。

「…?」

ふと、銀鳥の背中を撫でようとした手のひらに、奇妙な感触を感じた。なんかこう…ぬるっとした感じのーーー。

「…!!あなた、怪我してるの?!」

急いで引き寄せた手のひらに見えた赤を発見し、慌てて銀鳥の背中を見る。そこには見るにも痛々しい傷がつけられていた。ついさっきついたものではないだろう。

「待ってて!すぐ治すから!」

この子は今でもとても痛い思いをしているはず。アクアマリンはいても立ってもいられなくなり、すぐに魔法を唱えて銀鳥の傷を治す。やっぱり結構深かったようで、治り切るまでにかなり魔力を使った。

「よし、治ったよ!これでもうーーー」
「ピョー!!」

銀鳥の驚いたような鳴き声が聞こえた直後、アクアマリンの体が大きく揺れ、そのままバランスを崩した。幸い、銀鳥が支えてくれたから倒れはしなかったが。

「……あれ?魔力の使いすぎかな?」

この症状は、魔力使用過多によるものだ。そんなに魔力使ったかしら……?と疑問に思い、しかしすぐに思い当たった。銀鳥の怪我を治した時、アクアマリンは焦って光の壁を解除し忘れたのだ。複雑魔法の光の壁と長期に渡る治療がプラスされて、魔力を使いすぎたのである。

いくらアクアマリンの魔力が多くても、限界というのはやはりあるのです。

「……もう少し進みたいんだけどなぁ…」
「ルゥ?」
「あのね……私、ここを抜けてドラグーンに行きたーーー」
「ピョルルーー!」

何気ないつぶやきだったが、銀鳥はその言葉を途中で遮り、パタパタと翼を広げ、足を曲げて背中を低くした。

………。

「……もしかして、乗れって言ってくれてる?」
「ピョー!」

どうやら正解だったらしい。

「…いいの?」
「ピョ!」
「さっきからありがとう。じゃあ、ドラグーンまでお願いね」

せっかくの申し出なので、アクアマリンはそれに甘えることにした。ここにとどまったところでアクアマリンは魔力の使い過ぎで疲れのバロメーターMAXだし、何より光の壁を作れない状態でデッドフォレストにいるのは危険だ。

「よいしょ……。失礼するね。…大丈夫?このドレス、ゴテゴテしてるけど重くないかしら?」
「ピョルル!」

心配して銀鳥に聞いてみたが、元気いっぱいな返事をいただいた。大丈夫であることを主張するためか、銀鳥はアクアマリンを乗せた状態でピョンピョン跳ねてみせた。

「大丈夫そうね。じゃあ、出発しましょう。辛くなったらすぐに言ってね」
「ピョ~!」

アクアマリンがポンポンと銀鳥の首を叩くと、銀鳥は大きく翼を広げ、デッドフォレスト上空に向けて飛び立った。
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