(C)羽海野チカ/白泉社
カフェオレが飲みたくても「アイスコーヒー」
羽海野 ツイッターで「『ハチクロ』は好きだったんだけど、インタビューで羽海野さんが『頑張りましたから』って言ってるのを見て嫌いになった。お前はラッキーなだけじゃんかって思ってたんだけど、『ライオン』が始まったら、『ハチクロ』のほうが苦手ジャンルに挑戦してたんだっていうことがわかって、本当はこっちの人間関係が重たいほうを描くヒトだったんだと思って、あのときはわからなかった」ってツイートしてくださった方がいて、ちょっと嬉しかったです。
—— そこがちゃんと伝わって。
羽海野 歳もとってきたから枚数も苦しくなってくるし、馬力で返せなくて悪いと思うんですけれど、頑張って描いてはいるんです。いまは「いろんな人に会えていいな」とか言われたりもするんですけど、やってる作業は机に向かって描いてるだけだったりするから、あんまり変わった実感がなくて。実作業は新人のころと変わらないので。仕事が減ることはないし、責任が重くなってくるし、クオリティは上げなきゃいけないしで、そこの乖離した感じはちょっと苦しくはあります。
—— 実感としては何も変わっていないけれど周囲がどんどん変わっていって。
羽海野 担当さんとか関わってる人はこれでどんどん偉くなっていって、人を使えるようになっていくし、周りの人に「よろしくお願いします」とか「『ライオン』すごいですね!」って言われたりするんだけど、私は最初のころと同じに、自分の部屋の机の上で最初と同じ作業を最後まで続けなきゃいけないので。そこはちょっと苦しいけど。でも、マンガ家さんはやったぶんだけ、自分のお給料にしていただけていて……。まあ、そのお金を遣う暇がないんですけど(笑)。珈琲貴族に行くぐらいしか。
—— ダハハハハ! プレッシャーでカフェには入れないから(笑)。
羽海野 疲れ切って珈琲貴族に入って、「高い!」って思って、でも「あ……そうだ、いまの私なら払える」と思って(笑)。カフェオレがすごく飲みたかったんですけど、珈琲貴族はコーヒーと牛乳を持ってきて目の前でジャーッてやられちゃうから、そのような豪華なパフォーマンスはいま目の前でやられたら死んじゃうから違うのを頼みました。
—— それだけで死んじゃうんですか?
羽海野 あれ、周りの方がみんな見るじゃないですか。それに私もその人と1対1でどんなリアクションを取ったらいいかわからないから。「すごいですね」とか伝えないといけないのかなと思うと、「アイスコーヒー」とか言っちゃって。
人生を踏まえて読むべきマンガ
羽海野 担当の友田さんとかは偉くなって、副担当の徳留くんに「これやっといて!」とか言って、いろんなところに行っても「友田さ~ん」とか言われてるけど、私は家でずっと作業して。
編集部・林 羽海野さんは「やっといて」って言わないんですか?
羽海野 それは言えないので。
—— 言えばいいじゃないですか、アシスタントをいっぱい使って。
羽海野 12巻に、みんながあぐらをかいて、こうやって構えて、死ぬ気で殿を逃がそうとしてるシーンがあるんですけど、いっぱい資料を集めて「うしろの松とかこういう感じで。馬はもう描いといたから、お月様と松と、うしろ流線みたいな感じで」って言ったら、アシさんが返事をしないんですよ。原稿を受け取ってくれなくて……。
—— うわー!
羽海野 それで「……わかりました、自分でやります」って返して。
—— えぇーっ!? アシスタントさんとの力関係もそんな感じなんですか?
羽海野 (単行本12巻の72~73ページを見せて)ここですね、これ全部私が描いたんです。松も、浮世絵等から似た感じの松のコピーを取っといたし、資料全部「はい」って渡したんですけど、受け取らないんですよね。担当さんも待ってるし、すごい切羽詰まった状況だったから、「あ、あぁ……じゃあ私が描きます」って言って、ものすごい勢いで見開きの背景を筆ペンでガーッガーッて描いて、迫力が出たからいいかなって。
—— おかげで勢いのあるタッチになって(笑)。
羽海野 そうなんですよ。筆ペンつかんだらインクが出なくて、もう勢い出してごまかそう、みたいな。かすれたペンを味に変えて……。
—— 10年経っても、まだリハビリ途中な感じが全開じゃないですか(笑)。
羽海野 作業が終わって、アシさんに「もうサイゼリヤしか開いてないけどみんなでご飯を食べに行こう」って言ったら、「あーっ私ちょっと忙しいんで……」とか言われて心がポキッと折れたことがありました。いま、そのアシさんになんとか言い返せるようになろうと頑張ってます。
—— ハードル低すぎますよ!
羽海野 もう一回言われたら、「いま疲れててみんなでご飯を食べに行こうとしてるから、そういうふうにピシャッと言わないで」って言おうと思って。今度こそ言いますよ! 次の締切こそ言います! 「もうちょっと柔らかく言ってね」って。「一刀両断で『行きません』って言わないで」って。
—— ダハハハハ! いろんなマンガ家さんから話を聞きますけど、あんまり聞かないパターンですよ(笑)。
羽海野 その人がときどき、他人とのコミュニケーションって怖かったんだっていうことを思い出させてくれるんですよ。最近はみなさん会っても優しいので。でも、だいぶ私もいろんなことに対処できるようになってきました。
—— 変わった部分と相変わらずの部分と、このバランスがいいですよ。
羽海野 『ライオン』で零ちゃんがすごいバッドエンドになってたら、最終回のときにみなさんダイレクトメールくださると嬉しいです。「あ、羽海野さんやっちゃったかな」って。
—— すべてが羽海野先生のドキュメンタリーで(笑)。
羽海野 ドキュメンタリー仕立てになっておりますので(笑)。
編集部・林 じゃあ零くんの幸せを願わずにはいられないですね。
羽海野 そう言っていただけると。最後のあたりの設定とかセリフはみんな決まってるんですけど、演出がね、悲しげにそのセリフを言って終わるのか、前向きに言ってくれるのかが私に懸かってるんです。「将棋しかねえんだよ!」とか言って終わってたら(笑)。
—— いま羽海野先生はそういう心境にあるんだろうって察します。そして次回作はさらに暗くなるんだろうなって。
羽海野 さらに。『蟹工船』みたいな感じで。
—— ダハハハハ! 明るく終わったら次回作も明るくなるかもしれない。
羽海野 そのときは『温泉☆スナイパー』とかが始まるかもしれないし(笑)。
—— 楽しみです。ホントに羽海野先生の人生を踏まえて読むべきマンガですよ。
羽海野 バッドエンドだったらみんなで世界堂の5階のパレットで一緒にホットサンドを食べてくださると嬉しいです。
※おしまい
映画『3月のライオン』前編公開中! 後編は4月22日公開予定!!
監督:大友啓史
原作:羽海野チカ「3月のライオン」(白泉社刊・ヤングアニマル連載)
脚本:岩下悠子 渡部亮平 大友啓史
出演:神木隆之介 有村架純 倉科カナ 清原果耶 佐々木蔵之介 加瀬亮 前田吟 高橋一生 岩松了 斉木しげる 中村倫也 尾上寛之 奥野瑛太 甲本雅裕 新津ちせ 板谷由夏 伊藤英明 / 豊川悦司
製作:『3月のライオン』製作委員会
制作プロダクション:アスミック・エース、ROBOT
配給:東宝=アスミック・エース
http://www.3lion-movie.com