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☆ 罪は罪
ざまぁ第一段階のプロローグ的なお話。
このあとの陰謀諸々につなげていくためにヒロインの洗脳云々を入れました。
「フォルビヤーノ。お前は自分がしでかしたことの重さがわかっているのか?」
エルイヴァラ・ロディアによる一方的な断罪卒業パーティの翌日、トパーズ・ローゼンクロイツ公爵は王太子側に立った息子フォルビヤーノを書斎に呼び出した。トパーズは体が丈夫ではなく、昨日も体調を崩してしぶしぶ愛娘の卒業パーティを欠席していた。
まさかそのタイミングでこんなことが起きるとは。こうなるとわかっていたら這ってでも行ったのに。
「いいえ、俺のやったことは決して間違いではありません。姉は公爵令嬢の身分を笠に着て、リリーニャ・ディルス男爵令嬢に悪質ないじめを繰り返していました。エル殿下の寵愛を受けるリリーニャへの嫉妬に狂っていたのです」
父の問いに対して、フォルビヤーノは悪びれもなく言い切った。まるで自分の行動が絶対に正しいというように。トパーズはひどい頭痛に襲われ、眉間を抑えた。学園に入る前まではかろうじてわがまま息子にとどまっていたのに、あの男爵令嬢に毒されてどうしようもない愚か者に成り下がったか。
フォルビヤーノの言う男爵令嬢のことは、トパーズも息子から耳にタコができるほど聞かされていた。しかし腑に落ちないことがあったから調べてみたことがある。
リリーニャ・ディルス男爵令嬢。ディルス男爵に学園入学直前に庶子として引き取られた娘だが、その出生には多くの疑問がある。まず、彼女の母親は男爵が抱いた娼婦と言われているが、ここ20年の間男爵は正妻を失って一度も屋敷から出たことがないらしく、女性客が出入りしてたという記録もない。つまり彼女は男爵の子ではない可能性が極めて高い。
次に、リリーニャは男爵領第4区の出身だとされているが、4区の出生記録をいくらさかのぼってもリリーニャの特徴と一致する子供を見つけられない。それどころか男爵領第1区から第5区までの記録を全部探したが、どこにもなかった。出生届を出さなかった可能性もあるが、なんらかの目的でセラルーシにもぐりこんだ密偵のたぐいであるとも考えられる。
だからこそリリーニャが学園に入学し、有力貴族の令息を囲い込むようになったときから、トパーズや国王は警戒して彼女のバックを探っていた。
3年間でわかったのは、リリーニャは人を洗脳する魔法を持っていることと、後ろで何かの組織とつながっていることだけ。裏にいる輩が用心深いタチで、なかなかしっぽをつかめないのだ。
「姉は醜い嫉妬心に駆られ、自分よりも美しい天使のリリーニャを亡き者にしようとしていました。私はただあの悪魔からリリーニャを救っただけです」
「……まさかここまでとはな」
トパーズは重いため息をつく。兄である国王にせがまれて婚約を許可したが、アクアマリンがエルイヴァラを最初から嫌っていたのは周知の事実だった。あれだけ周囲がわかりやすい反応を見せていたのに気付かないなど……。
あの男爵令嬢は中の下にも及ばない普通顔だ。それをどう美化したら天使になるのかも意味不明だし、ましてや神々の愛し子とまで言われるほどの美貌を持つアクアマリンを超えるなど、冗談でも笑えない。
それを大真面目に言い切れるところ、息子の洗脳は相当進んでいるのだろう。洗脳が解ければ元に戻るかもしれないが、洗脳されていたとしても、こいつは自分の意志で断罪に加わったのだから、結局罪であることには変わりない。
フォルビヤーノは、7年前に再婚した後妻の連れ子である。子爵位のくせしてわがままで浪費癖のひどい妻との関係は最悪だった。その子であるフォルビヤーノも似たような性格で、屋敷ではひどく嫌われたいた。
仮にも公爵家に籍を置いている者としてこれはいけない、とトパーズは何度も教育し直そうと試みたが、フォルビヤーノは今までの自分を直そうとしないし、時には妻からも横槍が入って、精神的疲労だけが蓄積されていって、体をたびたび壊すようになってしまい、仕方なくやめてしまったのだ。
こんなことになるなら、強制的にでもこいつの性根を叩き倒すべきだった……。
しかしコレはアクアマリンによくなつき、姉弟仲も非常に良かった。洗脳されていたにしても、なぜあれだけ慕っていた姉を貶める手伝いをしたのか。
こいつは、姉という後ろ盾があったからこそ敵だらけの公爵家で次男としての地位を得ることができていたことをわかっているのだろうか?……いや、わかっていないだろうな。わかっていたらこんな真似はしないか。
「マリンをどこにやった。昨夜、マリンの帰還の馬車を手配したのはお前だったな」
「知りませんよ。姉は未来の王太子妃に非礼を働いたのです。それに宰相様や騎士団長様の令息、公爵家嫡男である俺にも暴言を吐いたのです。神によって罰せられてもおかしくありません」
「………」
アクアマリンがそんなことをする娘じゃないのは、長年娘を愛してきたトパーズにはよくわかる。アクアマリンは、愚かな父の息子と救いようのない王太子と以下略に貶められた、れっきとした被害者だ。
この国には、洗脳を強制解除できる方法がまだない。事前にそれを知った上で、抗うしか方法がないのだ。3年間、トパーズも洗脳を解く方法を模索していたが、結局こんな状況になるまで見ていることしかできなかった。
しかしフォルビヤーノが嫡男?そんなことがあり得るわけがない。学園在学中にも、次代の公爵家をよく支えるよう諭していたが、洗脳とはそう言った記憶も捻じ曲げるのだろうか?
「あり得ない。お前のような恥さらしを嫡男にするなど、末代までの恥だ」
「何を言いますか、父上!お前こそ嫡男にふさわしいと言ってくださっていたではありませんか!」
「言っていないな。お前の耳は腐ったのか。むしろ、お前のようなアホ以上に優秀な人材がいるのに、なぜわざわざお前のようなアホを嫡男に据えなければならない?寝言は寝てから言え」
「え…?俺は父上の一人息子ですよね?」
やはり洗脳とは厄介なものだな。直接会ったことがないにしろ、コレには今まで何度も紹介してきたのに。公爵家の長男を。
「どうやらお前も救いようのないところまで堕ちたようですね、フォルビヤーノ」
ふと、書斎入口からやわらかい声色が響いてきた。フォルビヤーノが振り向いた先には、プラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳の青年が立っている。ローゼンクロイツ公爵家長男、エメラルド・ローゼンクロイツである。
「だ、誰だ!なぜ勝手に公爵家に立ち入っている!」
「ひどいですね。僕は一応お前の兄なのに忘れるなんて。それに、ここは僕が継ぐ家なのですよ?帰宅にいちいちお前に許可をもらう必要なんてないでしょう」
口元に笑みは浮かべているが、フォルビヤーノを見るエメラルドの目線は氷点下だ。そのつららのように鋭い視線に、フォルビヤーノは小さく悲鳴をあげる。本当に残念だ。妹がかわいがっていたから子爵の子でも見逃していたのに、身の程知らずは身を滅ぼすとはよく言ったものだ。
「ラルドか。来年まで隣国の大学で留学してるんじゃなかったのか?」
「今は長期休暇中です、父上。それに、大事な妹が冤罪で国外追放されたとなると、学校なんてどうでも良いですよ」
書斎の机に座る父の言葉に、エメラルドはにこやかに微笑んで返答する。3年ぶりに見る父は、病弱体質は多少マシになったように思えるが、今の顔色は良くない。これ以上この愚か者の相手を父にはさせられない。父がストレスで倒れてしまう。
「さて、愚かな僕の弟君。いや、君のような愚か者を弟と認めるのも胸糞悪いね。フォルビヤーノ、僕が誰かはわからない?」
「誰だ貴様!?俺はお前など見たことないぞ!」
「それは当然だよ。なんせ僕はお前が学園に入るずっと前から隣国に留学していたのだから。国家の代表としてね」
「嘘だ!」
「嘘なものか。それよりも、お前は今自分が置かれている状況がわかっているかい?」
こいつの阿呆な発言に付き合ってられる程、エメラルドも暇ではない。さっさと片をつけよう。
「なんのことだ?俺の生活はいつも通りだぞ!」
「へえ、いつも通りね。屋敷のお前に対する対応や空気が変わっていんじゃないの?例えば、食事が乾パンと薄いスープになったとか?」
「な、何の…ことだ…!」
「無理は良くないよ。もうわかってるんだろ?使用人たちの態度が変わったこと、日常生活の質が落ちたこと、肩身が狭くなったこと。お前の屋敷でのすべてが失われつつあることをさ」
「!!」
思い当る節があったのか、フォルビヤーノの顔色がみるみる蒼くなっていく。この様子だと、自分が姉にかばわれていたことも知らなかったのだろう。こいつは母親と同じようにわがままで自分勝手で浪費癖もある。屋敷の誰からも嫌われていた。ただでさえ身分の低い母の子供は疎まれるのに、こいつはその上嫌われ者。普通であれば徹底的に冷遇されても誰にも同情されない。
「お前が今まで大手を振って屋敷を歩けたのは、全て慈悲深いマリンがお前をかばっていたからだ。それのおかげで何とか生きながらえられていたお前が、姉の庇護を失った今どうなるか、妄想が大好きなお前には軽々と想像できるよね?」
「っ!!」
確実に袋叩きコースだろう。デカい顔をする息子をダシにうまい汁をすすってきた後妻も同様の末路をたどるだろう。恩を仇で返す阿呆など、もっと苦しめばいい。
エメラルドとしては、目に入れても痛くない最愛の妹が味わった屈辱を思えば、こいつにこの世の地獄を見せてやりたいところだが、それは父が許さないだろう。
先代王の末っ子王子であり、現ライガー王の実弟である父は、とても心優しい人だ。心から嫌悪している後妻も、彼女の実家の家計が火の車だからと離婚せずに家にとめおいているくらいなのだから。父がいることに免じてこの辺にしておいてやろう。
たとえ洗脳にかかっていても、その人間本人の意志は消えない。与えられた情報を正しいかどうか判断する力は、洗脳されていても持っている。
こいつは件の男爵令嬢に与えられた都合の良い情報を疑おうとせず、自分の意志でマリンを断罪することを選んだ。だからこいつは被害者ではない。立派な加害者だ。
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