男はつらいよ 2014 1000人“心の声”
2014ニッポン 男たちはいま
今、男を真っ正面から捉えた舞台が話題を呼んでいます。
作品の名は「おとこたち」。
今を生きる4人の男たちの悲喜こもごもを描いた群像劇です。
20代で失業し、ようやく就いたクレーム処理の仕事に振り回される男性。
「もしもし。」
「おい、どうなってんだよ。」
「どうされましたでしょうか?」
「いや、鳴らねえんだよ、おたくで買ったスピーカー。」
「申し訳ございません、そういう仕様になっておりまして。」
「お父さん!
おじいちゃん!」
こちらは、がんになった妻を自宅で看病する男性。
苦しむ妻が叫ぶのは夫以外の名前ばかりです。
「良子!
ここにいるってば、ここにいるって!」
高い年収を得ながら、家庭内での地位は下がり続けるサラリーマン。
「どうすか学校は?
勉強ってきつくない?
俺もさぁ、若いときになんでこんなに勉強するんだろうって、やったら思ったもんな。
…聞いてる?」
38歳 男性
「本当に身につまされますよね。
自分の人生がどうなっていくのかなという、すごく何か思いを致さざるをえないような作品だった。」
40歳 男性
「もう何かね、打ちのめされたような感じでした。
どう思いました、逆にあれ見て。
男としてどう思います?あれ見て、というのをみんなに聞きたいですもん。」
この舞台の脚本と演出を担当した岩井秀人さんです。
舞台を見た男性たちの反応は意外だったといいます。
劇作家 岩井秀人さん
「もうちょい、あれが笑って見られるようになっていけばいいのにな。
すごくストレートにドンっと食らうだけ食らってしまう人が意外と多いのは、ちょっとびっくりしました、僕は。」
男はつらいよ 1000人“心の声”
今、男性たちは何に生きづらさを感じているのか。
NHKが全国の10代から80代の男性に行ったアンケートです。
1081人のうち、生きづらさを感じている男性は54%。
その理由として最も多かったのが仕事での人間関係。
次に、収入への不満や労働時間の長さそして家族との関係でした。
さらに、生きづらいと感じる度合いに以前と変化があるかも尋ねました。
半数の人が以前より強く生きづらいと思うようになったと回答しました。
アンケートに答えた1人、足立光男さん(仮名)54歳です。
医薬品メーカーで働いています。
足立さんは妻と長男との3人暮らし。
男は外で働き、一家を支えるものだと考えています。
往復3時間かけて会社に通い続け、住宅ローンを返済しています。
足立光男さん(54・仮名)
「ぐっとこらえて家族のためにという風に思います。
どんなにつらくても家族を養うために働かなくてはいけないと」
しかし去年(2013年)、多発性筋炎という難病を患い、いつまで働き続けられるのか将来への不安を抱えるようになりました。
足立光男さん(54・仮名)
「家内が例えば仕事を持っていて私が倒れても、何ら不自由なく生活ができるということであれば 私が安心して治療とか専念ができるんですけど。」
家事や育児を一手に担う、妻の春子さん。
パートで働くのが精いっぱいだといいます。
妻 春子さん(仮名)
「ひとつは子どもが反抗期なもんですから、そういうこともあるんですけど。
私が(夫を)支えるって言うのはちょっと、いろんな面で厳しいものがあるので。」
病気を抱えながらも大黒柱であり続けようとする足立さん。
そのつらさを、せめて妻には理解してほしいと感じています。
足立光男さん(54・仮名)
「帰ってきて一段落ついて、寝る前ですかね、今日はこういうことがあったみたいなことは言うんですけど、大体聞き流されますかね。
寂しいなっていう感じですかね。」
待望の長男が誕生したにもかかわらず生きづらいと回答した男性がいました。
自動車部品メーカーで正社員として働く、淺野保照さんです。
今、目指しているのは育児を頑張る男性、「イクメン」です。
淺野保照さん(37)
「親だからちゃんと責任はあるしねっていうことですね。
まず子どもをちゃんと育てなきゃいけないですからね。」
一方で淺野さんの仕事は忙しく、深夜や休日にも働かなくてはなりません。
専業主婦の妻・小百合さんは育児や家事を担うと言ってくれますが、あくまでイクメンにこだわっています。
最近では、疲れが取れないまま仕事に向かう日も増えました。
淺野保照さん(37)
「あちちち!」
妻 小百合さん
「手、気をつけて。」
淺野保照さん(37)
「結構こまめにやることはありますからね、どうしたって。
目の前のことをやるっきゃっていうだけで、気付いたらあっという間に、もう夜になってますって感じです。」
求められる“男らしさ” ギャップに悩む男たち
実はアンケートの中で多くの男性が生きづらい理由として選んだのが、「男として求められている役割」、そして「『男らしさ』という幻想」という項目。
合わせて341人に上ります。
一家の大黒柱、イクメン。
そのほかもろもろ、時代とともに求められる男らしさと現実とのギャップに戸惑っているというのです。
30歳 埼玉県
“今の時代、そんなことにこだわる必要はないと知りつつも、「一人前の男」になれない私は生きづらさを感じる。”
48歳 東京都
“女性が男性に期待するのは、やめてもらいたい。
女性の気持ちや要求していることが自分には不可能に感じる。”
60歳 山形県
“世帯主とか、父とか、跡取りとか、肩書とか、見栄とか、変なよろいを脱ぎ捨てて裸になりたいときもある。”
「はい、男性の悩み相談です。」
悩める現代の男性たち。
今、苦しい胸の内を打ち明け始めています。
10年前、全国に先駆けて男性専用の相談窓口を設置した大阪市。
相談件数は年間300件以上。
臨床心理士などが対応し、相談が2時間に及ぶこともあります。
京都橘大学 濱田智崇助教
「夫婦の間であれば、自分のほうがやはり関係性においてリードしなければならないっていうことであったりとか、あるいは収入っていうことでも、自分の方がちょっと頑張らなくてはいけないであったりとかですね。」
臨床心理士のもとに通う36歳のAさんです。
2年前に離婚を経験しました。
Aさんは20代で起業。
高級野菜を独自に仕入れ、ホテルやレストランに納めています。
結婚したばかりのころは仕事も妻と分担し、公私ともに順調でした。
ところが、妻の両親から思いがけないことを言われたといいます。
Aさん(36)
「彼女に、一緒に仕事をしていたんで、もう少し楽にさせてやることはできないのかとか、一緒に仕事をするのをやめてもらえないかとか。」
親の世代の価値観を受け入れるべきなのか。
Aさんは悩みを妻にも打ち明けることができませんでした。
Aさん(36)
「当時、それがため込んでいることかどうかもあまり自分では分かっていなくて、自ら背負ってしまったというか、勝手に抱え込んだんですよね。」
ストレスから、徐々にささいなことでも妻につらく当たるようになったAさん。
次第に夫婦の溝は深まり、離婚に至ったといいます。
それから2年。
悩んだ末に、たどりついたことばがあります。
真珠湾攻撃を指揮した旧日本海軍、山本五十六元帥・作「男の修行」です。
「男の修行」 旧日本海軍 山本五十六元帥
“苦しいこともあるだろう
言いたいこともあるだろう
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣きたいこともあるだろう
これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である”
「どこが気に入っているんですか?」
Aさん(36)
「いや、もう全て。
こういうもんだなって感じです。」
さまざまな男らしさに縛られる男性。
そこから解放されるのは容易ではないと指摘する専門家もいます。
社会生活における、男女の役割と脳の機能の関係性について研究してきた、横浜市立大学・田中(貴邑)冨久子名誉教授です。
緑色に光る大脳新皮質や海馬などは、幼いころからの周囲のことばや行動を記憶しています。
父親が家計を支え、母親が育児や家事を担う両親のもとで育てば、男女の役割をそう認識するように脳が作られます。
男の子なんだから泣かないと教育を受ければ泣くことを抑制するように、脳が学習しそれを男らしさだと認識します。
こうした価値観は20歳前後までには定着し、それ以後更新するのは難しくなり、生きづらさの原因の1つになっていると指摘します。
横浜市立大学 田中(貴邑)冨久子名誉教授
「お父さんは会社に行く人じゃなしに育児もするんだ、お母さんも育児だけじゃなしに社会でも働くんだ、そういう認識を持つように脳を育てていくことが大事だと思うんですね。
たとえ新しいパパとママがそういうふうに育てようと思ったりしてもね、(古い価値観をもった)おじいちゃん、おばあちゃんがいますね。
社会はもっとすごいわけですね。
そういうところで何とか脳を変えていこうと思ったら、とてもとても難しい。」
男はつらいよ? 2014ニッポン
●男性は、男らしさと現実のギャップに苦しんでいる?
伊藤さん: やっぱりこの40年くらい、1970年代から男女の関係とか、社会の在り方とか、家族の在り方とか、やっぱりすごく変化してきてるんですけども、なかなかやっぱり男性の側が、男はこうあるべきという意識から脱出できない。
それはやっぱり男性が今、困っている、混乱している理由の1つだと思いますね。
また、さっきの淺野さん、イクメン、彼がそうですけれども、育児したいというふうに、実際、結構頑張っておられるんですけども、長時間労働が男性を縛っていて、なかなかこう家のことができにくいという状況も、男性を縛っているんじゃないかと思いますね。
もう1つ、やっぱり男性の意識の中に、これは八百屋さんをやっているAさんですけれども、黙っていても妻は分かってくれるに違いないみたいな、どっか思い込みですよね。
話せばいいのに、なんで話さなかったのかなと思いますけども、やっぱり男性たちのある種のコミュニケーション下手っていうか、コミュニケーション能力の低さというのも、彼らを苦しめている原因の1つじゃないかなというふうに思います。
●家族観や女性たちが求めているもの、何が変わった?
伊藤さん: やっぱり今や、男性も家事・育児を一緒にしましょう、シェアしましょうっていうのが、やはり女性たちの意識だと思うんですね。
ただ、そうはいってもやりたくてもやれないという、労働時間の問題があると、そのへんのジレンマもやっぱり男性を苦しめてるのかなと思いますね。
●ギャップに苦しめられている男性たち、どう見る?
赤坂さん: 今のお話を伺って、男らしさはこうあるべきっていう、それを従来型の苦しみ、男性の苦しみとするならば、現代型の男性の苦しみというのもあって、それをちょっと「男のダブルスタンダード」というふうに言ってみたいんですけど、今の、特に若い男性が育ってきたのは、優しさが善である世界であって、そこではコミュニケーションがうまい人がよい人であって、優しい人であって、求められる。
それも内化して、本来はコミュニケーションはそんな得意なほうではないです、男性は。
コミュニケーション下手であるにもかかわらず、それと社会性とか、経済性とかをどうしても両立させなければいけないと思ってしまうようなところが、現代的なつらさではないかと思いました。
伊藤さん: ないものねだりというか、いろんなものを同時に求められちゃって、混乱してるということですかね。
それはあるかもしれないですね。
特に若い世代の場合は、そういう中ですごく混乱している男性たちというのは、いるんじゃないかと思いますね。
特に上の世代はやはりまだまだ古い認識にとらわれててという、やっぱり世代間のずれみたいなものも、男性の悩みの中にはあると思いますね。
●日本の働く環境も変わり、所得も減り気味だが?
伊藤さん: そうですよね、さっきの足立さんのケースなんかそうだと思うんですけどもやっぱり収入の低下っていうのは、先ほどのデータでも2番目に入ってましたよね、男性の生きづらさの。
実際にサラリーマン男性、1997年に、年収は大体577万平均ぐらいあったのが、2009年には500万を割るぐらい、本当に急激に男性の収入が減っている。
これはある面、収入は男性の価値を示す部分だったので、これも悲しいことですけど、それでやっぱり傷ついてしまってるということも結構あるんではないか。
背景には女性の賃金が低いって問題があって、これもまさに足立さんのケースで、女性がこれ働いても、男性並みの給料がもらえない社会だと。
このこともやはり、男性が無理して頑張らなきゃいけないということを作り出してるんじゃないかと思います。
●もう少し、自分の気持ちを語ればいいのでは?
伊藤さん: やっぱり男性たちは、語るとですね、弱音を吐いてしまうことになる。
弱みをさらしてしまうということになると、これはやっぱり耐えられないという人が、やっぱりたくさんいるんですね。
大学の調査なんかでも、悩みはあるんだけれども、相談することに関しては、戸惑ってしまうという男性の割合が大変高い数字で出てます。
(心理面で感情を表現できないという中での苦しみもある?)
男性性、男らしさというのはやっぱり、ある面、弱音を、弱みをさらすなとか、感情を表に出すなとか、自分の悩みを人に相談するなとか、それがなんか男らしさだみたいな形の縛りがあるので、よけいに、人に相談しにくい。
妻にも相談しないという、さっきのAさんのケースなんかまさにそうだと思いますね。
それはやっぱり、男性を苦しめてる原因の1つでもあるなというふうに思いますね。
●女性が男性に求めている男性像をどう捉える?
赤坂さん: 1つ問題だなと思ったのは、女性が求める男性像というのがころころ変わる。
例えば、俗にいう草食男子という、すごく性とかに消極的で優しい男性というのは、優しい男性が求められてきて、男性がこう、10年とか20年とか10年単位でかけて頑張ってきて、なった結果だと思うんですよ。
なってみたら、お前たちは弱いとか。
伊藤さん: ちょっと違うんじゃないかとか。
赤坂さん: そう、言われて、あれ?ってなって、そういうときに、男性はまたすぐに変われませんからね。
伊藤さん: 特に若い男性の場合は、さきほど申し上げたようにおっしゃるとおりで、すごい自分の立ち位置が分かんなくなって混乱してる方というのは、たくさんいると思いますね。
●男性たちは生きづらさをどうやって解消していけるのか?
赤坂さん: 男性だけではたぶんだめで、女性が聞いてあげるということも大事だと思うんですよ。
そのときに、自分のことを分かってって言わずに、相手を分かろうとするでもなく、聞いてあげる。
そうすると、すごく違うものとして発見がある。
違うものといるから、すごく協力もできるわけです。
伊藤さん: そのとおりですね。
やはり男性たちがしゃべりやすいような雰囲気、彼らの悩みを聞いてあげるっていう場所を作るっていうのはすごく大切で、今ちょっと、政府も含めて、男性相談の窓口を作ろうという動きをしているんですけれども、それは男性の悩みを吐露していただく場所を作るってだけじゃなくて、行政機関がやることで、むしろ男性も相談していいんだ、それをまず示すことが大切かなと思ってるんですね。
とにかく相談しちゃいけないっていうふうに思ってるので、そういう男性たちの気持ちを、まず解きほぐしていくっていうことが、重要なんじゃないかなと思いますね。
そういう中で、やっぱり何よりも意識を変えるだけじゃなくて男性の働き方や生活のしかたを変えていくっていうことですよね。
ワークライフバランスというか、ワークファミリーバランスというか、男性がやっぱり家のことができるような働き方の仕組み、生活の仕組みを、やっぱり社会制度を変える中で、作っていくっていうことが必要なんではないかと思います。
男性をどうやって変えるか、男性がどう変わるかという時代なんだなというふうに思ってますけれども。