こんにちは。nikupapaです。
多くの故障者をだし開幕から躓いてしまった日ハム。
特にケガ人が外野手に集中してしまった事で深刻な外野手不足を招いしまっています。
【2017年日ハムの外野手事情】
現在日ハムで外野手登録されている選手は以下メンバー。
#7 西川 遥輝(25歳)
#18 岡 大海(25歳)
#26 淺間 大基(20歳)
#33 大田 泰示(26歳)
#37 矢野 謙次(36歳)
#44 森山 恵佑(22歳)
#50 宇佐美 塁大(22歳)
#61 姫野 優也(20歳)
#64 谷口 雄也(24歳)
#67 岸里 亮佑(22歳)
上記選手の内、太字で記載した選手(西川遥輝、矢野謙次、岸里亮佑)の3人しか1軍登録されておらず、矢野謙次選手は代打の切り札としてベンチからの出場となる為、実質2選手しかスタメンに名を連ねる事が出来ていないのが現状です。
かつて外野手王国として毎年のようにゴールデングラブ賞を獲得する選手を輩出していた日ハムの外野手に何があったのか、歴代の外野手から受け継がれてきた系譜は途絶えてしまったのか、ここ10年の日ハム外野手のスタメンを振り返ってみたいと思います。
【日ハム外野手の系譜】
※1.試合数=スタメン出場試合数
※2.赤字はゴールデングラブ賞獲得
安定期
2007年
控え1:工藤隆人(左44試合・中1試合・右11試合)
控え2:金子洋平(左11試合)
2008年
控え1:糸井嘉男(左25試合・中7試合・右19試合)
控え2:紺田敏正(左12試合・中9試合・右15試合)
控え3:スレッジ(左21試合)
控え4:小谷野栄一(左27試合)
2009年
左翼手:スレッジ(59試合)
控え1:森本稀哲(左51試合・中24試合・右11試合)
控え2:坪井智哉(左17試合・右3試合)
2007年から2009年までは、毎年2名の選手がゴールデングラブ賞外野手部門に選出されており、外野手の柱であった森本稀哲の衰えが見え始めた頃に糸井嘉男の台頭があったことで中堅手の世代交代となった。
糸井嘉男が2009年に急に中堅手に抜擢されたわけではなく、出場試合数をみてみると2008年にしっかりとテスト済みであることがわかる。
黄金期
2010年
控え1:陽岱鋼(左7試合・中3試合・右51試合)
控え2:中田翔(左14試合)
2011年
控え1:杉谷拳士(左7試合・中4試合)
2012年
控え1:杉谷拳士(左8試合・右9試合)
2009年に外野手として定着した糸井嘉男がそのまま外野手の柱となり、これまで安定感のある守備力を誇っていた稲葉篤紀の守備力低下に伴い2010年に控えで出場していた陽岱鋼、中田翔が2011年からスタメンとなった。
2012年は中田翔こそゴールデングラブ賞獲得とはならなかったものの、捕殺数でリーグトップ(19捕殺)となりゴールデングラブ賞4年連続獲得の糸井嘉男、同賞初獲得となった陽岱鋼と並んで12球団No.1の外野布陣を形成したとしとなった。
また、3人の選手が年間を通して出場したことにより、主な控え選手は杉谷拳士一人となったシーズンでもあった。
不安定期
2013年
控え1:赤田将吾(左18試合・右19試合)
控え2:佐藤賢治(左13試合・右15試合)
控え3:近藤健介(右12試合)
2014年
控え1:谷口雄也(左19試合・中3試合・右19試合)
控え2:杉谷拳士(左7試合・中7試合・右10試合)
控え3:佐藤賢治(右22試合)
控え4:石川慎吾(左3試合・右15試合)
控え5:岡大海(右11試合)
2015年
右翼手:ハーミッダ(25試合)
控え1:岡大海(左3試合・中39試合・右25試合)
控え2:淺間大基(左2試合・中13試合・右22試合)
控え3:杉谷拳士(左4試合・中4試合・右24試合)
控え4:石川慎吾(左5試合・右19試合)
2016年
右翼手:近藤健介(46試合)
控え1:岡大海(中4試合・右30試合)
控え2:谷口雄也(左8試合・中12試合・右21試合)
控え3:杉谷拳士(左2試合・中1試合・右21試合)
2013年は、これまで日ハム外野の柱であった糸井嘉男が前年に世紀の大型トレードで抜け、その穴をその年の新人である大谷翔平、糸井嘉男とのトレードで加入した赤田将吾、イースタンリーグで好調であった佐藤賢治で埋めようとしたが、どの選手も定着できずに終わった。
2014年は、それまで内野手としての出場が続いていた西川遥輝が中田翔の膝の影響で左翼手を任されることもあったが、最終的に右翼主としての出場が増えた。
また、それまで外野の2つのポジションは常に固定できる選手がいたが、この年は陽岱鋼以外の固定が出来ず、外野手でスタメン出場した選手が近年で過去最高の7選手となった年でもあった。
2015年は、中田翔の膝の負担を考慮し完全に一塁手として出場することとなったため、前年左翼手、右翼手として出場の続いていた西川遥輝が左翼手のポジションへ。
陽岱鋼も故障が続き84試合の出場に留まり、ルーキーイヤーに負ったケガから復帰した岡大海選手が抜擢され、糸井嘉男が抜けた右翼手についてはこの年の期待のルーキーである淺間大基選手が翌年以降に期待を持たせてくれるシーズンとなった。
2016年は、左翼手に西川遥輝選手が定着し、中堅手にはケガから復帰した陽岱鋼が座った。
右翼手については前年に台頭のあった岡大海、淺間大基ではなく、打撃に定評があったが捕手としては致命的な送球イップスを抱えていた近藤健介が最多のスタメン出場となった。
【鉄壁の外野手布陣は復活するのか?】
過去10年を振り返ると日ハムの外野手は2007年~2014年まで毎年1人はゴールデングラブ賞を獲得しており、かつ外野の2つのポジションは必ず不動の選手がいた事でもう一枠を他の選手で補えていたが、黄金期を築いていた2012,13年の布陣である糸井嘉男、中田翔がケガや移籍で一気に2つのポジションで穴ができたが、西川遥輝の台頭により何とかカバー出来た。
2017年には、2016年に移籍した陽岱鋼の穴を埋めなくてはならいない選手である岡大海(不調で2軍落ち)、淺間大基(腰痛)が思ったように出場出来ず、本来内野手である選手が外野手を補うなど日ハムのチーム編成に限界が来ている状態もあり、チームも低迷している。
【途絶えた外野手の系譜】
大袈裟な話かもしれませんが、日ハムには外野手の系譜(ゴールデングラブ賞)が存在していると思っています。あの広い札幌ドームを守る外野の布陣は半端な選手では務まりません。
糸井嘉男選手などの例は、例外かもしれませんが投手から、内野手から外野手へコンバートされ成功している例も多々ありますが、森本稀哲氏の時は新庄剛氏、FAで獲得した稲葉篤紀氏がおり、糸井嘉男選手の時は森本稀哲氏、稲葉篤紀氏がいました。
陽岱鋼選手、中田翔選手の時は、糸井嘉男選手、稲葉篤紀選手がおり、コンバートさせるには必ずフォロー出来る選手がいるから成功してきたのではないかと思っています。
しかし近年糸井嘉男選手、陽岱鋼選手、中田翔選手が一気に日ハムの外野手から外れたことで、ケガや不調の理由もありますが、コンバートした選手をフォロー出来る選手がいない状態が続いているのが現状であり、結果論かもしれませんが2017年は深刻な外野手不足となってしまっています。
【系譜を復活させるのはこの選手しかいない】
この日ハムの系譜を復活させるだけの力を持っている選手は、この選手達に掛かっていると思っています。
現在日ハムの外野手1番手である西川遥輝選手、ケガは多いが抜群の運動能力を誇る岡大海選手、センス抜群でアグレッシブな守備を披露する淺間大基選手、未完の大器のまま日ハムに移籍し、才能の開花が待たれる大田泰司選手。
この4選手が健康であれば日ハムの鉄壁外野手の布陣は再生されると信じています。
そして、2017年開幕から低迷している日ハムの大逆転劇はこの選手達の活躍なくしてはなしえないと思っています。