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あの人に迫る

真田左近 元公安刑事・自衛官の作家

写真・立浪基博

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◆時代を見据えて古い体質改めよ

 ベトナム反戦運動や大学紛争など昭和の「荒れた時代」に全盛だった公安警察。最近はその活動ぶりをあまり耳にしないが、どうなっているのだろうか。静岡県警で公安刑事を務めた作家真田左近さん(48)=ペンネーム、同県在住=が、左翼や右翼の動向、組織把握や内部協力者づくりなど平成の公安警察の仕事内容から組織の実態まで自らの経験を赤裸々に語った。

 −まず一般にはなじみのない公安警察とは何かについて教えてください。

 左翼や右翼の情報、スパイ・テロなど外国からの脅威、デモ取り締まりや要人警護をするセクションで、それぞれ公安、外事、警備と呼びます。戦前で言えば特高警察。全国の警察本部に警備部や公安部があって各警察本部ではなく警察庁の指揮下にあります。静岡は県警本部警備部に公安、警備、外事の三課があり、清水分庁舎に「裏公安」と呼ぶ協力者づくり専門の作業班がいて、獲得した協力者に定期的に接触します。裏公安は大きな署にもあります。

 −警備の仕事内容は?

 藤枝署警備課の担当は文書(庶務)と共産党、極左、特対(特殊組織犯罪対策)、外事、右翼、(警備)実施、災害対策に分かれていて、私は配属時は文書担当でした。共産党員など視察対象者の情報をまとめて本部に「逓送」する仕事です。視察というのは監視のことで内部では対象団体の構成員を「マル対」と呼び、逓送は警察内部の文書を警察車両を使って本部や警察署間でやりとりする部内郵便のことです。

 −担当はきちんと決まっているのですか。

 課長含めて五人の小さな組織ですから何でもやりました。監視する組織には番号があって一は共産党、二は右翼、三は外事、四は極左、七はカルトなど特対。番号の割り振りは時々入れ替わります。マスコミと接触するなど不穏な動きのある警察官がいれば二十四時間監視もやります。

 −最も重視されるのは?

 監視組織の協力者獲得です。かつてはマル対にもAからFまでの六段階と最後にZがプラスされて七段階の格付けがありました。共産党で言えばAが国会議員や中央委員、Bは県委員など、Cは一般党員。A〜Cは党員ですから「M」と呼びます。メンバーのMですね。DからFはシンパで、ランクはその度合い。Zは活動休止状態や脱党、除名された党員です。藤枝署管内だけでも左翼右翼計千人以上の視察対象者がいるので、活発に動いていて将来性のある人に絞って作業をかけます。二十歳前後の出世しそうな人につばをつけたいですね。

 −「作業をかける」やり方を具体的に言うと。

 身上調査をし、趣味や飲酒の機会を狙って近づく。話をできれば第一段階は突破、次はこちらの身分を明かして相手がどう出るか。引くようなそぶりをみせる人は成功率が低く、見極めが大切。一緒に酒を飲めれば公安刑事として合格です。こうして人間関係をつくり情報を引き出しますが、内部対立の情報を取ったら警察庁表彰もの。党派の機関紙よりレアものの労組や外郭団体のビラ、機関紙の方が、もらう側としてはうれしい。

 −右翼はどうですか。

 ちょっと注意を要しますね。暴力団の隠れみのだったり、接触すると「箔(はく)が付く」という連中が多く、本物は少ない。それと三尉以上の自衛官も作業をかけます。自衛隊のことは丸印にクと書いて「マルク」と呼びます。クーデターのクですよ。不穏な動きがないか警戒しているんです。

 −警察官採用から警備課に配属になるまでは。

 警察官になるには外国籍の人はダメだし、犯歴がないことはもちろん三親等内に共産党員がいないことが条件です。身辺調査も出身校に出向くなど厳しい。私は藤枝署地域課で交番勤務がスタートで、公安を希望したのは同期四十二人のうちで私だけでした。普通は外部の組織からの「送り込み(スパイ)」を警戒して、上が選抜して公安に進むというのが多いパターン。公安の刑事になるには警備任用科で一カ月弱の研修があるのです。刑事部や生活安全部にはない「面接試験」があり、県警本部で警備部参事官や公安課長、補佐らが出てきて直接話を聞きます。厳しい質問が出ますが、私の場合は面接官に同じ署の上司だった人がいてすんなり決まりました。

 −職場の雰囲気は。

 戦前の特高警察のような左翼撲滅的な強硬な考えの人もいますが、公務員的な仕事として粛々とやる人が多いですね。公安で立場が強いのはやはり共産党担当。公安本流です。続いて極左、外事、右翼という順。面白いのは担当のセクトに性格が似てくる。部内で回覧された「憲法九条守れ」というビラを見て「まだこんなこと言ってるのか」と右翼担当が笑うと、共産党担当が「おまえは右翼か」と言う不思議な世界です。

 −幹部自衛官から警察官になったそうですが。

 小学生のころから国の役に立ちたいという思いがあった。日本向けプロパガンダをしているモスクワ放送を聴いてソ連は恐ろしい国で日本を侵す可能性があると思っていて、航空自衛隊に入ったのです。が、実に幼稚な世界で、幹部候補生学校では一人一個と決まっている朝食のパンを多く確保したいがために食堂に全力疾走する。配属先では酒が飲めない人に「俺の酒が飲めないのか」と強要。国防意識が低く、警察の警備・公安だったら国のためになると思って転身しました。

 −警察を辞めたのは?

 裏金づくりとパワハラなど体質に嫌気が差しました。左翼の衰退と北海道警の裏金問題を契機に、捜査経費が大きく減らされています。私の在職時は課で月に二万〜三万円。表向きは十万円あるのに本部公安課に半分、残り五万円の半分を署長が取るのです。下っ端は身銭を切っています。上司と言えば上にごまをすり、下には強気。人の話を聞かずに怒鳴り、間違っても謝らない…。

 −公安の存在は時代とともに変わっていますか。

 公安警察官自体が全盛期の半分以下に減らされている。昭和の時代は警察署長の七〜八割は警備・公安出身というぐらい公安偏重でした。今は本部も含め警備部は四百〜五百人ぐらいで、六千人余の県警全体から見たら少ない。署の半分は地域課員ですからね。ソ連崩壊後は張りをなくして辞める人もいてね。昇進や定員減で公安以外にいって辞めた人もいます。情報をとるだけの公安だから、一般の警察官に必要な盗難届や落とし物の届けなど必要な書類作成なんてできないんですよ。署に出ても疎まれるだけ。署で尊敬されるのは他課の仕事もこなせる人ですから。

 −告発への圧力や今後の公安については?

 圧力なんか恐るるに足らずですよ。弾圧はないし、むしろ怖がっているというか敬遠していますよ。警察に電話するとすぐ切られるし、知り合いを食事に誘っても逃げられます(笑)。今の日本に左翼ゲリラや国際テロの可能性は低く、イスラム過激派のテロだってその信者数からみれば、ほとんどゼロに近い。

 公安警察は解体して、海外情報の収集に力を注ぐ組織をつくった方がいいと思います。

◆あなたに伝えたい

 公安警察は解体して、海外情報の収集に力を注ぐ組織をつくった方がいいと思います。

 <さなだ・さこん> 1968年、静岡県生まれ。自衛隊一般幹部候補生試験に合格し、大学卒業後は航空自衛隊に入る。94年、3尉任官し千歳基地にある第2航空団配属、基地消防部隊の小隊長を務める。隊の体質に嫌気がさして2等空尉で退官。97年、静岡県警に入る。藤枝署の地域課警察官として交番勤務。3年後に希望して同署警備課に配属される。2003年、上司のパワーハラスメントや裏金づくりなど警察の体質と闇に怒り、退職。巡査長だった。その後、ネットで警察の体質を告発した。退職後に海軍の体質を批判する小説「蒼空の零 ソロモン征空戦」(学習研究社)、自衛隊の存在を問う「平成の防人(さきもり)たちへ」(展転社)を出版した。

◆インタビューを終えて

 自衛隊と警察。規律の厳しい組織出身らしく背筋を伸ばし明快に語る姿が印象的だった。公安と自衛隊の情報保全隊(旧調査隊)とは情報交換するなどいい関係にあるが「公安調査庁職員はたまに来るが相手にしない」とか。日本に警察ほど正確な情報を集めている組織はなく、その中心にいる公安は国家を背負っている意識があるようだ。記者が警察回りのころ、風俗業の女性が殺され、会見のため警察署に集まった多数の記者を前に公安一筋の署長は言った。「天下国家に関わる事件じゃないですよ」。人の命にランク付けするような体質がいまだ公安に残っているなら問題だ。

 (小寺勝美)

 

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