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一夜の栄華と永劫の転落

随筆・漫文

 

夜中に酷い吐き気で目が醒め、急いでトイレに駆け込み便器の中に嘔吐した。間一髪のところだった。便器の水には吐瀉物に塗れたアンパンマンのソフトビニール人形が浮かんでいた。

このアンパンマンのソフトビニール人形は優しかった養母の形見で、身寄りのない私の孤独を癒す大切な宝物であり、家族のようなものだ。私はいつも食事をする時は彼を卓袱台に置き、風呂にも一緒に入り、寝る時は枕元に置いていた。

その人形を傍に置いているといつも養母が見守ってくれているような気がして安心した。自慰行為をするときはそれにタオルかなんかをかぶせて見えないようにしていた。

私はその大切な人形を食べた覚えは無かった。食べるなどという事はあり得なかった。

どうも最近、いくら寝ても疲れが取れないし、朝起きると部屋の調度品の配置が変わっていたり、身体に痣が出来ていたりする事が多々ある。夜中に誰かが侵入して悪戯しているのだろうか、それとも心霊現象だろうか。気になって眠れないので、インターニョットで防犯カメラについて調べてみた。

いま私はインターニョットと言ったが、本当はインターネットだと分かっている。分かっているが動揺しているのでインターニョットと言ってしまったのだ。それぐらい動揺しているのだ。

その日は取り敢えずアンパンマンを綺麗に洗って寝た。

後日、インターニャットの通販サイトで購入した夜間撮影も可能な防犯カメラが届いたので、室内に設置した。そして寝た。翌朝、防犯カメラの映像を確認した。

***

23時就寝。

0時、特に変化は見られない。映像の中の「私」は気持ち良さそうにスヤスヤと寝ている。

0時45分、寝返りをうち尻を掻き放屁する「私」を観て、私は少し恥ずかしい気持ちになった。

0時55分、「私」が何か長い寝言を言ったが何を言ったか判然としない、萩原朔太郎円高ゴリ安、メスブタ、エスプレッソおかわり、と言うのは聞き取れた。

0時59分、「私」は布団から這い出て、ゆらゆらと気怠そうに立ち上がった。

そして1時になると「私」の独演会が始まった。映像の中の「私」は浜田省吾きゃりーぱみゅぱみゅ矢沢永吉などを歌いながらフラダンスを踊った。

1時半にまた寝床に戻った。

***

私はその映像を観て泣いていた。

何故泣いていたか、夢遊病が発覚したから?

否、その寝ている筈の「私」の歌と踊りがあまりにも見事だったからである。起きている時の私はあんなに上手に歌い踊れた事が無い。

私はその映像をレコード会社に送った。

こんな素晴らしい歌舞は観た事がない、是非来てくれという事になった。

そしてその歌と踊りは観るものを魅了し、大衆の心を鷲掴みにした。「私」は一躍スターになった。

しかしその見事な歌踊は、睡眠時にしか発揮されず、私はいつも舞台に上がる前に睡眠薬を多量に摂取するようになり、私の身体は次第に弱っていった。

睡眠薬も効きにくくなり、より強力な薬を多量に蒸留酒で流し込むなどしていたら、ある日急に胸が痛み、卒倒し、私はぽっくり死んでしまった。

死因、薬物中毒。

薬物乱用、ダメ、ゼッタイ。