娘が今年の春から小学生になった。月並みなことを言うが、本当に早い。早過ぎる。
もともと娘は妻の連れ子だった。結婚当初はまだ生後9ヶ月。それからずっと一緒に暮らしている。
妻はシングルマザーとして娘を産んだ。娘の生物学的な父親については俺は何も知らない。今後も特に必要がなければ聞くつもりもない。
娘は俺を実の父親だと思って暮らしてきたし、俺もこのまま何も言わずにいようと思っていた。少なくとも俺が死ぬまでは。
しかし、妻をはじめ周囲の意見は違った。それはやはり責任放棄だという。きちんと真実を伝えるのも親としての義務だと。それをさぼってはならないと。
しかも伝えるならなるべく早い方がいいという。育児研究などによると、こういう話は先送りするほど後で問題化するらしい。そんなものは個々のケースによると俺は思うが。
それでしばらくうじうじ迷っていたのだが、先週、娘に話した。夕飯のあと。居間で。テレビを消して。
なるべく暗くならないように話したつもりだ。妻が傍らでずっと娘の手を握っていた。
娘は最初のうちは神妙に聞いていたが、途中から「興味がないからもういい」と言って、ぷいと立ち上がり、その場から離れてしまった。そしてテレビを付け、しばらく放心したようにモニターを眺めたあと、布団にもぐって寝てしまった。
俺は何かとんでもない間違いを犯したような気持ちになった。
その晩、俺は滅多に飲まない酒を飲み、酔いつぶれてしまった。妻に介抱された。
翌朝からは普段通りの生活に戻った。日常生活は強固だ。テレビドラマみたいに関係が一変するなんてことはない。
ひょっとしたら娘は俺が話したことを忘れてしまったんじゃないか? あるいは冗談だと考えて、軽く受け流したのか?
それぐらい娘の様子は変わらなかった。
ところが。
昨日、妻に話を聞いて驚いた。
どうやら妻とは色々と話しているようなのだ。
娘の関心は主にふたつあるそうだ。
ひとつはチリ毛について。俺は東野幸治ばりのチリ毛なんだが、娘はいつか自分もチリ毛になるのではないかとひどく怯えていたらしい。でも、血の繋がりが無いなら遺伝もしない。よかった!
ほっとしているようなのだ。
もうひとつはホクロについて。俺はアゴに小さなホクロがあり、娘はそれをなぜか羨ましがっていた。そして自分もいつか絶対に同じ位置にホクロができると信じていたんだそうだ。でも、血の繋がりが無いということは....。こちらはガッカリ案件のようだ。
チリ毛の悩みが消えた代わりに、ホクロの希望が潰えた。それが今の娘の偽らざる心境らしい。なんて即物的なんだ。
もちろん、娘の本当の心のうちまではわからないのだが。
とりあえず、妻の話を聞いて俺は楽しい気分になった。
この家族を守っていきたい。
まあ正直父親って端から存在感無いしね
反抗期に入ったら「血のつながりもない奴が父親面するな」って言われるよ その時は一発びんたしてからしまった、って表情をするのがお約束だから練習しとこうね