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名古屋人様

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 4月23日(日)00時35分32秒
  遅くなってすみません。

レスありがとうございます!

正義の人はきっといると思います。

でも、一人では声が小さいのだと思います。

正義の人の連帯が大きくなれば、鬼に金棒ではありませんか。

執行部も、それが一番コワイのでしょう。

だから、査問・除名等を、姑息に盛んにやり続けているのでしょう。

宿坊の掲示板は狙われるのです。コワイから。

本当のことが直言暴露されてしまうから。

よほど都合が悪いと見えます。 374919しかり(笑)
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 4月22日(土)23時44分40秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
全ての善女善男子が健康であります様に
おやすみなさい
 

感謝と生命の福徳

 投稿者:史人  投稿日:2017年 4月22日(土)23時37分30秒
編集済
  検診受診の為の下調べで出かけました。
道すがら仏法の法理についてまた考えていたのですが、考えついたことをメモしなかった為に帰りには文句をはっきり記憶していたか疑問です。
それで今考えが散らないようにテレビを消しています。
座って落ちついて考えた方がしっかりまとまりますから。

心と体で生命に感謝していくことは大切で、その中でも頭と声は心からの現れであると思われます。
胸・腹は体からの発露(歓喜して体から沸々と喜びの生命が湧いてきた時はここからの感じが強かったと記憶しています。)
足はその躍動。子供がはしゃいでジャンプしたりするのから思い至ります。

ミュージカルで顔の表情や声からの魅力を感じることはよくあります。
それを体全体で表現していく手段も見ます。
18日放送のNHKうたコンでレ・ミゼラブルの歌の披露の中で男性が旗を持って現れて歌いだす姿を見た時にこの躍動と生命の発露を感じました。
このように人間には感情を表現する手段があります。

妙法も同じことが言えると思います。
前回少しだけ書かせてもらった戸田先生の言葉、それを連ねると・・
「宇宙の現象は、みな妙法蓮華経の活動であります。妙法とは一応われわれの心であり、蓮華とは体のこと、泥沼より清浄な開花をみせる蓮のごとく、欲ばり、ひねくれた根性で、泥沼にいるような者も、蓮華の清浄さをたもつ体になれるのです。経とは心と体の働きをいいます。」

そしてすぐ後には、「さらに、貧乏人が金持ちになるように奇蹟(きせき)のような、説明のつかぬ現象が起こる、これを妙法というのです。」

別に曰く、「経とはわれわれがありがたいと思うことです。これ自体が、われわれの運命を支配するのです。」
人の言葉とは何と有難いことでしょうか!
戸田先生は今日人々が功徳を得ていく道筋をちゃんと口で説明してくださっています・・・。

最初に書いた、今日道すがら考えていたのはそのことです。
今日の発心でこんな感じの記述がありました。
自分の担当する子供に対して、悩んでいたところ、自分の顔を見てそれではいけないと感じ、「相手の仏性を信じ抜ける自分になろうと決め、・・・」とありました。
「鏡に向かって礼拝を成す時浮かべる影又我を礼拝するなり」
この時、〔「この子は変わるべきだ」という決め付け〕への反省があったといいます。

御書では地獄は地獄のままであって餓鬼と変じた時は地獄の実の姿ではないとあります。
地獄は地獄のままが実の姿でというのは、変わろうという心とは矛盾しますが、ご本尊に対していく時には、多くの場合に自分の心や振る舞いを自分で感じて発心してお題目を唱えた時に変化が見られます。

なので、今日道すがら考えたことは心と体で生命に感謝していけるように変わろう、(またはそうあろう)ということでした。
「経とはわれわれがありがたいとおもうことです」(前述の戸田先生の言葉)、ここに答えがちゃんとありました。
以前書いた福運とは元々持っているもので功徳とは積もるものという趣旨の自分の考えには、元々持っている生命の福運というものに対して感謝していければという答えがありました。

戸田先生が、「持っている福運には感謝していきなさいそうでなければその福運は消えてしまうからだ」と女子部に言われたことは、とても意味深いものがあるように思います。
自分では感謝出来るようになっていくことで、生命の福運を自覚出来るまでは中々至らないという結論が導き出されます・・・。

新・人間革命の中にある力走の中には、「それまでは、“頑張って信心してきたのに、どうしてこうなるのだ!という思いがあった。しかし、新たな決意で唱題に励むと、心が変わっていくのを感じた。・・・(省略)・・御本尊への深い感謝の念が湧いてくるのだ。感謝の心は、歓喜をもたらしその生命の躍動が、大生命力を湧現させる。」とあります。
また源流の最後に「広宣流布をわが使命とし、弘教に取り組んできた同志の胸中には、汲めども尽きぬ喜びがあふれ、生命は躍動し、獅子の闘魂が燃え盛っていた・・」とあります。

91年12月の本部幹部会のスピーチが15年7月7日の本部幹部会で紹介されていますが、その中に、長いので割愛しますが、「仏法に巡りあうーそれは偶然ではなく、過去世からの福徳によるのである、と。」とあり、
「我等宿福深厚にして、仏法に生まれ値えり(釈)」の分について、述べている言葉は、御義口伝の一節から、
「此の文は一句妙法に結縁すれば億劫にも失せずして大乗無価の宝珠を研き顕すを生値仏法と云うなり所謂南無妙法蓮華経の仏法なり(御義口伝の釈)」
ーこの文(「宿福深厚生値仏法」)は、たとえ一句でも妙法に縁を結ぶならば、その福徳は億劫という計り知れない長遠な年月に間にも、決して失われることはない。そして大乗教の究極である無上に高価な宝珠、すなわち衆生の胸中にある仏の尊極の生命を磨き顕していくことができる。これを「仏法に生まれ値えり」というのであり、その「仏法」とは南無妙法蓮華経の仏法なのであるーと。少しでも妙法に結縁するならば、その福徳は永遠に消えることはない。と言われています。

心から真理を得ることは中々難しいことです。
そんな中でも先人の言葉を胸に抱いて自分自身変わって行こうという思いから、必ず答えを導き出すことがあると信じます。
道筋はまだまだ遠いですが、いつまでも身の上に功徳が現れないままではと思い、日々口中唱題(今書いている間も口開けたままたお題目を念じています。)を繰り返しつつ、御本尊の前で答えを待ち続ける日々です。

前回書いた御書に曰く、「即為疾得無上仏道」と。
題目を念じ持っていく中に仏道修行の根幹があり、経文の「得入無上道」というのもあるように思います。

後記:
会社から病気が移ると困るからと一ヶ月休んで入院(実際には病院では許可が出ません)するように、毎日血を抜いて貰えと言われて、今お題目をあげていって境涯革命をしていく時と感じています。治療は先生に何の薬も出して貰えなかった入院していた病院の話しをして、薬での治療を懇願してようやくいただけるようになりました。
給料に関しては社長から放り込んでおいてやるからと言われ、今は時間もあるので動いている掲示板がここだけなこともあって、頻繁に閲覧しています・・・。
 

mission様

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 4月22日(土)23時01分40秒
  mission様が一月前に投稿されたこの文章が、日を追うごとに心に深く刺さってきてます。


ひかり様   投稿者:mission    投稿日:2017年 3月21日(火)18時20分58秒


   【組織信心では功徳が出ないと思う】
少し古い先生の御指導ですが(第2回中部総会1987年9月21日:中部池田記念講堂)
『功徳は信心中心で論ずるもので、組織の位置をもって論ずるものではない。そのところを、よくよく間違わないようにして下さい。
さらに戸田先生は「信心」と「組織」について次のように述べられている。
「組織は広宣流布のためにある。組織がなければ広宣流布はできない。どこまでも組織は組織として、厳存しなくてはならない。そして、どこまでも、異体同心の精神がなければ広宣流布ができないと(大聖人は)おっしゃっている」と』

今の学会の組織は『信心中心』ですか?
『広宣流布』に向かっての活動ですか?
そこに『異体同心』の精神があるのか?
その原因はやはり、学会トップ連中の「一念の狂い」にあると思います。
本来の信心って『日蓮と同意』が大原則じゃないの?
『日蓮と同意』の信心を忘れてるから、組織が魔として動いてる。

「問題発言」に目を光らせてる幹部様を見てると、まるで北の国の様な独裁創価。
もはや『異体同心』でも何でもありませんょ!異体同心…なんか遠い昔って感じがします(泣)
仏の心で『広宣流布』を祈ってたら、自公で数々の「敵ありき」の法案は作らなかったはず。


……………………………………………………………………………………

一月前よりも、一般世間の公明党・創価学会を見る目は、確実に厳しくなっていると思います。


自公政権は国民に対して「大罪を犯している」と言われています。

公明党は支持母体創価学会の「牧口初代会長の獄死」が平和勢力の原点じゃないのか?

治安維持法は、仇ではなかったのか?

こんな内容の文章が、雑誌やネット評論にも多く見られるようになりました。

これは放置できません。

外部からの警鐘と受けとめるべきです。

今の学会は以前とまるで別物、「池田名誉会長の路線と違う」ということまで言われています。


皮肉にも、昔は学会を批判していたような外部のほうが、長年、現実をよく見ていた結果、

今では逆に、核心ついた残念な指摘をしているような感じです。


執行部・幹部は、現場では直面しているこの状況が、どうも見えてないですね。


執行部・幹部に分かるわけがないですね。

現場に出ず、まともな学会活動をせず、給料もらって、口先ばかり、壇上から号令ばかり。

こんなヤカラに何が分かるというのでしょう。


「敵ありき」の法案通して、自分らが国民の敵になってしまったようです。

仏の心で広宣流布を祈ってなかったのですね。







 

立正安国論 34/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月22日(土)22時58分50秒
  夜書火滅字存三界果報亦復如是
法華經第二云若人不信毀謗此經
乃至其人命終入阿鼻獄同第七
卷不輕品云千劫於阿鼻地獄受大苦
惱涅槃經云遠離善友不聞正法住惡
法者是因縁故沈沈在於阿鼻地獄所
受身形縱横八萬四千廣披衆經專
重謗法悲哉皆出正法之門而深入
邪法之獄愚矣各懸惡教之綱而
鎭纒謗教之綱此朦霧之迷沈彼盛
焔之底豈不愁哉豈不苦哉汝早改
信仰之寸心速歸實乘之一善
然則
三界皆佛國也佛國其衰哉十方悉
寶土也寶土何壞哉國無衰微土
無破壞身是安全心是禪定此詞此
言可信可崇矣
客曰今生後生誰不愼誰不恐披此經




(人の)
夜書くに火は滅すれども字は存するが如く、
三界の果報も亦復是くの如し」と。
法華経の第二に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば
乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」と、
同第七の巻不軽品に云く「千劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受く」と、
涅槃経に云く「善友を遠離し正法を聞かず悪法に住せば
是の因縁の故に沈没して阿鼻地獄に在つて、
受くる所の身形・縦横八万四千由延ならん」と。
広く衆経を披きたるに専ら謗法を重んず、
悲いかな皆正法の門を出でて深く邪法の獄に入る、
愚なるかな各悪教の綱に懸つて鎮に謗教の網に纒る、
此の朦霧の迷彼の盛焰の底に沈む豈愁えざらんや豈苦まざらんや、
汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ、
然れば則ち三界は皆仏国なり仏国其れ衰んや
十方は悉く宝土なり宝土何ぞ壊れんや、
国に衰微無く土に破壊無んば身は是れ安全・心は是れ禅定ならん、
此の詞此の言信ず可く崇む可し。

客の曰く、今生後生誰か慎まざらん誰か和わざらん、
此の経(文を)披いて




夜に字を書いて火が消えても、
字は見えなくてもきちんと残っているが如く、
この三界の果報も、死んでのち、
必ず現世につくった罪の因により、
縁により生じてくるのである」とある。
法華経の第二譬喩品には
「もし、人が信じないでこの法華経を毀謗するなら、
その人は死んでのち阿鼻地獄におちるであろう」とある。
同じく法華経第七不軽品には
「死んでのち、千劫阿鼻地獄において大苦悩をうける」とあり、
涅槃経には
「善友を遠ざけて正法を聞かず、悪友に従っていると、
その因縁によって阿鼻地獄に沈み、
縦横八万四千由延という無間の苦しみを受けるであろう」とある。
以上のように広く一切経を開いて見ると、
いずれの経も専ら謗法が重罪である事を説き、誡めている。
しかるに悲しいことに人々は皆正法の門を出て
深く邪法邪義の獄に入っている。
愚かにも法然などの悪教の綱にかかって
末ながく謗教の網にまつわっている。
現世には邪教の朦霧に迷い、
死後は阿鼻地獄の火焔の底に沈むことをみて、
どうして愁えずにおかれようか。
どうして苦しまずにおかれようか。
いまやあなたは一刻も早く邪法信仰の寸心を改めて
実乗の一善たる日蓮の法門に帰依しなさい。

そうすればすなわちこの三界は皆仏国である。
仏国であるならどうして衰微することがあろうか。
十方の国土はことごとく宝土である。
宝土であるならどうして壊れることがあろうか。
国に衰微がなく国土が破壊されることもなくなれば、
あなたの身は安全になり、
心には何の不安もない幸福生活を送ることができるのである。
この言葉は心から信ずるべきであり、崇めるべきである。

客のいわく。
今生・後生とも人生の不幸の原因が示された以上は、
誰人が心の底から慎まないでいられようか。
恐れないでいられようか。
今、示していただいた経文を開いて、



(大きな画像はこちらから↓)
https://blogs.yahoo.co.jp/kyodaineko130/33094837.html
この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。



 

同盟題目23時より開始します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 4月22日(土)22時52分31秒
  任意参加です。よろしくお願い致します。

賢くなりたい婦人部さま

>>今や、権力を恐れず声をあげているのは誰?
『共謀罪』を体感しながら、必死に語り呟いている健気な無冠の友ですよ。<<

まさに、三代会長の真の後継者ですね。

一方、直弟子を名乗る方は何をされているのか?
直弟子のくせに恥ずかしい限りです。
 

2006/1/11 本幹より

 投稿者:こんにちは  投稿日:2017年 4月22日(土)22時35分23秒
  一人の尊さを無視し、軽んじて、人間を「集団」で見ていこうとするのは、権力者の発想である。それでは、独裁者のヒトラーと同じになってしまう。

ヒトラーに、一人ひとりの尊厳は、わからない。「大勢」「集団」にこそ価値があった。

それはなぜか。
権力者にとって、人間は「手段」にすぎないからである。

………………………

学会のいき方は、これに真っ向から反対する。
一人ひとりの幸福こそが、広宣流布の「目的」だからである。

………………………

この根本を間違えたら大変なことになる。権力者の発想をする人間が現れたら、それは学会を利用する極悪人である。
 

立正安国論 33/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月22日(土)20時58分55秒
  國滅家何所遁世汝須思一身之安
堵者先祷四表之靜謐者歟
就中人
之在世各恐後生是以或信邪教或
貴謗法各雖惡迷是非而猶哀歸佛
法何同以信心之力妄宗邪義之詞哉
若執心不翻亦曲意猶存早辭有爲
之郷必墮無間之獄所以者何大集經
云若有國王於無量世修施戒慧見
我法滅捨不擁護如是所種無量善
根悉皆滅失乃至其王不久當遇重
病壽終之後生大地獄如王夫人太
子大臣城主村主將帥郡主宰官亦復如
是仁王經云人壞佛教無復孝子六親
不和天龍不祐疾惡鬼日來侵害災
怪首尾連禍縱横死入地獄餓鬼畜生
若出爲人兵奴果報如響如影如人




国を(失い)家を滅せば
何れの所にか世を遁れん
汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か、
就中人の世に在るや各後生を恐る、
是を以て或は邪教を信じ或は謗法を貴ぶ
各是非に迷うことを悪むと雖も而も猶仏法に帰することを哀しむ、
何ぞ同じく信心の力を以て妄りに邪義の詞を宗めんや、
若し執心飜らず亦曲意猶存せば早く有為の郷を辞して必ず無間の獄に堕ちなん、
所以は何ん、大集経に云く「若し国王有つて無量世に於て施戒慧を修すとも
我が法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば是くの如く種ゆる所の無量の善根悉く皆滅失し、
乃至其の王久しからずして当に重病に遇い寿終の後大地獄に生ずべし・
王の如く夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡主・宰官も亦復是くの如くならん」と。
仁王経に云く「人仏教を壊らば復た孝子無く六親不和にして天竜も祐けず
疾疫悪鬼日に来つて侵害し災怪首尾し連禍縦横し死して地獄・餓鬼・畜生に入らん、
若し出て人と為らば兵奴の果報ならん、響の如く影の如く人の(夜書くに火は滅すれども)




国土を失い国が亡びてしまったならば、
一体どこえのがれて行けるであろう。
あなたはすべからく、一身の安堵を願うならば、
まず一国の静穏、平和を祈るべきである。

なかんずく、人の世にいる間は、
おのおの死後の来世のことを恐れるものである。
このゆえにあるいは邪宗教を信じ、
あるいは謗法を貴んでいる。
自分はおのおの仏法の是非・善悪に迷っていること自体は悪むけれども、
なおより深く考えれば、彼等もまた正法を求めて仏法に帰依しているのである。
それでいながら、邪法を邪法と知らずにそれを信じていることを哀しむものである。
同じく信心の力をもって仏法を尊重しようとするならば、
どうしてみだりに邪法邪義の言葉を崇重してよいのであろうか。
もし法然などの邪法に対する執着の心がひるがえらないで、
また私曲の意がなお存するならば、
早くこの世を去り後生は必ず無間地獄に堕ちるであろう。
大集経には「もし国王があって、無量世のながい間・
布施・持戒・智慧の修行を積んできたとはいえ、
正法が滅びようとしているのを見捨てて、
擁護しないならば、(謗法を責めないなら)
このように種えてきたところの善根はことごとく皆、滅し(乃至)
その王はまもなく重病にかかり、死んでのち大地獄に堕ちるであろう。
王と同様、夫人・太子・城主・村主・将師・郡主・宰官もまた
ことごとく大地獄に堕ちるであろう。」とある。
仁王経には「人が正法を信じないで謗法をするならば、
家庭の中が乱れ、孝行の子がなく、親子・兄弟・夫婦は互いに不和で、
天竜も守護せず、疾疫悪鬼が日に来たって、
肉体的・精神的な苦しみを与える。
そして災難が絶え間なく起こり、
死んで後は地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちるであろう。
もし、再び人間として生まれてきた時には、兵隊として人に屈従する、
楽しみのない果報を得るであろう。
音の響きに応ずるがごとく、物の影にそうがごとく、
夜に字を書いて火が消えても、



(大きな画像はこちらから↓)
https://blogs.yahoo.co.jp/kyodaineko130/33094837.html
この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。



 

フランス大統領選挙

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 4月22日(土)20時28分21秒
  極右の大統領候補者マリー ルペンを称賛する米国大統領ドナルド トランプ。ルペンが勝利すればフランスのEU離脱、核抑止力増強が視野に入る。米国のトランプ、ロシアのプーチン、フランスのルペン。世界列強に核抑止論者が揃い踏み。SGI提言で、池田先生が警鐘を鳴らした核戦力の垂直拡散の悪夢が再び。北朝鮮にのみ注目して撲滅唱題会をしている時ではない。  

新・人間革命に学ぶ第14巻

 投稿者:賢くなりたい婦人部  投稿日:2017年 4月22日(土)20時05分3秒
  …………………………【無冠の王者】……………………………

無冠の王者ーー伸一はかつてこの言葉を聖教新聞の関係者に贈った。そこには権威も名声も求めることなく、いかなる権力も恐れず、民衆のために果敢に戦う勇者たれとの、彼の熱い期待が込められていた。

新聞が権力におもねり、その下僕となれば、社会正義の追求という大事な使命を放棄してしまうことになる。さらに、真実を知る民衆の権利は奪われ、新聞は人々の目を欺く煙幕と化してしまう。(p358)


現代の社会のなかで最も欠落しているものは、正と邪、善と悪の分別であり、邪悪と戦う心であろう。
本来、平和や人間性といっても、邪悪と戦う心に裏打ちされていなければならない。
邪悪が跳梁跋扈するのを黙認した平和は、精神の墓場に漂う、闇の静けさである。邪悪に目をつぶる人間は、決して寛容なのではなく、臆病で無気力であるにすぎない。
不正を許す、事なかれ主義は、一時はよいように見えても、やがては皆を不幸にしてしまう。邪悪と戦う正義の心をもって立つことこそが、本来の言論の使命といってよい。(p368)


………『新・人間革命』第14巻大河の章(p358~)……………

私は、聖教職員や本部職員とはこのような人たちであると、期待しておりました。(今でも固く信じている人も多いです)
だが、しかし、
今や、権力を恐れず声をあげているのは誰?
『共謀罪』を体感しながら、必死に語り呟いている健気な無冠の友ですよ。




 

こんばんは。

 投稿者:幸せな人  投稿日:2017年 4月22日(土)19時06分16秒
  「(新聞)取らない・(票)入れない・(カネ)払わない」布施行を断つ、お見事!「(会館)行かない・(幹部)会わない・(物事)頼まれない」

賛成です。

長年の活動を断ち切るのに別の意味で勇気いりますよね。わかります。でも、おかしいし魅力が無いからしょうがないです。

組織信仰を棄てたら、今とても幸せです
(´ω`)

純粋にお題目あげて功徳たくさんあります。何より心が軽やか(´- `*)

組織、党の勝利ではなく、池田先生の勝利を祈り続けます。

宗教というものは正法といえども一歩間違うと恐ろしい。
((((;゜Д゜)))
 

徹して学びましょう

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月22日(土)18時34分39秒
  池田会長 指導
1973年(昭和48年)3月31日
第2東京本部幹部会 創価大学 体育館

「私は以上にあげた御書や経文をよりどころとしまして、古今、哲学界の最大のアポリア(難問)とされている「自我」というものについて、その断面にふれてみたいと思います。

 自我--つまり自身の内奥的・根源的存在は、法華の法門においては常楽我浄の我、あるいは地涌の上行菩薩として、あるいは一念三千の一念心として、というように様々な角度から説き示されているのでありますが、そこへいきつく前に、まず当然の常識として、誰でも自分を内省してみれば、自分が存在していることはすぐわかります。

  それによって類推してみると、どの他人にも、それぞれ自我があることは認めざるをえないところでありましょう。これは「日常的な自我」の奥に存在しているのであります。

 こういう日常的な自我というものは、他人から無視され、黙殺されると、疎外感に満たされ、孤独を味わい、戦場へ駆り立てられたりするような異常事態が突発しますと、ハッと我にかえって、自我は「存在するものは我一人のみ」という、絶対的孤立感に支配されてしまうものであります。

 また、こうした日常的な自我は、対人関係・社会関係のなかでは、常に縮小と拡大とを繰り返していきます。利用されたり、しかられたり、いやしめられたり、けなされたり、嫌われたり、罰せられたりした時は、それらの強度に比例して、自我は縮小するものであります。

  反対に、ほめられたり、尊重されたり、優遇されたり、賞を与えられたり、愛されたりした時には、自我は拡大していきます。

  ただし、四悪趣的自我を拡大してしまっては、無慈悲であり「慈無くして詐り親しむは即ち是れ彼が怨なり」となります。こういう事実があるからこそ、正しい倫理では「他人を自分のオルガノン(道具)として利用してはならない」と戒めるのであります。

  儒教で「己の欲せざるところを人に施すことなかれ」というのも全く同じ見地からの発言であると私は思う。

 世の中には、イキが合ったとか、ウマが合うとか、相性がいいなどという表現がありますが、これは「互いの自我が結び合った状態」を示しているのでありまして、英語ではこの結び合いを「ラポート」といっております。この「ラポート」は友好の上では極めて大切なことと思うのであります。

 これについてある本では「積極的に心のベルトをかけようとするには、どんな手を打ったらよいか。その第一歩は、相手への関心を示すことである。その示し方は二通りあって、(1)私はあなたを認めている、無視していない(2)あなたについて知っている、この二つである」という意味のことをいっております。

 人間の自我は、このとき初めて独我的自己より救い出されて生き生きと拡大し、使命を自覚するにいたるのであります。この局面においては「沈黙は金である」という格言は、むしろ誤りであり、有害であり、理解と親切な会話こそが金となる、と私は申し上げたいのであります。

  我々は互いに尊重し合い、互いによく知り合い、対話に対話を重ねて異体同心の輪を広げつつ、互いに相手の自我を拡大してあげることに努めていこうではありませんか。これが人間連帯の広布の波となっていくのであります。

 ただし、自分で自我を拡大していこうと働くのは、勤行・唱題のとき以外は、エゴイズムに陥る危険性があるということも忘れてはならない。相手の自我拡大に努力した人だけが、その果報として、自分の自我が拡大するといえるのであります。

 対話といい、指導といい、折伏といい、全てはこの方程式でなければ、功徳を生まないと思います。折伏は折り伏せることではないかと批判される場合がありますけれども、その真義は悪心を折ることによって、その奥に隠れていたその人の自我を引き出し、拡大することなのであります。

  どうか、よくよくこの方程式に徹して、立派な仏道修行者として、また人間として大成されますことを、私は心からお願い申し上げるものでございます。

 さて、以上のような日常的自我は、これは所詮、有漏の煩悩を主体とした、表面的な自我といわざるをえない。その奥に、非常事態に直面して、ハッと我にかえった時に現れるような内奥の自我があります。

  仏法的にいえば、無漏の自我であります。六道に対する四聖の自我であります。そして、更にその奥に根本的な自我があります。

 それは、こうした人間の内奥における自我、四聖の基盤であり「真我」といってもよい。有漏・無漏に対する「非有漏・非無漏」の自我、あらゆる大哲学者、大思想家達が心魂こめて求め続けたところの自我、これこそ妙法仏界の自我であり、南無妙法蓮華経の大生命なのであります。

 この尊い真我、つまり真の自我は、九界本因において求めれば「信心」以外のなにものでもない。信心・唱題の人のみが、この自我を味わうことができ、信心を貫いた人のみが、これを体得することができるのであります。

  仏界本果において求めれば、御本仏日蓮大聖人の御境地そのものであります。我々が折伏を行じ、広宣流布を目指すのはなんのためであるか。それは、あらゆる人が、生まれつき本然に自己の究極的自我の発揚・拡大を求めるからであります。それが人間の「生存本能」だからであります。

 広宣流布は仏意仏勅であると、一口に言ってしまえばそれまででありますが、以上のように自我の観察からリサーチしてみれば、人類全体の生存本能上の先天的な要求であることが明らかである。ただ、それが的確に人類に自覚されていないだけなのであります。

 広宣流布は、明らかに「人類の要求」であります。「広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし」(1360頁)との仰せは、以上のような関係性を奥底まで見通しておられたがゆえの大聖人のお言葉ではないかと私は確信しているのであります。

 人々は皆、真実の永遠的真如の自我の発揚を求めながら、それぞれに九界の自我のなかに閉じこもっております。その解放は、大御本尊による以外にない。妙法による以外に絶対にありえない」


 

ヒトラーを教材に??

 投稿者:太ちゃん@平らかなるは人編  投稿日:2017年 4月22日(土)18時07分53秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/67661
公明党は「おかしい」!学会員なら怒るべき!!   投稿者:虹と創価家族   投稿日:2017年 4月22日(土)16時24分7秒


【日本政府、「ヒトラーの著書を学校教材として使用可能」と閣議決定】

2017年4月15日、韓国・マネートゥデイは、日本政府が旧ナチス政権当時の独裁者アドルフ・ヒトラーの著書「わが闘争」を、学校教材として使用できると閣議決定したことを伝えた。

日本メディアによると、日本政府は14日の閣議で、「わが闘争」を学校教育の教材として利用することに関連して、「教育基本法等の趣旨に従っていること等の留意事項を踏まえた有益適切なものである限り、校長や学校設置者の責任と判断で使用できる」とする答弁書を決定した。


http://www.recordchina.co.jp/b175380-s0-c10.html
日本政府、「ヒトラーの著書を学校教材として使用可能」と閣... - Record China


なんじゃそりゃ??
『有益適切なものである限り』という評価が閣僚のヒトラー著書の認識ということ?
公明党はそんなの認めるんですか??

公明党がそんなの認めるようだと池田先生はヒトラーを評価してると誤解されるのでは?
いや、もっとマクロ的にいえばそんな公明党を支援するのは「私はヒトラーを評価してます!」と公言してるも同然ではないですか!
学会は組織をあげて公明党を支援してる以上、4人組は学会員にヒトラー絶賛させるおつもり?
さすがにそんなの池田先生の意向じゃないことに気づくんじゃありません?

これで「平和の党」なんていくらなんでも詭弁でしょ
ヒトラーは平和の使者じゃないの子供でも理解できる話ですもん

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

魂の独立

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 4月22日(土)17時58分36秒
  信濃町のネット対策チームの対策です。

公明党が推進した安全保障関連法案。

法案を通すにあたり、創価学会職員は日本の安全を守る為に推進する法案だと会員さんへ説明したことに異論のある創価学会職員はいないと承知しています。

しかしながら、そんな法案を成立させたにもかかわらず、なぜ日本にミサイルが飛んでくることを想定して避難訓練をしなくてはならないのでしょうか?

安全保障関連法案成立前にミサイルが飛んでくることを想定した避難訓練など聞いたことがありません。

会員の皆様は公明党と創価学会職員に騙されたのです。

皆様!無理矢理な信仰心で公明党を支援するのを止めましょう!
私は前々回の国政選挙から支援は止めました。
心が楽になりますよ!
当然、罰など当たりませんよ!

池田先生の平和思想に反する公明党を支援するから皆様は悩むのです。
冷静に考えて池田先生の平和思想と違う公明党だから支援しないと決めればいいのです。

公明党支援と言う呪縛から解放されると心も体も軽くなります!


 

一瞥して偽物と分かるのだが

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2017年 4月22日(土)17時43分56秒
  ヒトラーの「我が闘争」。学生の頃読んだが、変な説得力があって、

これでは騙される人も多いかも知れない、という感想を持った。

翻って、日本の自公政権。ナチスの手法を真似しているのはよく分かるが、偽物感満載。あまりにも幼稚。

あんな子供騙しに騙されたとあっては、末代までの大恥となる。

国会中継を見ればすぐ分かることだが、みんなあまり見ていないようだ。

あんなもの、ボクシングの試合に木刀を持ち出して、勝った勝ったと騒いでいるようなものだ。

公明党の国会議員達。議員になどならなければ、或いは成仏もできたかもしれないが、

共謀罪を成立させた時点で、たぶん堕地獄が決定するのではなかろうか。

僅かな社会的地位と、永遠の生命との引き換え。あまりにも愚かな選択。

その愚かな選択を支持し選挙活動して、与同罪を免れることなど出来るのだろうか。

主権在民の現代。真の国主は国民。その国民の多くが誤った判断をすれば、

総罰の引き鉄を引くことになりはしないか、北朝鮮情勢を鑑み、危惧している。




 

感情の操作、偶像崇拝の罠

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 4月22日(土)16時54分58秒
編集済
  大御本尊ニンテー取り下げの会則変更から2年半。
宮田式「法本仏迹論」の出現、大白巻頭言での「池田大作」呼び捨て表記、今月度本幹席上での永石婦人部長による「勇退」発言…。
とどまるところを知らない公明党の右傾化・反人権化傾向と相まって、心ある現場会員の神経を逆なでする信濃町執行部(&八王子の曲学阿世の徒)の背反は枚挙にいとまがない。

だが、それら確信犯的に累加する暴挙に、ある種、挑発的な意味合いが含まれているとすれば…?

原田執行部への嫌悪感と裏腹な、先生への素朴な恋慕渇仰の心理を巧みに利用し、浅薄な個人崇拝に誘導するギミックが仕掛けられていないかどうか。
組織信仰からの脱却を図る末端会員を、草の根ファシズムの原理を応用し言わば「下からの池田本仏論」の醸成を通じて再度囲い込む企図が隠れていないか警戒感を持つべきだと思う。

ここの住人ならずとも煩瑣な本尊論に拘泥するあまり、「もう、そんなのどうでもいいから」とばかりに池田先生のパーソナリティーそのものを崇拝対象にする方向へ誤導される人々が現れるやも知れぬ。
大徳寺の千利休像よろしく、いずれ逝去された後に何者かが顕す池田先生の似姿、仏像を拝む一群が会内に出てこないとは限らない。

スターウォーズに出てくるようなホログラム映像。
在りし日の先生の立体静止画像に手を合わせ勤行唱題、ダイナミックに指揮を執る立体動画に合わせて学会歌を斉唱し、(編集されまくりの)スピーチに耳を傾ける、、、
あと何十年後、執行部と一線を画すいくつかの小グループでかような座談会の光景が見られ、時の執行部も黙認する形になるかも知れない。

惰性で機関紙・書籍等の購読と「広布部員」を続け、最低限の金ヅルであることをやめない限りは。。

本幹やSTBを通じてのアーカイブ映像の放映はその試験的効果を見るものと考えてよさそうだ。

やたら本尊論に気を取られている隙を突いて、敵は様々な奸計を講じ、素朴な現場会員の感情の襞に忍び込んでミスリードを目論む。
「池田原理主義者」などと珍妙なレッテルを貼りたがる徒輩が無自覚のうちにその背後から操る食法餓鬼の狡智に惑わされてはいけない。。


 

公明党は「おかしい」!学会員なら怒るべき!!

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 4月22日(土)16時24分7秒
編集済
  【日本政府、「ヒトラーの著書を学校教材として使用可能」と閣議決定】

2017年4月15日、韓国・マネートゥデイは、日本政府が旧ナチス政権当時の独裁者アドルフ・ヒトラーの著書「わが闘争」を、学校教材として使用できると閣議決定したことを伝えた。

日本メディアによると、日本政府は14日の閣議で、「わが闘争」を学校教育の教材として利用することに関連して、「教育基本法等の趣旨に従っていること等の留意事項を踏まえた有益適切なものである限り、校長や学校設置者の責任と判断で使用できる」とする答弁書を決定した。

(中略)

この報道に対し、韓国のネットユーザーからは「人類にとっての大災難を起こした人物の著書を教材にして良いとは…、正気か?」「日本、大丈夫か?」「徐々に日本がおかしくなっていく」「大日本帝国の復活を狙っている」「やはり日本はアジアで一番危険な国だ」「失敗した歴史を踏襲しようとする愚かさはどこから来るのだ」「ドイツでも長い間、出版禁止になってたような本なのに(1945年に出版禁止となり、2016年に禁止が解除された)」など、批判的な意見が多く寄せられた。

http://www.recordchina.co.jp/b175380-s0-c10.html

~~~~~~~

「公明党は、おかしい!ドイツで出版禁止になっていたような本を、なぜ学校教材として使用可能にするんだ!!」

信頼する友の怒りの叫びです!!

閣議決定という事実、それは公明党が了承した事実でもある。

今まで行ってきた「ホロコースト展」は、いったい何だったのか!!
https://www.soka.ac.jp/campuslife/holocaust/

心ある創大生よ!立ち上がれ!!
http://www.soka.ac.jp/news/information/2016/04/14508/



【我が闘争】

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%91%E3%81%8C%E9%97%98%E4%BA%89
 

政局

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月22日(土)15時25分37秒
  https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170421-00520146-shincho-pol

自公は分裂すれば!すっきりする。
自民を強くしたのは学会なんだから、
自民を弱くするのも学会次第。
 

「取らない入れない払わない」

 投稿者:一言児  投稿日:2017年 4月22日(土)14時47分34秒
  「(新聞)取らない・(票)入れない・(カネ)払わない」布施行を断つ、お見事!「(会館)行かない・(幹部)会わない・(物事)頼まれない」徹底しましょ。今日の聖教、ルネッサンス展一面に。億の金使って富士美。文化的装いで口当たりのよい神秘感漂わせてケムにまく、仮装欺瞞にダマされぬ。執行部のご高齢、会員数縮小、もうこれからは質素、清貧で行ってくれ。生の共感探れ!関心示せぬ老人ではムリやろが。  

宗教的確信!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月22日(土)11時36分58秒
編集済
  > 私の考えはいたってシンプルです。
 かの熱原の三烈士は、大聖人との面談の機会は一度たりともなかったものと思います。むろん曼荼羅本尊など、授与されるどころかその存在さえ知らなかったことでしょう。それでも彼らは、自身の命を引き換えにして信仰をまっとうしました<

 その「宗教的確信」。池田先生がかつて語られた、“水戸黄門”の話を思い出します。
 旅に疲れた水戸黄門が、田んぼの脇に積まれた米俵に腰掛けていました。そこにその農家のおばぁちゃんがやってきて黄門を叱りつけます。

 「この罰当たりものめがぁ。その米はわしらのお殿様の水戸黄門さんに差し出す米じゃ。さっさと腰をあげんかぁ」
 そのお殿様というのは、目の前にいるのに。
 「すまん、すまん……」
 そう言って、黄門は、その場所を去ったという話です。

 もちろん、水戸黄門の話はフィクションです。

 民衆の宗教的確信。誰も否定はできないし、否定すべきでもありません(Qさんがそうだとは言っていません)。文証がどうで、論理がどうで……と言っている群衆より、そうした宗教的確信の人の方がいざという時には強いというのは、いまも昔も変わらぬ真理だと思います。

 本日のQさんからの「私の受講はここまで」にしたいと思います。


 

「熱原の法難」と「現在の法難」⑫

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 4月22日(土)10時57分50秒
編集済
  1990年12月3日の池田先生が御書を拝して御指導された内容をご紹介します。


静岡・伊豆の伊東は、ご承知のとおり、日蓮大聖人ゆかりの天地である。
大聖人は、法華経のゆえに、この地に流罪になれたことを、「法華経のために難にあっているのだから、昼夜二十四時間、休みなく法華経の修行していると思っている(御書936ページ)」とされ「人間に生を受けて、これほどの喜びが他にあるだろうか。決してない(御書937ページ)」との悠々たる大境涯を延べておられる。
引用以上

以前創価学会職員のため息②を公開しましたが、「査問」され「処分」された会員さんが、いつまでも元気なことに創価学会職員は苦虫を潰しています。
なぜ「査問」され「処分」された会員さんが元気なのか?

池田先生の御指導に答えがあります。

職員に「査問」され「処分」された会員さんは、池田先生の御指導に照らして原田会長は間違っている言い切り、そして「解任、除名」されているのです。
今までのように組織的な仏道修行はできませんが、先程紹介しました池田先生の御指導にあるように、「解任、除名」されたと言うことは「二十四時間、休みなく仏道修行をしていること」なのです。

「二十四時間、仏道修行している」のですから、
歓喜があります。
功徳があります。
宿命転換ができます。

何より日蓮大聖人と池田先生から称賛されるのですから悠々たる気持ちなのです。




 

逮捕しちゃうぞ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 4月22日(土)10時54分17秒
  フェイスブック 考えるだけで文字入力 新技術開発へ
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170420/k10010955211000.html
共謀罪だ!! 全員逮捕しろ!!
 

アワ・ハウス

 投稿者:SaySaySayメール  投稿日:2017年 4月22日(土)10時38分40秒
編集済
  元職員のブログが更新されています。
【後篇】「中国・岡山座談会」の報告と「4・23中部・名古屋座談会」への決意"
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-91.html
「今、間違った創価学会でも必死に先生を想って組織で闘っている人たちっていうのは、必ずこういったところに来られ繋がっていくことになると僕は思っています。『師弟不二』という目指すところが一緒だから当然だと思うんです。こういったところに来て、また繋がって、本当の先生の創価学会に戻そうって。」

ところで、会館について私もひとこと。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67652
目に見える部分ですら酷い(私の眼に分かりませんが)ようですが、目に見えない部分はもっと酷いと、電気・通信ケーブル配線業者(学会員)から聞いたことがあります。グチャグチャで管理がたいへんだそうです。キックバックはモバイルSTBや伊藤園の自販機だけじゃなくて何もかも? キックバックによるオウンゴールの失点が多すぎるのでは?
池田先生は「震災等が起きた場合に避難場所として使えるように会館は頑丈に造るように」支持されていたらしく、事実、長田の会館は阪神大震災の時は、3軒隣まで潰れてしまったのに、電気が入っていて、近隣の人は驚いていたとか(『となりの創価学会』掲載?)。
(missionさん、お元気ですか? お話ししたいことがあります。もし信用してもらえるなら、上の封筒マークからメールを下さい。)

余計な話をしますが、ある地域では会館が2つあって運営に困っているそうです。小さい組織ですが、旧館はあまりにも小さく、新館を建てました。池田先生は旧館を潰すように言われたそうですが、残しています。売れなかったというのが実情のようですが、更地にして売ることもせず、隣の地域が譲ってくれと言って来たにも関わらず譲らず、かと言って活動家は落ち目直滑降で、着任者手配に一苦労。オープン時間も減らしてなんとかやりくり。エレベータまで着けたから潰すに潰せない。いったい誰が喜ぶのか???

“俺たちの家は大家族なのさ いつだって事件が起きていて いつだって騒がしいんだ”
“覚えてるよ あの頃のことを 何もかも真実だったあの頃のことをね”
“とても楽しい時間を過ごしたのさ 心地よい時代だったし 幸せな時間だった”
『アワ・ハウス』マッドネス
https://www.youtube.com/watch?v=rXuvdeEC5y8
 

×「人法一箇」→〇「認謗二箇」

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 4月22日(土)09時37分24秒
  「人法一箇」が語られていますが、今の学会員は「認謗二箇」の本尊について学ばなければなりませぬ。
http://sgi-shiteifuni.com/?p=239
A:つまりじゃ、六大秘法の否定によって、「人法」の立て分けと「人法一箇」の法義を否定したうえで、「本門の本尊」に認定した本尊と非認定(=謗法)の本尊という「認謗二箇」の本尊を立てる新法門を打ち立てたのじゃ。
B:おお!大聖人が長々とし かも二書に分けて書いたのに、こちらは新聞2頁で一辺に成し遂げたんですねえ!
A:その通りじゃ。これが日寛をも乗り越える「認定力」の真のすごさなんじゃ。「信」の一字のその前に、「認」の一字が大切なのじゃ。
B:「信心」ならぬ「認心」(にんじん)ですね!

ちなみに(吾輩の?)御書には「人法一箇」の文字はない。今の学会教学ではアドバイザーの「日蓮本仏否定論」がベースですから、「人本尊=日蓮」「法本尊=南無妙法蓮華経」の「人法一箇」なんて、そもそも矛盾するから言えないのです。
今どき「人本尊」「法本尊」などと六大秘法を使っているのは原田怪鳥中心の創価学会に逆らう反逆者=宿坊の連中、そして池田先生(2015年9月16日の随筆)だけです!!!

奴らから見れば池田先生こそが反逆者の親玉。だから「基準が何か」が大切なのです。『遠藤文書』は正しい。よく学びたいものです。
 

会長は絶対権力者

 投稿者:-Q-  投稿日:2017年 4月22日(土)09時13分9秒
編集済
  会則を読めば明らかなように、学会の最高権力者は会長ただ一人。あらゆる人事権が会長に集約されている。まともな教団なら存在するはずの、宗議会に相当する機関さえない。
たとえ会長が恣意的な会内政策を断行しようとも、末端会員は何の抵抗手段も持たない。むろん会長リコール権などの規定はどこを探しても見つけることはできない。

そのような恥ずかしい会則のもとに、一般会員は従属することを余儀なくされている。
54年当時の会長を周辺幹部が結託して追放したような時代とは、まるで状況は様変わりしているのだ。

ネット空間においてどれほど批判されようと、彼らには痛くもかゆくもないだろう。
信濃町にたむろするエセ出家どもに、無力な末端会員が合法的手段で対抗するには「(新聞)取らない・(票)入れない・(カネ)払わない」という、連中に対する一切の布施行を絶つことを措いて他には、ない。


追伸 螺髪殿へ

応答に感謝します。わが家は昭和30年、戸田時代の入信です。地方折伏拠点の一つでもあり、聖教が日刊化された直後には、一家を挙げてあらゆる機関紙類の取次・郵送・配達の任を担っていたこともありました。

私の考えはいたってシンプルです。
かの熱原の三烈士は、大聖人との面談の機会は一度たりともなかったものと思います。むろん曼荼羅本尊など、授与されるどころかその存在さえ知らなかったことでしょう。それでも彼らは、自身の命を引き換えにして信仰をまっとうしました。はたして彼らの人生は敗北だったのでしょうか。

法華経を淵源とする日蓮思想の精髄たる宗教的確信。三烈士の信仰に思いを馳せるなら、それを得るために曼荼羅本尊の所持が不可欠であるとは到底思えない、というのが私の個人的見解です。
とはいえ、この考えを他者に強制するつもりはありません。

本物と寸分たがわぬコピーがたやすく手に入るデジタル時代の今日。真筆であれ、誰かの手になる書写であれ、無数に存在する本尊の是非について論評し、一喜一憂するのはナンセンスともいえるでしょう。
自身の信仰のよすがとして大切に所持するのなら、どのような形態であれそれを実行している人を軽んじてはならないと考えます。

 

本日の政教珍聞で~す、に替えて

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 4月22日(土)09時09分42秒
  釈子・創価門流さま、ならびに通行しますさま、御意見ありがとうございます。

でも、なかなか「文は意を尽くさず」で、本当に言いたい事が伝わらないところがありますので、再度論じてみたいと思います。

小生が言いたいのは、別に、師匠の名前が有る無いだけではありません。揶揄的に言ってマスけど、本当に言いたいのは、

そもそも、会館って、「何のため」にあるの? という話なのです。

当然、「会員のため」であり、ひいては、非常時・災害時のために「地域のため」であるべきであると思います。

当然「会員のため」ならば、会員の要請があってしかるべきです。しかるに、政教珍聞社新社屋も新滝山寮も各地の新会館も、

「会員の要請」があってのことでしょうか? 最近の建設ラッシュは、どうしてこの時期なのか? と疑問を生ぜざるを得ません。

そこにあるのは、「会員の要請」ではなく、「業社の要請」ではないのか? もしくは、キックバックによる裏金を当てにしていないか?、

仕事を与えてやる代わりに、都議選の見返り票を当て込んではいないか?という「本部の要請」ではないのかというコトなんです。

そういった「本部」と「業社」の癒着で、建設が決まってるんじゃないのか? といったところなのです。

しかも、建物内部にしても、あまりいい噂は聞きません。小生は建設業界に携わったことはありませんが、いわゆる「その道のプロ」の方からは、

「内装はあまり良くない」とか「塗装のランクが低い」と酷評を聞いています。本来ならば、会員のため、地域のため、永年残すべき会館です。

当然、耐震設計から、内装・外装に至るまで、一番いいもので揃えるべきだと思います。しかしながら、こういった評価があるのは何故?

建設の途中で、会員が分からないのをいいことに、どこかで、キックバックしてないか? 搬入業者から何かもらってないか?

こんな疑問が湧き出てきませんか? もっといえば、会館建設を利用して、同業に従事する会員内部での「親分・子分」の関係を築こうとしてないか?

と、いうことです。もしそうであるならば、本末転倒であり、何のための会館建設なのかっていうことなんです。会員への裏切り行為でしょう?

内部設備もしかりです。例えば「大誓堂」、狭いエスカレーターに、まるで変わらぬ展示品、ホントに「会員のため」ですかね?

運営も、おそらくは、本部から県長(副会長)に丸投げ、県長は圏長に丸投げ、圏長は支部長に丸投げ、結局、現場の支部長・地区部長が、

守る会・宝城会・王城会・創価班・牙城会の手配等で泣きを見ることになってませんか?

学会の世帯数が、300万、500万、700万と増加する中においては、会館建設も必要だったでしょう。

しかし、果たして今、そんなに会館が必要でしょうか? 改築で十分ではないですか? すべて会員の浄財ですよ。

もっともっと大切に使うべきだと思いますし、本来の意義から離れているのであれば、会館建設もやめてほしいと思うがために投稿した次第です。
 
 

ブラックリスト

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 4月22日(土)08時55分26秒
  ひかりさんの投稿のすぐ後に不軽菩薩が理想さんの投稿が来ているのが面白い。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67644
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67645
「逆転勝利!!」ですね。今は劣勢に見えるものも時を得て宿命は確実に転換されるのですね。池田先生がよく言われた「時を見抜き、時を待ち、時を創る」。ふと、そんなことを感じました。こういう時によく「♪男は最後に勝負する~始めの苦労はへっちゃらだい」「♪ツーダン! 満塁! かっ飛ばせ!」「♪みんなまとめて逆転だい!」という歌を思い出します。

名古屋人さん、つくづく「十界は互具」なんだと思わされますね。「無顧の悪人も猶妻子を慈愛す、菩薩界の一分なり」で、逆に正義の人にも地獄界がある。
私に言わせれば江川も桑田も阿部も坂本も悪人ですが……悪人でもいい。正義を為そう!!(昨日は孝介が正義を為した! マイコラスを打ち砕いた!)

問われるのはその「基準は何か???」どの基準で見て正義なのか悪なのか。
基準によってはブラックリスト級の別の元職員と近日中に会う予定です。名古屋人さん他、あっちの元職員ともし会われるようでしたらよろしくお伝え下さい。

カウントダウン! 中部・名古屋座談会まであと1日!!! 対話しよう!!!
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-90.html

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

ひかり様と同感

 投稿者:名古屋人  投稿日:2017年 4月22日(土)07時21分14秒
  創価学会の組織は激励の組織です。
職員や幹部は「お願い」をしなければ家庭訪問・激励はしてくれない。
これは創価学会の官僚化そのものであり、衰退・消滅であると思います。
職員・幹部が率先して家庭訪問・激励すれば必ず生き返ると思いますが元本部職員3人以外現れないのが現状です。
正義の人が現れないのでしょうか。
正義は少なく弱いのでしょうか。
 

ウソだけは見過ごせない

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 4月22日(土)06時32分37秒
編集済
  池田先生はこのように仰っています。

~~~~~~~

【2006年1月12日 神奈川・静岡合同会議会】

「これだけの大功労(こうろう)の会長を、なぜ宗門も、幹部も、辞めさせたのか。『勇退』と言いながら、引きずりおろした。学会の将来は、池田先生がいなくては、めちゃくちゃじゃないか。分裂してしまう」こう憂(うれ)えていたのである。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/67537

~~~~~~~

故に当時の執行部が辞任させたのが事実。
最高幹部で未だに「勇退」という言葉を使うのは如是我聞に反した忘恩の輩です。


【保存用文証】聖教新聞から抜粋した54年問題の真実
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58664






 

原田会長が会則改定を行った理由

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 4月22日(土)06時25分32秒
編集済
  会則改定は、池田先生の健康問題があったから行ったのです。
それも、生死に係わる重篤なご容態であると推測できます。
創価大学の宮田教授が以下のように発言しているからです。

~~~~~~~

【日本宗教学会 第74回学術大会 創価大宮田幸一教授の講演内容抜粋】
http://sgi-shiteifuni.com/?p=8030

18;20
今回のですね改正の事情、これはやっぱし池田先生のですね、えー健康問題っていうのがあり、

18:36
(教義変更は)、池田が生きてるうちに変えるのか、死んでから変えるのか、そういう選択です。生きてるうちに変えたほうが動揺が少ないんじゃないかという観点・・・池田の了解を取って変えたの『だろう』と、理解している

 

試論 日蓮仏法とは その2

 投稿者:スーパー摧邪人  投稿日:2017年 4月22日(土)06時17分10秒
  3月12日に投稿したものの続編です。

http://macska2012.blog.fc2.com/blog-entry-53.html

板を下げるのもイヤなのでリンクにしました。

宿板は常に見ている訳でもないので、意見・感想等はブログへお願いします。

以前の投稿はコチラ

http://6027.teacup.com/situation/bbs/66012

http://macska2012.blog.fc2.com/

 

在御判!

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月22日(土)05時53分27秒
   一人のSGIさん、おはようございます。

>>周知の通り、「御本尊」の書写には、あの富木常忍の「南無妙法蓮華経 常忍」や、「南無妙法蓮華経 日朗」とされているものもあります。<<
これは、とても許せるものではありませんね。(笑)
御本尊は大聖人のたましいを墨に染め流して書かれたものです。人法一箇の「人」は大聖人です。泥棒はいけません。(笑)(投稿者:一人のSGI    投稿日:2017年 4月22日(土)01時06分17秒 )<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67643

 一人のSGIさん、ありがとうございます。安心しました。

 日朗氏らは、「在御判」の箇所に自身の名を入れています。「南無妙法蓮華経」を「人法一箇」と見ればいいようなものなのですが、やはり文字は必ずしも意を伝えずです。
 「南無妙法蓮華経 常忍」は、「南無妙法蓮華経 日常」の誤りですね。御免なさい。

>御本尊について、投稿するものが溜まっていて収拾がつかなくなっています。(笑)なかなか大変ですが、徐々に投稿します<
 「徐々に」で結構ですので、お願いします。ご主人に呆れ返られない程度に……(笑)。


 

(無題)

 投稿者:不軽菩薩が理想  投稿日:2017年 4月22日(土)01時46分11秒
編集済
  本日、友人と本幹に参加してきた。選挙用に編集はされているだろう、と予測できたが、実質的に創価学会を築かれた、人間味あふれる池田名誉会長のスピーチを聞いていただきたかったのである。選挙モードでタイミングは悪かったが、友人は、また誘って欲しいと言ってくれたのでほっとした。帰宅してからお礼のメールがきて、お題目を持続していく、との内容だったのが、大変嬉しかった。原田会長は、今回も必死になって選挙戦への檄を飛ばしていたが、原田さんは、池田先生のときのように「政教一致」と非難されないのが可笑しい。また、青年部は原田さんの忠実なしもべなのを憂える。  

Oさんと対話

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 4月22日(土)01時22分59秒
編集済
  Oさんが、頭にきてました。



Oさん「ちょっと聞いてよ」

ひかり「ん? なんか、険悪な話?」

Oさん「黙ってたんだけどさあ」

ひかり「はい」

Oさん「もう我慢はムリ」

ひかり「からだに良くないです。 沈黙は狂気の母」

Oさん「だれの言葉? 沈黙は狂気の母」

ひかり「今思いついた」

Oさん「たまに、いいこと言うね」

ひかり「で、何を我慢していた?」

Oさん「うちのダンナがね、12月から怒ってて、もう会合なんかいかねーって」

ひかり「どうして?」

Oさん「12月にダンナが折伏が決まりそうになってて、さあ御本尊をって勢いだったのね」

ひかり「はい」

Oさん「幹部が『今は駄目だ、2月にしろ』って言ったんだよね」

ひかり「えええ~」

Oさん「そんなこと言ったってさ、今悩みに悩んでいる人を救いたいのに、2月にしろってなによそれ」

ひかり「2月の成果がほしいんでしょ幹部としては」

Oさん「それよ」

ひかり「でも、そんなのおかしいよね」

Oさん「そーだよ。 で、ダンナはその時からムチャクチャ怒ってた」

ひかり「怒るわ、そりゃ」

Oさん「壮年部で折伏ができてんだよっ。 貴重でしょうよっ」

ひかり「そーだよねっ」

Oさん「内得信仰になっちゃって。本人が御本尊をいただきたがってるのに」

ひかり「幹部は、『これも何か意味があるんでしょう』って言った?」

Oさん「(笑)それはさすがに言わなかった」

ひかり「(笑)『信心で受けとめましょう』」

Oさん「(笑)」

ひかり「(爆)」

Oさん「そして、2月、行方不明に」

ひかり「は?」

Oさん「いなくなちゃって」

ひかり「え~…」

Oさん「それもショック。うちの人が怒ったのは、幹部が何も覚えてなかったこと。2月なのに」

ひかり「自分で言ったのに、忘れた?」

Oさん「そう。も~なによあれ、なんなのあれ、腹たつ」



 

花押と責任感

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 4月22日(土)01時06分17秒
編集済
  螺髪さん
>これは、花押ではなく、中央の「南無妙法蓮華経 日蓮」の「日蓮」とされて見えるところまでを含むものなのでしょうか。<

すみません。御質問の意味がよく解らなかったのですが、一応自分の思うところを
書いてみます。

大聖人の直筆の御本尊(ネットで見れます)には、人法一箇として、 南無妙法蓮華経 日蓮 と一連に書かれていますが、その日蓮という文字の上に重ねて、波の様に上下にうねった線
と大きく丸く囲んだ線があります。
これが、花押です。つまり、大聖人の自筆だという証左の大聖人の自筆のサインです。

日蓮花押のイメージ

https://www.google.com.au/search?q=%E6%97%A5%E8%93%AE%E8%8A%B1%E6%8A%BC&espv=2&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwiTv8-lyLXTAhUJjZQKHWEsC5cQsAQIIQ&biw=1527&bih=858&dpr=1.1

いわゆる、西洋社会での本人が書いたという証左になる「サイン」です。
日本では、印鑑を他人が使って本人の代理をすることができますが、西洋社会(全社会がそうかは知りませんが、ほとんどの国では同じシステムだと思います。)には印鑑というものがないので、本人が責任を持ってサインをする事が必要です。
公用で、他人が違う人のサインをまねて書くと罪になります。
もし、本人がその場に赴けない場合も、本人のサイン入りの委任状を書いて誰かに依頼することになります。
その時大切な事は、依頼された人は、依頼された責任において、その書類に自分の氏名とサインをします。
日本でも委任状の場合、印鑑を指名の上に押して作成しますよね。

ちなみに西洋のサインの仕方は、氏名とサインの欄は別々でそれを重ねる事はないと思われますが、御本尊の書面で、大聖人や日興上人はじめ代々の法主は、それぞれの名前の上に重ねてサイン(花押)を記しています。
この方式がその当時の正統なやり方だったのでしょう。

大聖人のサイン入り直筆の御本尊を版画にして、全く同じものを多数コピーしてばらまく事は簡単です。
日興上人が危惧したのは、そこから派生するかもしれない、五老僧達の大聖人の御本尊に対する無責任さです。
誰の責任で以て大聖人の教えをその信者に教えていくのか、その信者が大聖人の御本尊をどういう扱いをするのか、など
御本尊が僧侶等の手を離れて、一人歩きの様になり、その価値を貶めてしまうことを恐れたのだと思います。
しかもその場合、御本尊を知らず知らずにおろそかにしてしまう、信者の不幸にも思いが廻ったでしょう。

日興上人は御本尊の価値を護る深い決意から御自身の責任において大聖人の御本尊を確実に書写し、そして、その責任の所在として、御自身の名前とサインを書かれています。
当然、その心は徹底して信者達の信心の深化に尽くすという決意だったでしょう。

この場合、その御本尊は大聖人が書かれた訳ではないので、大聖人のサイン(花押)をコピーするわけにはいきません。
ただ「日蓮」と書くのみです。
その代わりに、「日蓮」の名前の傍に「在御判」(もともと、ここには大聖人の花押があるものである)という添え書きがあるのです。
南無妙法蓮華経 日蓮 そしてその傍に 在御判 となります。

この様にもともと、日興上人の大聖人の御本尊をお守りする純粋な心から、正宗の法主書写御本尊、という制度が出来上がったのだと思います。
しかし、どういう訳か正宗では、法主書写という事が権能になり、法主を通さなければ、大聖人に繋がらないという教えになっている様です。
「大御本尊直結」も、大聖人直結の信心を基礎に置くことに貢献している事でその功徳は余りあるものがありますが、もしかしたら、その制度に利用されていたのかもしれません。

もちろん宗門が大聖人の教えを正しく継承していく上で、その組織の法主が最高の信心を担っている事が理想でありますから、その意味で、法主を化義の師匠として、謙虚に信心を学んでいくことは大切ではありましょうが、又、同時に法主といっても、大聖人と同列の「仏」ではない訳ですから、法主の立場においても謙虚な姿勢を見せてほしいものです。
私は日興上人は信者に対しても、とても謙虚な方だっただろうと思って居ます。

>周知の通り、「御本尊」の書写には、あの富木常忍の「南無妙法蓮華経 常忍」や、「南無妙法蓮華経 日朗」とされているものもあります。<

これは、とても許せるものではありませんね。(笑)

御本尊は大聖人のたましいを墨に染め流して書かれたものです。
人法一箇の「人」は大聖人です。
泥棒はいけません。(笑)

とりあえず以上、螺髪さんはご存知な事だったかもしれません。
もし、回答になってなければ、お知らせください。

御本尊について、投稿するものが溜まっていて収拾がつかなくなっています。(笑)
なかなか大変ですが、徐々に投稿します。
 

(無題)

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 4月22日(土)00時44分14秒
  この世で我慢がならぬもの

・正直者が馬鹿を見る

・真面目な人がないがしろにされる

・理不尽がまかり通る



創価学会・公明党は、私が大嫌いなこういうものと戦っている正義の味方だと信じていた。

筋金が学会っ子だったので、ずっとそう信じていたのだった。

単純でお馬鹿だった。



「なんか、幹部に体よくごまかされてね? 数字ばかりで中身裏切られてね?」

と思う事も多々あった。

でも、振り切る言葉が、あったのだ。

「みんな、人間革命の途上にいるのだ」

「原因結果で、現証は自分持ちだし」

「気にしない気にしない。それより前進前進」

うわあ、よくぞ今まで、これっぽっちの言葉で耐えてきたな~。



「正直者が馬鹿を見る、真面目な人がないがしろにされて、理不尽がまかり通りまくってる」

創価学会も公明党も、今じゃ、まさにこんな体たらくになっちゃって、

つまり、私の大嫌いなやつになってるのだ。








 

(無題)

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 4月22日(土)00時22分52秒
  隠す、ごまかす、ウソをつく、意に染まぬ質問する者を悪者にする、開き直る、

浄財の巨額のだだ漏れ勝手な無駄遣い(税金の巨額のだだ漏れ勝手な無駄遣い)、

悪党を擁護し、正直者や正義の人をおとしめ苦しめ放置し排除する、

つまり大悪人極悪人どもがやりたい放題で止めるものがいない、

安倍自公政権と学会執行部は、ほんとによく似ていますなあ。。。。

類は友を呼ぶと言うべきか、朱に交われば赤くなると言うべきか。。。。


しっかし、よくある「腐敗権力の陰謀系映画の筋」の「まんま」なので、笑えてしまう。

 

選挙区は自民に投票した

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 4月22日(土)00時10分55秒
編集済
  中川ちゃん、女性問題で離党したね。
ああいうのがいるから教育勅語が必要といわれてしまう。
当会の会長は大丈夫か?

そういえば、会長辞任後の先生は家庭訪問をされておられる。
当会の会長も辞任しなければ家庭訪問しないのか?
今でも十分時間があるはずだが。





 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 4月21日(金)23時40分51秒
  今晩は
皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

立正安国論 32/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月21日(金)23時21分34秒
編集済
  水中之月動波陣前之軍靡劍汝當
座雖信後定永忘若欲先安國土而祈
現當者速迴情慮急加對治所以者何
藥師經七難内五難忽起二難猶殘所
以他國侵逼難自界叛逆難也
大集經
三災内二災早顯一災未起所以兵革
災也金光明經内種種災過一一雖起
他方怨賊侵掠國内此災未露此難未
來仁王經七難内六難今盛一難未現所
以四方賊來侵國難也加之國土亂時先鬼
神亂鬼神亂故萬民亂今就此文具案事
情百鬼早亂萬民多亡先難是明後
災何疑若所殘之難依惡法之科並
起競來者其時何爲哉帝王者基
國家而治天下人臣者領田園而保世
上而他方賊來而侵逼其國自界叛逆
而掠領其地豈不驚哉豈不騒哉失




(譬えば猶)
水中の月の波に動き陳前の軍の剣に靡くがごとし、
汝当座に信ずと雖も後定めて永く忘れん、
若し先ず国土を安んじて現当を祈らんと欲せば
速に情慮を回らし忩で対治を加えよ、
所以は何ん、
薬師経の七難の内五難忽に起り二難猶残れり、
所以他国侵逼の難・自界叛逆の難なり、

大集経の三災の内二災早く顕れ一災未だ起らず
所以兵革の災なり、
金光明経の内の種種の災過一一起ると雖も
他方の怨賊国内を侵掠する此の災未だ露れず此の難未だ来らず、
仁王経の七難の内六難今盛にして一難未だ現ぜず
所以四方の賊来つて国を侵すの難なり
加之国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱ると、
今此の文に就いて具さに事の情を案ずるに
百鬼早く乱れ万民多く亡ぶ
先難是れ明かなり後災何ぞ疑わん・
若し残る所の難悪法の科に依つて並び起り競い来らば
其の時何んが為んや、
帝王は国家を基として天下を治め
人臣は田園を領して世上を保つ、
而るに他方の賊来つて其の国を侵逼し
自界叛逆して其の地を掠領せば豈驚かざらんや豈騒がざらんや、
(国を)失い(家を滅せば)




水に映った月は波の動きに従って動き、
戦いに臨んだ軍兵は敵の攻撃に従ってなびくようなものである。
あなたもこの座では正法を信ずると決心しているけれども、
のちになって必ずそれを忘れてしまうであろう。
もしまず国土を安んじて
現当二世にわたる自分の幸せを祈ろうと思うならば、
すみやかに情慮をめぐらし、
いそいで邪宗邪義に対治を加え、
徹底的に破折していきなさい。
その理由は薬師経に説かれている七難のうち、
五難は、たちまちに起き、二難だけがなお残っている。
いわゆる他国から侵略してくる難と、
自国内で叛乱が起こる難である。

大集経の三災のうち二災はすでにあらわれ、
兵革の災だけまだ起こっていない。
金光明経のなかの災禍も次々と起きたが、
他国の怨賊が国内を侵略する災だけ、まだあらわれていない。
さらに仁王経にある七難のうち六難までは今盛んに起きているけれど、
一難のみまだ現れていない。
いわゆる四方の賊が来て国を侵すの難である。
それのみならず、経に国土の乱れるときには、
まず鬼神が乱れる。すなわち思想が乱れる。
思想が乱れるがゆえに万民が乱れると説かれている。
この文についてつぶさに事情を考え合わせると、
百鬼は早くから乱れ、万民は多く死亡している。
鬼神乱れ万民乱るの先難はこのように明らかである。
国土乱れるの後災が起きることをどうして疑うことができようか。
必ず起こるにちがいない。
もしまだ現れていない自界叛逆罪・他国侵逼の二難が、
悪法を崇重する罪科によって、
並んで起きたならば、そのときになってどうしようというのか。
そのときになってからではもう遅いではないか。
帝王すなわち国家の指導者は、国家を基盤として天下を治め、
人々は田園を領し、生産に励んでこそ、
生活を支え社会を支えていけるのである。
しかるに他方の賊が来て国を侵略し、
自国内で叛乱が起きて、その土地が略奪されるならば、
どうして驚かないでいられようか。騒がないでいられようか。
必ず大混乱を引き起こすであろう。
国土を失い国が亡びてしまったならば、



(大きな画像はこちらから↓)
https://blogs.yahoo.co.jp/kyodaineko130/33092642.html
この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。



 

同盟題目23時開始です!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 4月21日(金)22時55分55秒
  しっかり祈りましょう。
悪党達の学会乗っ取りに負けないように。
 

モーガン・フリーマン 時空を超えて「宇宙を支配する法則は何か?

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 4月21日(金)22時24分50秒
  科学が仏法を証明するか? おすすめ番組
『モーガン・フリーマン 時空を超えて「宇宙を支配する法則は何か?」』
4/27(木)午後10時00分~ 午後10時45分 ETV
http://www4.nhk.or.jp/P3452/
“著しい科学技術の発達にも関わらず、宇宙はいまだ謎に満ちている。宇宙をすべて支配する法則はあるのだろうか?飛躍的に謎の解明をけん引する量子力学の可能性に注目する。
相対性理論と量子力学の貢献により、科学の世界は飛躍的に進歩した。しかし、この2つは全く違うもので、相いれないようにも見える。2つを統一するような法則を導き出せれば、さまざまな疑問が一気に解決できるのではないかという期待も高い。今回は、特に難解な量子の世界に焦点を当て、量子の不思議な性質を視覚化する実験や、量子レベルの視点での時間と空間のずれなどを考察し、全宇宙を支配する法則の可能性を探る。“

宇宙を支配する法則は何か? これが即ち南無妙法蓮華経!!!

カウントダウン! 中部・名古屋座談会まであと2日!!! 対話しよう!!!
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-90.html

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

ツイート人さんの仰る通り

 投稿者:いつもはロム専 たまには参加  投稿日:2017年 4月21日(金)22時18分14秒
  本当にそうです。
幹部(多くが専従職員)による組織内不倫、外部業者からリベートもらう、勝手にダミー会社を立ち上げ外部の会社と学会の間に入りボロ儲け、学会大規模イベントで会員から集めた経費からのピンハネ、壮年や青年の飲食店関係者にこっそり店をやらせてボロ儲け。
自分の周囲だけでも、こんなことが多数、耳に入ってきます。
もう、いちいち驚かなくなりました。
それを批判すると査問、組織出入り禁止。悪評吹聴。村八分。
 

モンブラン様

 投稿者:フロム関西  投稿日:2017年 4月21日(金)20時59分39秒
編集済
  激しく同意です!(゜゜)(。。)


2年前、快く支援をしてくださった友人さんを、


裏切ってしまったのです!!!!


だから、もう、自分の心も、友達も、


裏切りたくないんです!!!!!!



 

一人のSGIさん

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月21日(金)20時56分48秒
   「系譜」を踏まえられている点で、いつも素晴らしいと感じております。しかし一方で、どの「系譜」を踏まえるかで、当然、自身の立脚点も定まってしまうものです。

>大聖人のお心を全生命で受け継がれ、大聖人の花押ではなく、ご自分の花押で御本尊を書写し、責任を持って正法を継承していくとの気概から、形木に彫って印刷するのではなく、書写という形式を取り始められたと思われます(投稿者:一人のSGI    投稿日:2017年 4月19日(水)00時49分12秒 )<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67532

 此処の「大聖人の花押ではなく、ご自分の花押で御本尊を書写し、責任を持って……」というのは、ちょっと引っ掛かるところです。これは、花押ではなく、中央の「南無妙法蓮華経 日蓮」の「日蓮」とされて見えるところまでを含むものなのでしょうか。
 周知の通り、「御本尊」の書写には、あの富木常忍の「南無妙法蓮華経 常忍」や、「南無妙法蓮華経 日朗」とされているものもあります。日興上人は「南無妙法蓮華経 日蓮」とされて、脇に自身の花押を認められておられます。このあたりについては、どう見られていますか。



 

-Q-さん

 投稿者:螺髪  投稿日:2017年 4月21日(金)19時05分51秒
  >上意下達型の組織的信仰の時代は終わろうとしている。経文(御書と自分がこれはと定めた講義録等)と“数珠”さえあればどこにいても信心はできる(曼荼羅本尊が不可欠とは思わない。為念)。(投稿者:-Q-   投稿日:2017年 4月20日(木)18時16分20秒 )<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/67591

 いつも鋭い指摘で、感服しております。
 とくに、「(曼荼羅本尊が不可欠とは思わない。為念)」は、実質、“本尊”問題ですね。興味をそそられます。よかったら、続きをお願いします。
 グリグリさんのいう“八重の相対”のところだと思うのですが……。輪郭だけでもけっこうです。


 

しばらくぶりです

 投稿者:太ちゃん@平らかなるは人編  投稿日:2017年 4月21日(金)18時49分4秒
編集済
  久しぶりにきました。
環境の変化もあったけど。

例の「気のふれたひと」の後日談。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64702
の続きというか。

普段から利己的な態度で周囲から嫌われ孤立していたけど。
「利己目的で他人を利用してる」という意図ということならむしろ理屈は通る態度。
そういう人が「ある人」が亡くなったのを境に日を追うごとに「奇行」がどんどん酷くなっていった。

あげく、この神奈川から三輪の自転車(子供用三輪車ではない)で仙台に行くとか言い出して正気の沙汰じゃない。
誰にも相手にされず、本人が他へ行きたいなら体よく追い出せるとウエは放置。

風呂場は集団で入るような作りだけど。
本人はその風呂場にある桶を全部外へ持ち出し、夜通し庭の手入れに使っていたみたい。
つまり、仙台へ行くのではなくて、風呂桶を使い庭の手入れ(のつもり?)を夜通し行っていた様子。

「奇行話」は出そうと思えば他にもいくらでもあるけどこんな感じでやってることが支離滅裂。
何を目的に意味不明なことをやってるのか言動と態度がちぐはぐ。
パッと見はボケちゃった老人の態度だけど、ちゃんと記憶はあるんだからそれとも違う。
正常な判断力を失った「奇行」というしかないものになっていた。

その後、ウエは病院に半強制的につれていこうとして、本人は拒否して逃亡。
「蒸発」しましたよ。行方不明。
ホラー映画でよく表現されてるような「取り憑かれた状態」のようなものをリアルに見たしだいです。
ほとんどそのまんまの光景。

と、ほんとに「取り憑かれた」のかはさておき。
「ある人」には生前には僕もだいぶ可愛がってもらえていて、普通ならそういう悪行をする人ではないのだけど。
良心的に生活をしていた人。

「たぶん」でしかいえないけど。
「ある人」は僕に迷惑をかけていた人を追い出すべくこのようなことをやったんじゃないかと感じてるしだいです(迷惑を被っていたのは僕だけじゃないけど)。
まぁ「信じるかどうかはあなたしだい!」ということでf^^;

「ある人」は臨死体験の経験があるようで生前に言っていた。
今回はほんとに亡くなってるという自覚はたぶんあるだろうけど。
建物内での不可思議な出来事を何人も言っていて、「ある人」は成仏の仕方を知らないまま未だ部屋にいるような様子なんです。
「目的観」を失った状態なんでしょうか。

いわゆる「見える」ひとがたま~にウチへ入ってくるのだけど。
その「見える」ひとが言うには、風呂場で「ある人」を4回も見かけたそうだけどf^^;
そいや「ある人」は臨死体験した後は「見える」ようになったとか生前に言っていた。
住んでる時期がズレていて接点が無いはずで知らないはずの亡くなった人の生前の特徴を言っていて、実際ほんとに見えていたんじゃないかと思う。

ともかくも成仏できるかどうかは僕の責任なんだろうなって。
さて、掲示板をしばらくぜんぜん見てなかったからこれから追って読んでいきますね。


追伸:
話題と直接は関係ない話だけど、あまりにも利己的な態度を普段から行ってるとロクなコトにならんぞ?と言いたいだけ。
特に4人組にね。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

Twitterより。幹部が悪いことをした、それを見て批判すると。組織不信が弘まるからと?それ、なんか違うよ。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2017年 4月21日(金)18時43分52秒
  幹部が悪いことをして、それを見た人が幹部を批判する

これに対して
幹部が悪いことをしていたなんて事実が弘まったら、組織不信が弘まるから
批判してきた人をなだめる
なだめきれなきゃ、その人を罪人かのように風潮して、人脈を断ち切る

こうやって組織を守ってるのが、今の学会なんだよ
 

立正安国論 31/35

 投稿者:体長1.3mの巨大猫  投稿日:2017年 4月21日(金)18時05分54秒
編集済
  起何災競來矣
客則避席刷襟曰佛教斯區旨趣
難窮不審多端理非不明但法然
聖人選擇現在也以諸佛諸經諸菩
薩諸天等載捨閉抛其文顯然
也因茲聖人去國善神捨所天下飢渇
世上疫病今主人廣引經文明示理非
故妄執既翻耳目數朗所詮國土泰平
天下安穩自一人至萬民所好也所樂也早
止一闡提之施永致衆僧尼之供收佛
海之白浪截法山之緑林世成羲農
之世國爲唐虞之國然後斟酌法水之淺
深崇重佛家之棟梁矣
主人悦曰鳩化爲鷹雀變爲蛤悦哉汝
交蘭室之友成麻畝之性誠顧其難專
信此言風和浪靜不日豐年耳但人
心者隨時而移物性者依境而改譬猶




(何なる難か並び)起り何なる災か競い来らん。

客則ち席を避け襟を刷いて曰く、
仏教斯く区にして旨趣窮め難く
不審多端にして理非明ならず、
但し法然聖人の選択現在なり
諸仏・諸経・諸菩薩・諸天等を以て捨閉閣抛と載す、
其の文顕然なり、
玆れに因つて聖人国を去り
善神所を捨てて天下飢渇し世上疫病すと、
今主人広く経文を引いて明かに理非を示す、
故に妄執既に飜えり耳目数朗かなり、
所詮国土泰平・天下安穏は一人より万民に至るまで好む所なり楽う所なり、
早く一闡提の施を止め永く衆僧尼の供を致し・
仏海の白浪を収め法山の緑林を截らば
世は羲農の世と成り国は唐虞の国と為らん、
然して後法水の浅深を斟酌し仏家の棟梁を崇重せん。

主人悦んで曰く、
鳩化して鷹と為り雀変じて蛤と為る、
悦しきかな汝蘭室の友に交りて麻畝の性と成る、
誠に其の難を顧みて専ら此の言を信ぜば
風和らぎ浪静かにして不日に豊年ならん、
但し人の心は時に随つて移り物の性は境に依つて改まる、
譬えば猶(水中の月の波に動き)




災難はすべて止まり、必ずや天下案泰・国土安穏となるのである。

客はすなわち、座を避け、襟を正して師弟の礼をとっていわく。
現代の仏教は多くの宗派に分かれてまちまちで、
その教義は一一きわめがたく、
私には疑問も多くて理非が明らかでないと、今まで思っていた。
ただし法然聖人の選択集は現にあって
その中に諸仏・諸経・諸菩薩・諸天善神を
すべて捨てよ・閉じよ・閣け・抛てといっている。
その文は明白である。
これが原因となって聖人は国を去り、
善神は所を捨てて天下は飢饉に苦しみ、
世間に疫病が流行しているということを、
今主人は広く経文を引いて、理非を明らかに示してくれた。
ゆえに、今までの妄執が悪かったことがわかり、
法の邪正を聞きわけ、人の正邪を見分けることが、
ほぼ明らかになってきた。
所詮、国土泰平・天下安穏は上一人から下万民にいたるまで、
全国民があげて好むところであり、願うところである。
一日も早く不信謗法者に対する布施を止め、
ながく正法を護持する僧尼を供養して、
仏法界の怨敵である一切の邪宗邪義を断絶してしまうならば、
世は羲農の世となり、国は唐虞の国となって、
万民が平和な生活を楽しめるようになるであろう。
しかしてのち、仏法の浅深勝劣を比較研究して、
仏法の真髄である最高の教えに帰依し、
正法の根本の師を尊崇したいと思う。

主人は喜んでいわく。
古事に鳩が化して鷹となり雀が変じて蛤となるとあるが、
あなたもまた、日蓮のもとへ来て帰伏し、
蓬のように曲がっていた邪信が麻のごとく、
すなおに正法に帰伏することができた。
このことは実に喜ばしいことである。
まことに近年の謗法による災難を深く心にとどめて、
日蓮の教えをまっすぐに信ずるならば仏法界は平穏になって、
日ならずして世の中は豊年となるであろう。
ただし、人の心は時に従って移り、
物の性分はその環境によって改まるものである。
たとえば、水に映った月は波の動きに従って動き、



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この御正筆は、中山法華経寺所蔵の国宝です。



 

人生の座標から~

 投稿者:うーこメール  投稿日:2017年 4月21日(金)16時26分44秒
  人間は生きる意味を求める動物です。それさえあれば、どんな苦しいことでも頑張れる。それがなかったら、他のすべてがあったとしても虚しい。心はゆっくり死んでいく。  

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