今年のアカデミー賞における作品賞発表は二つの意味で世間を賑わせた。
最優秀賞と謳われる作品賞 “最有力” とその名を轟かし、過去最多部門のノミネートを果たした『ラ・ラ・ランド』。
またアカデミー賞以外の祭典でも数多くの賞を受賞し脚光を浴びた。
しかしながら授賞式では「作品賞受賞!」とまで言われたのにも関わらず、それは取り違いで、本当の受賞作は『ムーンライト』でした、というなんという肩透かしを喰ったことだろうか。
対する『ムーンライト』はどんな作品か?
これの内容を知らない人もたくさんいると思う。
『ムーンライト』を作品賞候補の二番手として予想した評論家などは数多くあっただろうが、ほとんどは『ラ・ラ・ランド』を一番手として予想。
これはある意味では逆転劇だ。
なぜこのような取り違いが起きたのかはともかく、作品賞受賞を分けた要因は何か、この二作品を比較しつつ言及していこうと思う。
『ムーンライト』と『ラ・ラ・ランド』の相違点
『ムーンライト』 | 『ラ・ラ・ランド』 | |
---|---|---|
ジャンル | ヒューマンドラマ | ミュージカル、ラブロマンス |
監督 | バリー・ジェンキンス | デイミアン・チャゼル |
主要キャスト | トレバンテ・ローズ、マハシャーラ・アリ etc | ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン etc |
テーマ | 薬物、貧困、同性愛、いじめ、黒人社会 | 恋愛、夢、音楽 |
雰囲気 | シリアス、淡い色使い | カラフル且つ切ないタッチ |
製作費 | 約150万ドル | 約3000万ドル |
興行収入 | 約2500万ドル |
約3億7000万ドル |
上の表でもわかる通り、ふたつは全く対照的な作品だ。
『ラ・ラ・ランド』は、その華やかで煌びやかな世界を夢と希望を筆先に描いたうえで、最終プロットの切なさは見事なものであった。
王道映画らしい映画で、たくさんの観客を魅了しつつも、最も業界人から注目や評価を得た作品だと言ってもいいだろう。
また、本作を手掛けたのはデイミアン・チャゼル監督で、『セッション』では一躍脚光を浴び最年少でアカデミー賞監督賞を受賞し、今最も勢いのある若手映画監督のうちの一人だ。
(C)2016 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.
対して『ムーンライト』は重いテーマを携え、一貫した繊細な雰囲気で実直に主人公の内面と向き合った作品だ。カメラワークも独特で、映像に酔ってしまったという人も数多くいるみたい。
また本作を手掛けたバリー・ジェンキンス監督にとって、本作が長編としての2作目で、主演俳優もほとんど無名ということによって公開当初はほとんどノーマークだったらしい。
ここも対照的だと言える所以で、『それでも夜は明ける』同様にブラッド・ピットが製作総指揮を務めた点以外は、確かに特別に目を惹く点は少ないかもしれない。
(C)2016 A24 Distribution, LLC
俳優の起用
ここで二作品に登場した有名キャストを比較したい。
『ラ・ラ・ランド』
『君に読む物語』『ドライヴ』など、数多くの代表作あり。
また第79回アカデミー賞では主演男優賞のノミネートを果たしている。
代表作は『アメイジング・スパイダーマン』『バードマン あるいは (無知がもたらす予期せぬ奇跡)』。
テレビドラマで活躍しつつ、またゴールデングローブ主演女優賞ノミネート、『バードマン』ではアカデミー賞含む数多くの祭典で助演女優賞でのノミネートを果たしている。
また本作でアカデミー賞主演女優賞を獲得。
『セッション』でアカデミー賞助演男優賞を獲得。
・他にも有名なミュージシャンや数多くの美女!が出演
『ムーンライト』
主要キャストはほとんど無名の俳優。
脇を固めた二人の俳優をピックアップしたい。
『28日後…』『007』『パイレッツ・オブ・カリビアン』等の有名作に出演。
目を惹くような代表作は正直多くないが、本作でアカデミー賞助演男優賞を獲得。
キャストの起用という点では本当に対照的な作品だなぁ。とまとめてみて再認識。
それに前者の場合、その外見だけで人々を魅了するような華やかなキャストで溢れていた。
この逆転劇は本当に革新的だと改めて思ってしまう。
作風の違い
次に、作風というか雰囲気や内容の違いについて。
『ラ・ラ・ランド 』
・どちらかというとポピュラーで大衆にウケそうなエンターテイメント性が強い
・けれども映画愛に満ちて様々なミュージカルのオマージュを含む芸術的な側面も
・華やかで煌びやか、夢を追う二人のラブストーリー
・脚本から言ってもミュージカルらしい内容
→そのため整合性等に言及するのはナンセンスか?煮え切らない部分も多い
(参考:菊地成孔の『ラ・ラ・ランド』評:世界中を敵に回す覚悟で平然と言うが、こんなもん全然大したことないね | Real Sound|リアルサウンド 映画部)
・ジャズをテーマに携えながらキャッチーな音楽
・演出も手が込んでおり、ファンタジックでカラフル。表現が直接的。
『ムーンライト』
・数多くの社会問題を提示
・エンターテイメントな側面は弱い
・一貫して重い雰囲気、淡い色使い
・セリフなども少なく、一貫したキャラクター性を丁寧に扱っている印象。作家性が強い?
・同性愛を暗示するが、セリフによる直接的な表現は終盤のみ。
・繊細でピントの焦点移動が激しい独特なカメラワーク→主人公シャロンの内面への描写
アカデミー賞受賞結果
『ラ・ラ・ランド』
・監督賞
・主演女優賞
・美術賞
・撮影賞
・作曲賞
・主題歌賞
『ムーンライト』
・作品賞
・脚色賞
以上から何となく導き出せるのが、ラ・ラ・ランドは演出や技巧面が大きく評価され、対するムーンライトは内容が評価されたのではないか?ということ。
白か黒か?
さて、アカデミー賞は政治事情がつきものだ、というのは耳にタコができるほど聞く話かもしれない。
ドナルド・トランプ政権の誕生が世間を賑わせ、それが大きく受賞作の選定を大きく左右したのではないかという事が囁かれている。
また、白人だらけのアカデミー賞、という揶揄もその話と繋がってくるのだが。
その状況を打破するために『ムーンライト』が選ばれた、という話も耳にする。
けれども作品賞における、黒人映画として黒人のキャスト、スタッフを起用したから『ムーンライト』が受賞したんだ、という論理はもはや暴論だし、作品に携わった人にあまりに失礼ではないか?
ただしそのような政治的な見方によって、そんな白人のためのアカデミー賞という揶揄を打破する意識によって『ムーンライト』が作品賞受賞したのだとすれば、それがどれだけ革新的なことなのかがわかる。
逆を言えば、『ムーンライト』が今までの潮流を覆すほどの傑作だという結論も導くことができるのでは?
まとめ
さて、まとめとか結論です。
ふたつの対照的な作品を時代の変化を争点に結論を導き出すのは簡単だし、作品賞を時代が選んだ、というよりは、もう少し作品自体を純粋に評価されていてほしいし、そんな風に作品賞も受賞していたらいいですよね。
でもどっちの作品が優れているか、って本当に難しいです。
レースのようにタイムで甲乙つけられないから誰もが納得いく結果は導くことはできません。
それに投票制だしね。
アカデミー賞会員は高齢で保守的な傾向にあり、選出される作品も正統派なドラマが多いとか。
作品賞の受賞規定も『その年で最も優れた映画作品』というおそらくその作品自体の内容を示唆するものです。
政治制とか関係なくてもね。
全くそれらを無視するというわけにもいかないだろうけど。
結論として、作品賞を分けた相対的な要因。
・『ムーンライト』はより堅実的で実直に人間と向き合っている
・キャストの知名度や興行収入に関わらず、作品自体の内容や質によって評価された
ということじゃないかな。
どちらが優れた作品か、というと映画において重要なのは作家性か、エンターテイメント性か、という堂々巡りに陥ってしまいそうなのでここではやめておきたい。
ただしアカデミー賞会員の傾向から『ムーンライト』の方が好みで、その目線からは優れていた、ということではないかな。
僕はミュージカルがそこまで好きではなくて、それよりもあまり派手じゃない淡々と描かれる映画が好きです。
だから作品賞を『ムーンライト』が受賞したのは、政治性を一切抜きにしてもうなずけるだろうし、僕がアカデミー賞会員だったらそれに投票すると思う。
映画って好みだろうしね…結局は。
以上が『ムーンライト』と『ラ・ラ・ランド』について、
またアカデミー賞についてのコラムでした。